第10話 女剣士、ミキ


 燃絵流は馬の尾を眺めていた。

 ゆっくりと迫ってくる、馬と―――前の男の無表情。

 顔半分だけこちらを向けている。


「———ううっ!?」


 砂が飛んだことで驚愕する燃絵流。

 後ろ脚で蹴ってきた。

 ……いや、馬が蹴ってきたんじゃない。


「どきやがれ……!」


 見下ろすこの男。———が、蹴らせたんだ!

 悪役らしく笑っているかと思ったが、別段そうではないようだった。

 見下ろし、ただやってくる、蹴ってくる。

 掘りが深いので、いわゆる日本人的な顔立ちではなかった。


 その所為だろうか、言ってみれば鋭利な、攻撃的なイメージが植えつけられる。

 まあ顔のことはいい、表情カオはどうでも。

 人は見た目じゃあないと思っていた。

 ただ要するに、クズなんだろ。

 お前も。


 燃絵流はこれまでのことを思い出し、やっぱりか、と苛立つ。

 訳もわからぬままこんなところに連れ出された放り込まれたこの俺に対して、明確な攻撃。

 燃絵流はこの世界の全てに不信感を抱いていた。

 馬に乗った男の妨害は続く。

 ひづめが。


 思い返せば、これまでも。

 いろんなことを我慢してきた。

 人に優しくしたり、手伝ったり。

 職場の出勤要請は承諾したことも多く、最早いい大人の我が儘とも言える無理難題にもこたえてきた。

 彼のこなしていた困難、苦労はなにも、女関係や友人関係だけではなかった。

 実は法律をしっかり破っているとの噂がある職場を、一応は回るように身体を張ってきた燃絵流だった。


 そうやって受け入れてこなしてきたが、得意だったわけではない。

 引き受けたそれらを、満点でこなせるほどの才を持ち合わせてはいなかった。

 それもさらに自分自身を苛立たせた。

 もはや下手の横好きだったのではないかと思われる奉仕の日々。

 ……出来ねえよ。

 どうしてもごまかしごまかしになる。


 しかし、俺の人生は

 今日もこれだ。

 足蹴にされる、文字通り。

 どうやら別の世界に来てまでもこの扱いだ。

 難儀を繰り返した、その後、その後———。

 その後にいい事なんて何もない。

 不幸は、続く。


 馬の足元から砂が飛ぶ。

 この馬、脚が太い、危ない―――。

 もしや元の世界にはない品種かもしれない。


「———離れろ! 今は取り込み中だ!」


 外人顔の男が叫んだ。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ミキ!」


 ミキの隣に、女が駆けてくる。

 この日のために馬車を出してくれた商人の娘ミナモだ。

 ミキよりは幾分柔らかな声質で困り顔である。

 彼女も合わせ、追手の男達から囲まれている。

 息を荒げる、ギルド『伝説の芳香』のメンバーだった。


「ミナモ……」


「すまない、ミキ」


「いいのよ」


 女の会話に割って入った男がいた。


「ミキ!王族のもとに行くのだけはダメだ!してくれ!」


 息を整えつつ男が言う。

『協力』……そうは言っているが剣の柄に手を掛けている男。

 ミキを甘く見ていない様子だ、うかつに間合いを詰めない。

 彼女の剣は、普通とは違う。

 彼は、そう聞かされている。


 ミキと呼ばれた少女は剣の柄に手をやっていた。

 目がぎらついている、女剣士。

 今から抜きますよ切りますよ、良いですか。

 それが彼女の目つきから放たれる発言内容だ。

 

 ギルド内では随分と吠えていたらしい。

 議論はもう尽くされた後だったのだ。

 もともとは公平な話し合いを求めたが、話はこじれにこじれている。。

 この場の双方、もはや話し合いでは解決しないステージにまで達していた。


「話が違うといっているのよ」


「ミキ……お前以外は満足している」


 男たちは囲む。

 馬を止めたことが出来たからか、わずかな安心は生まれている。


「今のギルドうちの状態は、平和そのものなんだ―――とは変わってしまった。 それは認める―――だが!」


 これは平和が訪れているからなんだ。

 男はそう言い聞かせる。

 ミキは話を聞きながらも、納得は行かない様子だ。

 男どもは子供に言い聞かせるような言い方をしてきた。

 それがさらに女剣士の心をいら立たせた。


「やましいことがなければ……私たちをこのまま王都にまで行かせるはずよ!」


「ミキ……お前は知らないだけなんだ」


 このギルドに泥を塗れば、それはの顔に泥を塗ること。

 背信だ、裏切りで、つまり脱走者。

 ミキ……お前。


「町にいられなくなるぞ」


 それでもいいのか、と男は言った。

 言いながら、岩肌のような顔面、表情筋がひくついている。

 怒りが表情に出ている。

 感情熱が抑えきれなかった、その結果であるらしい。

 剣を抜いた。

 眼前の女剣士、ミキは。


「残念だとは思ってるわよ―――こんなことになって」


 しゃり、となったのは金属の音で。

 剣を抜いた。

 言って、持つ剣の、刃先を髪の上まで上げていく。


 三人の男は全員馬から降り、剣を構えていく。

 表情の、好戦度具合には個人差があった。

 槍まで持っていたら完全に戦争だが、彼らの今日の仕事はそういう目的ではない。

 無いはずだった。

 だが重要な任務だった。

 ギルド内での上司にあたる、ロヴローから頼まれている。

 あいつもまた、血相を変えている……かは知らないが、断固とした口調で女を連れ戻せとの命令を出した。

 やるしかない。


 ミキは視線を男に向けつつ、状況を分析していた。

 自分一人なら、対抗は出来ると踏んでいた。

 彼女はギルドのことを知っていた。

 ギルド内の男どもの根性は、たかが知れている―――戦闘面では特にそうだ、頼れるレベルではない。


 ただ、しかし―――現在、馬車を出してくれたミナモがすぐ隣にいる。

 武器は持たず。

 小刀くらいは懐にあるかもしれないけれど……。

 彼女を巻き込んだのは自分だ。

 責任をもって無傷で守り切り、済ませるのが一番の正解だろう。

 ただ一番の正解を毎回、達成できるか……?

 ミキは瞳を細める。


 しばしの沈黙を破ったのは、男の声だった。


「いやあー、わりわりい……」


 ミキはギルドの男に対して振り返った。

 そのつもりだった。

 しかし違和感。

 男たちも全員、困惑の表情で振り返ったようだ。

 何より、知らない声だった。


「取り込み中なようだから、邪魔するぜ」


 暗そうな男。

 そんな第一印象を覚えるミキだった。



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