40,準備万端には程遠く






 オレ達が待合室で小休憩をしている間に、シニヤス荘の周辺環境は一変していたらしい。シニヤス荘の狭い敷地内に、先程までなかったはずの四つの小屋が建っていたのだ。


「うぇっ?」


 現実離れした現象である。目を疑い、正気を疑い、もう一度目を疑った。ゴシゴシと目を擦るも四つの小屋は消えてなくならない。素っ頓狂な声を上げてしまった自分も消えてはくれない。

 この光景を現実のものだと認められなければ、今日の出来事を夢幻として忘れるしかないだろう。

 だが都合よく忘却してしまえるほど人の脳は便利に出来ておらず、オレ達は必然として異常な光景を受容するしかなくなった。

 懐疑を口に出してしまったのはケイである。トントントン、とテンポよく階段を降りていくエヒムさんに対して、彼女は及び腰になりながらも問いを投げた。


「エヒムさん……?」

「はい、なんでしょう?」

「あ、あの……アレはなんですか? わたし達が来た時は……なかったですよね……?」


 呼び掛けられるなりすぐに足を止め、階段の下の方からエヒムさんが頷きを返す。それから視線を四つの小屋へと向けて、詳細を省き説明してくれる。


「ええ。あなた達に小休憩をしてもらっている間、社長から許可を取り手早く作っておきました。なにぶん急造なので内装や設備は不十分ですが、今後必要に応じて改善していくつもりです」

「つ、作ったって……あんな短時間で、どうやって……?」

「……使用感を確かめた後、改善案を思いついたら言ってください。手と時間が空いていたら対応させていただきます。今は時間が惜しいので、早く倉庫に行きましょう」


 本当に急いでいるらしく、エヒムさんはそれだけ言うと再び前を向いて階段を降りていった。

 オレ達は顔を見合わせ、彼女の後に付いていくことにする。仕事道具を支給すると言われたのだ、付いていかない選択肢はない。

 そうして一階まで到着すると、改めて異様な景色が広がっているのに直面した。


 シニヤス荘の敷地はもうギチギチに詰まっており、人が一人で通れるスペースしか空いていない。

 いずれも簡素なプレハブ小屋で、安価でお手軽そうではあったが、やはりどう考えても簡単に用意できるものではないはずだ。


 エヒムさんは呆気に取られる暇をオレ達に与えない。エヒムさんがオレ達を連れてきた先には、倉庫と銘打たれた看板付きのプレハブ小屋があった。先導してくれていたエヒムさんはドアノブを回して戸を開くと、さっさと中に入って行く。そうして中から入ってきてくださいと指示され、こんな小さい小屋に四人も入っていいのかと戸惑いつつも指示に従った。


 途端だ。


「うおっ……!?」

「えっ……!」

「――――」


 中に入るとオレやケイ、ツユリは仰天させられる。この小屋はどう見ても外見の大きさと釣り合わない、広大な空間を内包していたのだ。


 天井は高く、四方を囲うコンクリートの内壁は遠い。間取りの広さは高校の体育館に匹敵する。視線を上下左右に走らせ、次いで最後尾にいたツユリが外に出たり入ったりして確かめるも、小屋の規格に合うはずがない内部空間に驚愕し直していた。


 倉庫と銘打たれた小屋なだけあり、工場のように無機質な場所である。


 無数のロッカーと長椅子が立ち並ぶ区画、空白だけを載せる棚の列、そして社有車が置かれた区画もあった。中にある物がチグハグで、倉庫というより物置といった様相を呈している。

 中でも目を引いたのは、伽藍としたスペースに設置されたステンレスのテーブルだ。

 机の上にはメカメカしい四角形の物体がある。見たことがある物の中で近いのは3Dプリンターだろうか。


「先程も通達しましたが、今からあなた達に仕事道具……より直截に言うなら武器防具を支給します。危険な仕事ですからね、身を守る道具は不可欠と言えるでしょう。ワタヌキくん、そこに手を翳してください」

「へ? あ、はい」


 指示されたオレは恐る恐る3Dプリンターに手を近づけた。四角い物体にはボタンも何もなく、手を翳してどうしろというのか見当も付かない。

 だがオレの手が近づいたのを感知したのか、唐突に箱体がスライドし銃口のような黒々とした筒が顔を出す。驚いて手を引いてしまったが、関係ないとばかりにレーザーらしきものが照射された。


「うわっ!」


 咄嗟に躱そうとしたのは、未知への本能的な忌避感ゆえだろう。だが照射されたレーザーはお構いなしにオレの手首に纏わりつく。レーザーは素早く左右に動き、ほんの数秒でオレの左手首に一つのスマートウォッチみたいな物を形成した。

 何もない空間から物質が象られたのである。唖然として自分の手首に巻かれた物を見詰めると、エヒムさんがどこか自慢げに胸を張りながら言った。


「このプリンターや手首のそれに名前はありませんが、便利なものでしょう? SFチックで実にロマンがある仕組みに仕上がったと自負しています。どうですか?」

「ど、どうですかって言われても……」

「液晶画面に触れて操作してみてください。きっと驚きますよ」


 困惑。戸惑い。微かな動揺。言われるがままスマートウォッチもどきの液晶画面に指を這わせると画面が光り、まるでゲームで言うステータス画面みたいなものが表示された。

 一番上に装着者であるオレの名前と、その隣にレベル1と表記されている。その下に全部が1か2の数字で埋まった『ステータス』、『装備品』や『周辺地理』と表記されていた。

 思わず顔を上げてエヒムさんを見ると、彼女は微笑んで指示を出してくる。


「装備品の欄をタップしてください」

「………」


 タップする。すると、現在オレが着ている衣服の種類が表示された。

 だが見覚えのないものもある。オレが持っていないはずの物だ。名前は『全耐機能スーツ』『カテゴリーB・AMザウエル』『カテゴリーC・AMガウエル』である。

 無言でスーツとやらを押してみたのは、単なる好奇心というか、ここまできたら逆にワクワクを覚えてしまった故の軽率な動機だった。

 果たして変化が現れる。一瞬オレの体が光ったかと思えば、エヒムさんが着ているようなスーツ姿へと早変わりしていたのだ。

 流石に驚いて、おぉ、と意味のない感嘆の吐息を溢しつつ、両腕を広げて自身の姿を見下ろす。


「どうです? それは圧力や慣性、熱や寒さ、電撃や精神作用など、私が思いつく限りの危険から身を守る優秀な防具です。スーツ姿なのは……残念ながら私にその手のデザインセンスがないからですね。こんなふうにしてほしい、というアイデアがあれば是非教えて下さい。個別に対応できるのは【曼荼羅】が小規模な今の内だけですから」

「……すっご。マジのSFじゃん。……あ、このザウエルとガウエルっていうのはなんなんスか?」

「武器です。出してみてもいいですよ」

「ウッス」


 もう細かいことはどうでもよくなって、オレは素直に自分のワクワクに従うことにした。

 いまさら躊躇することもなくタップすると、右手が微かに光る。次の瞬間、忽然とメカメカしい一本の筒が現れた。成人男性の前腕ぐらいの長さで、握りの部分はグリップが巻かれ握りやすくされた物だ。重さはさほど感じられず、まるで鉄パイプみたいである。

 グリップの部分には丁度人差し指を引っ掛けるパーツ――銃器の引き金そのものがあり、ご丁寧にトリガーガードで人差し指が保護される形になっていた為、エヒムさんに視線で確認を取る。


 頷かれた。トリガーを引く。すると鋼と鋼を擦り合わせたような排出音が鳴り、AMザウエルという筒から一枚のブレードが飛び出した。

 びくりと肩が震える。重量に変化はない、にも拘わらず刃渡り1メートルの刀身を、当たり前のように具えてしまったAMザウエルに、質量保存の法則の不在を突きつけられた。


「それは【救世教団】の最先端武装です。使い手を選ばず斬りたいものだけを切断することが可能で、たとえば対象の衣服を傷つけず生身だけを斬れたり、皮膚に傷一つ付けず内臓のいずれかだけを切断できます。本来は西洋剣のような両刃のものでしたが、【教団】のものと区別する為に片刃の刀へ形状を変更しました」

「……なんつーか、すげぇ物騒っスね」

「ええ、同意しましょう。私も本当ならこんな業界にいたくはありません。ともかく、あなた達にはその手首に巻くモノ……名前は適当なものをいずれ付けますが、それを支給します。万一紛失したり破損させてしまっても問題ありません。一番最初に装着した方にしか使用できないようプロテクトが掛かっておりますし、失くしてもここに戻れば、私がいなくとも再生産可能ですので」


 さあ、アタミさんとアキナシさんも。彼女にそう促されたケイとツユリは顔を見合わせ、ソッと箱体に近づき手を翳した。おっかなびっくりといった様子で操作をしてスーツ姿になる。

 どちらとも、服に着られているような印象だ。容姿に幼さが残っているせいだろうが、正直あまり似合っているとは言い難い。オレも別の意味で似合ってないだろうし、口に出したりしないが。


「そのままで結構ですので、話だけ聞いていてください。私からあなた達に、もう一つ武器を支給します。身体能力を向上させる加護……スキルのようなものですね」


 エヒムさんの声が鼓膜に浸透する。脳に直接染み込んでいるかのように、記憶にこびりつく魅惑の音波のようだ。彼女は相変わらず事務的に告げている。


「どれだけ優れた装備を所持していようと、あなた達は元々一般人です。その道に精通し鍛え上げているプロフェッショナルには、どう足掻いたところで相手になりません。鎧袖一触、当たるを幸いに薙ぎ倒されて終わりでしょう。そうした事態を防ぐ為、せめて身体能力だけでも迎合他社の方々や、駆除対象に劣らないようにしなければなりません」

「……えっと、どうするんスか?」

「ジッとしていてください。先程アキナシさんに超能力を与えたように、あなた達全員に身体能力強化系のスキルを付与させていただきます。これは任意での発動となりますので、日常生活に支障をきたすことはありません。なお、当社から退職されてしまった場合は、申し訳ありませんが支給した全ての物品やスキルは回収させていただきます」


 言いながら翳されたエヒムさんの手から、淡い光のようなものが放たれる。それはオレ達を包み込み、そして光が体の中に吸い込まれて消えていった。

 変化は、ない。戸惑いながら視線を交わすオレ達に、エヒムさんは左手首を指し示す。


「使用方法はまだ分からないでしょう。数をこなせば補助がなくとも発動できるでしょうが、そうでない内はその手首の物にあるステータス画面を開き、私が付与した【強化】の欄をタップしてください。そうすればスキルが問題なく発動するはずです。ああ、今はやめてください。あなた達にはそれぞれ個別に付けられた指導官がいます。早速彼らと対面し訓練に移ってもらいますので、スキルを発動させるのはその時にでも。……ここまでで何か質問は?」


 ない。というか、あったとしても思いつけないだろう。情報量が多すぎて、頭脳が飽和状態になっているのが自分でも分かる。

 黙っているとエヒムさんは手を打ち鳴らし、注目を集めた上でオレ達に指示を出した。


「よろしい。ではここから出て赤い屋根の小屋に入ってください。それが当社の訓練施設です。中であなた達を個別に指導する方が待っていますので、なるべく早く向かうように。いいですね?」

「………」

「………」

「………」

「……返事は!?」

「っ――!? はっ、はいっ!」


 返答に窮していると、エヒムさんが叱声を上げる。怒られたというより注意された感じだ。厳しくはなく甘くもない、しかし弛んだ心の糸を一気に張り詰めさせる毅然とした声である。

 反射的に背筋を伸ばし、声を揃えてオレ達は是と返答すると、エヒムさんはさっさと倉庫から退室していく。


「あ、あのー、エヒムさんはどうするんですか……?」


 ケイが不安げに訊ねると、彼女は足を止めて首を巡らし、横目にケイを見て短く応じる。


「私は別件の仕事に当たります。あなた達はあなた達で、どうか励んでください」









  †  †  †  †  †  †  †  †









 一足先に外へ出た私は、連なる四つの小屋が視界に収まる位置まで離れると、あの三人が倉庫から出て赤い屋根の小屋へ入っていくのを見届けた。

 懐からボールペンのような筒を取り出し、先端に付いているスイッチを押した。すると音もなくシニヤス荘の敷地が横にスライドし、四つの小屋が地下へと消えていく。後に残ったのは、なんの変哲もないアパートのみ。四つの小屋という異物は地下に消え、代わりにシニヤス荘の隣に地下へ続く階段が出現する。私がいなくても地下の小屋から出られるように、という配慮だ。


 SFチックな3Dプリンター。四つの小屋。小屋の地下収納スペースと、その仕組み。スマートウォッチじみた物に、小屋の中の拡張空間。それら全ては、私の『言霊』で作り出したものだ。

 たとえ専門的な知識がなくても、私が叶えたいと願えば、現行人類の科学技術では再現不能なものでも生産できる。詳細な設計図や製造設備がなくても、過程をすっ飛ばして結果を得られるのだ。

 我ながら破格の便利さだと思う。だがそのお蔭で一々新人達の装備を作る手間は省けた。後は時間の流れを遅れさせた訓練施設内で、新人達がどれぐらい訓練を続けられるかだが……指導担当者が上手いことやってくれることを期待するしかない。


「フゥー……」


 疲れたなと内心独語する。幾ら便利でも程度を考慮せず、ひたすら能力を酷使すると疲弊してしまうのである。【天罰】のメンバーに分けていたままの天力を回収していなければ、これだけの無理を通すのは不可能だっただろう。必要経費とはいえ短時間の内に働き過ぎた。

 嘆息して肩を回し、私はいいタイミングで戻ってきた分身、フィフの気配を察知する。白い羽根を羽ばたかせ、上空から舞い降りた天使を見上げた。


「ただいま、エヒム」

「おかえり。思っていたより遅かったな? 何か問題でもあったか?」


 フィフは私から独立した自我だ。有する知識量は同一だが、異なる人格であるからこそ話し合いの相手としては最適だと認識している。

 外的要因、性格的な陥穽で私が見落としたものも、別の観点から見て考えられるフィフがいれば、抜かりのない結論を導けるはずだ。

 フィフは昨日の夜の内に日本から出て、海外でそれとなく姿を晒すことで、私を発見する恐れがある外界保護官――エンエルの目を誤魔化す撹乱行為に従事していた。こうしてフィフが無事に帰還した以上は、さしたる問題は起こらなかったと見ていいはずだが。

 私の問いを受け、すぐ傍まで歩み寄りながらフィフは報告してくる。


「心配しないでいいわ。エンエルの耳目は日本以外だとどこにでもあるもの、念の為慎重に行動していたから時間が掛かっただけよ。それより、エヒムの方の首尾はどうなの?」

「三人集まった」

「三人? ……たった三人? 嘘よね? え、本当に三人なの?」


 端的に成果を伝えると、フィフは唖然として聞き返してきた。

 私は渋面を作る。確かに三人は少ない。だが、仕方ないだろう。

 こちらの表情を見て、フィフはあからさまな失望を表現する。


「……信じらんないわね。これから先のことを考えたら、戦力の拡充は絶対に外せない義務なのよ? なのに三人しか手駒が集まらないって……いえ、集めないなんて何を考えてるの? あなたのことだから個人の自由意志を尊重したいとか、眠たいことを考えてるんでしょうけどね、そんな甘ちゃんなことしてる場合じゃないのは分かってるの? それとも馬鹿になっちゃった?」

「……耳が痛いが、正解だ。そして無理にでも頭数を揃える必要があるのも理解はしている」

「理解はしても実行しないんじゃ意味ないわよ。まったく……それで? なんか状況が変わってるようだけど、私にも情報共有はしてちょうだい」


 辛辣に詰られるも反論できない。いちいち尤もな指摘だからだ。黙り込んでしまう私にフィフは更に呆れたようだったが、気を持ち直したように問い掛けてくる。

 どうやら私の天力が著しく消耗しているのを見て、予定外のことが起こったのだと察したらしい。こうしてみると本当に頭の回転が早く、なぜオリジナルのフィフキエルは人造悪魔如きに不意を打たれて死んだのか、理解に苦しむ。もしやフィフキエルの継承体である私に【傲り高ぶる愚考】の性質が受け継がれているから、分身に過ぎないフィフはニュートラルに物を考えられるのか?


 だとすると、ますます私にとってフィフの重要性が上がる。私はフィフが不在だった内に起こった出来事を、要点を押さえて端的に伝えた。


「――ふぅん。あの娘は月の国ゆかりの人間だったのね」


 なるほど、とフィフは頷く。


「お前はどうするべきだと思う」

「貴方と同じ答えしか出せないと思うわよ? だって月の国は所在を隠しているし、表立って行動する奴らじゃないもの。本来ならね」

「本来なら、か。まあ確かに【輝夜】の乗っ取りなんざ、連中からしてみると無駄でしかない」

「でしょう? だって私や貴方なら【月の虫】とかいうのは目視できるでしょうけど、普通の人の目には映らない霊的存在のはずよね。テキトーに虫をばら撒いて、テキトーにマモを回収して暮らしてきた連中が、どうして今になって急に地上の組織に関わってくるのよ。何千年もずっと繰り返してきたルーチンを破って行動してるんだから、そこには必ず理由があるはずじゃない?」

「つまり、刀娘がキーになるわけだ」

「そうね。あの娘の身柄を確保し続けていたら、そのうち向こうから墓穴を掘るんじゃないかしら」


 フィフのそれは案の定、私と同じ結論だった。


 私の母体となった天使の知識の中に、かぐや姫の物語にある月の国の存在はある。だがソイツらはほとんど表舞台に立たず、裏から細々とマモを集めているだけの穏健な存在だった。

 故に他所と争うことはなく、交流を持つこともない。ただそこにいるだけの無害な奴らだ。もちろん人間にとっては唐突に襲い来る死神に等しいわけだが、ほとんどの勢力は彼らを無害と見做して放置していた。外界保護官を謳う天使ですら、月の国に関しては優先度を低めに設定しているほどである。


 だからこそ解せない。刀娘の言葉を信じるなら、何故近年になって急に【輝夜】の乗っ取りなどを始めたのか。そのような真似は、何千年も、何万年も確認されていないはずなのに。

 突如として沈黙を破ったこの行為には、必ずなんらかの意味がある。であるなら月の国が執拗に狙っているという刀娘を守っていれば、自ずと道は開けるはずである。

 問題があるとするなら、その過程で【輝夜】と【曼荼羅】が激突してしまうことか。勢力の規模的に考えると、普通に踏み潰されて終わりそうだ。


「あんまり目立っちゃダメよ、エヒム」

「分かっている。私が大手を振って行動すれば、【教団】に所在を気取られかねない。そうなればなんの為に【曼荼羅】に籍を置いたのか分からなくなる。刀娘や新人三人のサポートをして、後はあの老人達にも働いてもらう他にないだろうな」

「たぶん言うこと聞かないと思うわよ、あのお年寄り達」

「………」


 フィフが揚げ足を取ってくるのに眉を顰めるも、私も内心そう思っていたから強くは返せなかった。

 坂之上信綱。勅使河原誾。あの老人達が素直に言うことを聞くようなタマではないのは、なんとなく察しがついている。新人三人の指導役も、まともにしてくれているか怪しいものだ。

 となると実質的に動かせるのは刀娘と新人達だけということになるが……。


「……私が力を抑え、『言霊』の使用も控えたら、働けなくもないか?」


 入社時にアグラカトラにもらった指輪。これを嵌めている限り、遠視などの能力で私を見つけることは出来なくなるという代物。それを撫でながら呟くと、フィフは一拍の間を開けて肯定した。


「まあ……そうね。私……もといエヒムの天力は特徴的な波長だから、派手に使い過ぎたらエンエルに発見されちゃうでしょうけど、力を縛って肉弾戦に終始したら支障はないんじゃない?」


 それでも頭数は五人だ。たったの五人で、日本最大の国防組織に喧嘩を売るのか?

 はっきり言って馬鹿げているが、どうとでも捌いてしまえる自信があった。

 甘い見積もりはしたくないものだが、根拠のない自信が胸の中を満たしているのだ。私がいる、なら如何なる障害も些末である、と。

 所詮は極東の島国という狭い国の、ただの虫けら如きに乗っ取られるような組織だろう。そんなものにこの私が遅れを取るわけもないと、本気で思っているのだ。


「自制。自制」

「いきなり何?」

「いや。……それより、思ったより早く客が来たようだぞ」

「あら、そう? ……じゃあ私はちょっと消えておくわね」


 シニヤス荘へ真っ直ぐ向かってくる、複数の人間の気配がする。

 いずれもが天力や魔力とは異なる性質の力、霊力を具えた精強な人間達だ。

 私の視線を辿って招かれざる客を視認したフィフは、自身の存在は伏せておくべきだと考えたらしく透明化する。私の『言霊』と同じ力によって。


 私は深く息を吸い、意識を切り替えた。想定より大分早いが、想定外のことは常に起こるもの。本当ならまだ色々と準備したくはあったが、慌てず騒がずしっかりと応対しよう。

 可能なら穏便に済ませたい。だが、きっと事は荒ぶるという予感がする。

 私はシニヤス荘の軒先で客人達を出迎え、柔和に微笑んで告げた。


「ようこそ、【輝夜】の皆様。当方に何用でしょうか?」








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