16,さよならを言いに






「きゃぁぁぁぁ――っ!」


 うわ五月蝿うるさっ!? 急に耳元で悲鳴を上げられた俺は、反射的に両手で耳を塞いでいた。

 悲痛さと怒りが絶妙にブレンドされた、いっそ見事な貫通力を誇る金切り声である。俺は軽い耳鳴りに見舞われ、鼓膜に爆音という打撃を食らわせてきた下手人に怒号混じりに抗議した。


「うっせぇ! いきなり耳元で叫ぶなこのバカ!」

「バカはあなたよ! このバカ! なんてことをしているの!? 正気!?」


 だが俺の肩に陣取っているふてぶてしいヌイグルミは、俺の正当な文句に逆ギレで返してくる。あまりの剣幕に――ヌイグルミだから全然怖くないが、反論を赦さぬ憤激に閉口させられた。


髪を短くする・・・・・・だなんて信じられない! あなた、わたくしの神聖な髪をなんだと心得ているの!? 今すぐ戻しなさいよ!」


 俺は今、洗面台の前にいた。

 事の発端はこうだ。アグラカトラから指輪と如意棒もどきを渡され、暇だし仕事の現場を見に行くかと決めた後。とりあえずシャワーを浴びて身支度を整えた時のことである。

 濡れた長い髪が顔に張り付いて鬱陶しかったのだ。長いとは言っても肩に掛かる程度だが、それでも元の俺が短髪だったのもあって、必要以上に長く感じてしまったのだろう。

 一度気になるともうダメだった。邪魔だし切りたいと思ってもハサミなんかなかったし、『言霊』で作るのもバカらしく、社長に借りに行くのも面倒でしかなく。ではどうするかと軽く頭を悩ませていると、感覚的に肉体年齢を操作する要領で、髪の長短も調整できそうな気がしたのだ。そうした感覚的な直感は、昨日までの短い経験でも信頼できると分かっていたので従った。

 するとどうしたことだ、至極あっさりと髪の長さが調整できてしまって、元の俺に近い髪型になり満足できたのだが――俺の髪型が変化したのに気づいたフィフが耳元で絶叫しやがったのである。

 俺は辟易として言い返した。


「お前の髪じゃねぇよ。俺は自分の髪が長いのは嫌なんだ。鬱陶しいだけだしな」

「愚か! あなたはフィフキエルの全てを受け継いでいるのよ? ならわたくしの髪も同然じゃない! このわたくしの髪を粗野な形にするだなんて許せないわ!」

「お前もフィフキエルじゃねぇだろ……」

「自己認識はフィフキエルだからいいの! いいから言うことを聞きなさい! わたくしに無断で、こんな所に所属したことはそれで許すわ!」

「……ハァ。はいはい、分かりましたよ。これでいい?」


 こりゃ五月蝿くて敵わん。言うことを聞かせるのは簡単だが、自我を持ってる相手にはあんまり無理強いしたくなかった。やらなきゃ不都合だってんなら仕方ないと割り切れるが、こんなくだらない諍いでフィフに手を加えるのは気が引けてしまうし。

 そうして深々と嘆息して髪の長さを戻したのだが、フィフは当然のように要求を続けてきた。


「ついでだから今後の髪型はわたくしに決めさせなさいな。相応しい美しさに仕立ててあげる」

「はぁ? ヤだよ。今のままでいいじゃん?」

「ダメよ。ホントはその乱暴な口調もやめてほしいんだけど、わたくしって懐が深い天使だし? 最低限尊重して我慢してあげてるの。そんなわたくしが我慢ならないのが身嗜みよ!」


 天使でもないじゃん。と、内心で呻く。だが口にはしなかった。

 フィフの人格は女性型だ。こういう時、口答えすると後に尾を引くというのは知っていた。

 仕方ない。髪型ぐらい言うことを聞こう。髪は傷めない程度、会社勤めとして見苦しくない程度にしか気を遣ってこなかった俺だ、見栄えのするセンスなんか持ち合わせがないんだし。


「分かった分かった、じゃあどうすりゃいいんだ?」

「あと三センチ髪を伸ばしなさい」

「はいはい」

「後、ここに屈みなさいよ。わたくしが手ずから結わえてあげる。……ふふ、ここには口煩いキミトエルもいないし、好きに整えられるわ」

「………」


 洗面台の上に飛び移ったフィフに背中を向け、大人形態に移行していた俺は素直に屈んだ。髪ゴムを片手に俺の髪を弄り出したフィフが、聞き覚えのある名前を出すのに眉を顰める。

 キミトエル。たしかフィフキエルの姉だったか。ゴスペルと一緒にいた時に見た顔は、確かにフィフキエルのそれとよく似ていたような気がする。姉、姉貴か。妹が実はもう死んでると知ったらキミトエルとかいう天使はどう思うんだろう……いや、考えなくていいか。深く想像したらこちらの気が滅入りそうになってしまう。だいたい、俺は100%悪くないのだから。


「できたわ!」


 言うなり俺の肩にフィフが飛び乗ってくる。屈めていた背中を伸ばし、振り返って洗面台の鏡を見遣ると、俺の髪はお団子みたいに結わえられていた。

 シニヨンという髪型だ。今の面がとんでもなく美人なもんで、我が事ながら非常に似合っている。というかどんな髪型でも似合いそうで、意外と悪くない気分にさせられた。


「良いセンスだ」

「当然じゃない。わたくしの美的センスは天界でも評判だったのよ」

「どこだよ、天界」


 これ以上鏡を見ていたら、自分の顔に見惚れるナルシストみたいになっちまう。実際、自分の顔をまだ見慣れていないせいか、じっくりと見入ったら惚れてしまいそうだ。

 そんなのは御免被る。さっさと洗面台を後にして、革靴を履き外に出た。

 黒いスーツに青いネクタイ、タイピン。右手中指に金の指輪。そして最後に背中に負った如意棒を収めるホルスター。最後の装備品だけで一気に浮くが、人には見えないらしいので気にしない。

 大人の姿に変形してスーツを着ていると、自然と気が引き締まるのは社会人あるあるだと思う。そうしてシニヤス荘から出て行くと、割とすぐに呼び止められてしまった。


「花ーっ! これ持ってっときなよ!」


 アグラカトラの声だ。振り返ると再び何かを投げ渡される。

 彼女は自分の部屋の玄関から一歩出た先で、俺に革の財布とスマホを投擲してきたのだ。

 難なく掴み取ると、アグラカトラはにかりと笑う。


「それギルド入り祝いの支度金! 好きに飲み食いして、好きなもん買えばええよ! 飲食も睡眠も風呂も要らんし、刀娘から聞いたオマエの力があったら買い物とかも要らんじゃろうけどね、そういう無駄なことも楽しむんが吉よ! 人間性を失ったら辛いけぇな!」

「――はい。ありがとうございます、社長」

「カカッ、礼儀正しい奴! んじゃな、これからランク上げにゃならんし、あたしはもう戻る! 今度気が向けば一緒にゲームしよ!」


 言うなりこちらの返事も待たずドアを閉められる。朝っぱらからゲームかよと思うも、なんだかにくめない人だ。いや女神か。本当の意味でのアットホームな空気に、知らず頬が緩んだ。

 財布の中身を確認すると、意外なほどの大金が収められていて目を見開く。

 おいおい、どんだけ気前いいんだよ。百万も入ってんじゃん。封印される前は大手ギルドの金庫番をしていたと言っていたが、金銭感覚どうなってんだ? 財布を持つ手が震えちまう。

 懐に財布を入れて、アグラカトラの部屋に頭を下げてから街に向かった。今まで持ち歩いたことのない大金が懐にあるためか、足元がふわふわしているような気分になる。


(無駄なことを楽しめ、か)


 確かに、今の俺には『言霊』があるから、人間社会の大半は無駄だ。

 でもアグラカトラの言葉は金言だと思う。

 今の俺にとっての『無駄』が、俺の精神を人間のものとして維持する大事なセーフティーネットになるのだろう。せっかくの厚意なのだし、金も含めてありがたく頂戴しておこう。

 しかしこうも恩を受けるとアグラカトラには頭が上がらなくなりそうだ。いや、現時点の恩で充分縛られている気もする。……別にいっか。どうせ行く宛もないんだから。


(秋葉原で人為的に異界が生まれそうになってる、だっけ)


 仕事の内容を思い返す。思い返した上で、いまいちピンとこない――わけではなかった。

 現代日本人のゲーム脳を侮ってはいけない、ファンタジーな現象に対する想像力は、おそらく世界一と名乗っても過言ではないような気がしないでもないのだ。

 故に異界という単語だけでおおむねどんなものかイメージが湧いてくる。

 だが問題が一つ。俺は大人として現実と空想の線引きぐらいきちんとしているが、一般人にとっての現実と空想の境界が、今の俺は曖昧になっているのが懸念事項となっていた。


 なんせ今まで俺が空想だと思っていた存在に、俺自身が成っている。果たして俺の持つ空想に関する知識を、どこまで空想に等しい現実に適用できるものなのか。その辺りを把握していない今、不用意に行動するのは厳に慎むべきではあった。


「なあ、フィフ」

「なに?」

「異界ってなんだ? 知ってる限りの詳細を教えてくれ」


 だから空想の塊みたいな天使の知識に頼る。当たり前の判断だ。

 フィフは諳んじるように答えてくれる。


「異界っていうのは、知性と感情から漏れ出たマモによる位相の歪みね。あの小娘から聞いたと思うけどおおむね人間の欲望、悪感情から形成されることが多いわ」


 ……そんなこと言ってたか? 魂の老廃物云々が原因とは聞いたが。


「たとえるならこの下界の中に、一つの小さな世界が生まれてしまうようなものかしら。異なる世界というように、世界が違えばルールも違う場所よ。異界には異界のルールがあって、中にあるモノにはルールへ従わせようとするの。あなたには関係ないでしょうけど」

「関係ない? なんで?」

「いいことを教えてあげる。塵も積もれば山になるものだけど、あなたが身を置くことになった世界では塵は塵なの。山ほどあっても吹けば飛ぶわ。雑多な怨念程度で、存在の次元が違う相手を従わせることは叶わない。塵の課すルールで天使が囚われることはないの。例外があるとするなら、その塵のルールを強化する輩がいる場合ね。同格以上の相手が異界を支配していたら、相応に厄介なことになるわ。あなたはその点にだけ気をつけておきなさいな」

「なるほどね。完璧に理解した」

「本当かしら……」

「ホントだよ。マジで理解したから安心してくれ。で、異界を放置したらどうなるんだよ」


 こちとら妄想力のエリート戦士だ。社会人になってからは一線を退いていたが、それでも青春を捧げた思い出の作品たちが俺の背骨になっている。そう簡単に忘れたりはしない。

 だからここまで聞けば、異界を放置したらどうなるかも予測がついている。家具屋坂さんも災害の原因になるとは言っていたし、知りたいのはどうして災害に繋がるのか、だ。

 最悪のケースに至る場合のメカニズムを理解しておけば、現場の対応も変わるものだろう。


「異界を放置したら? これも簡単ね。ダムが決壊するようなものよ」

「あー……なるほど? 異界が限界まで膨張したら、破裂して現実世界に異界の中のもんが流れ込んでくる的な?」

「あら、理解が早いじゃない。その通りよ。下界に異界のルールがなだれ込んで、下界のルールと異界のルールが衝突するの。基本的に異界の方が規模が小さいし、下界のルールに圧し負けるのが必然だけど、世界と世界のルールが衝突し合えば少なくない余波を生むわ」

「それが災害に繋がると。オーケー、確かに異界は早期に潰すに限る訳だな」


 理解した。ただ――


「社長は異界が人為的に作られてるかもって言ってたよな。そんなことできるのか?」

「できるわ。異界を人為的に作るのは、簡単じゃないけど不可能じゃない」


 そうなの? ちらりとフィフを見ると、彼女は歌うように続けた。


「天使の【聖領域】も異界の一種なのよ。その濃度――強度や厚みとも言えるかしら。それを強めれば比較的簡単に異界そのものは出来上がる。だけど旨味はないわね。後処理が面倒なだけだから真似はしないで」

「旨味がない? じゃあなんで異界なんか作ってる奴がいるんだ?」

「さあ? 異界を作る輩の人物像を想定するとしたら、わたくしが予想できる限りだと三つね。異界を成長させ下界とぶつけることで周りをメチャクチャにしてやりたい自殺志願者か、異界の中に隠れ潜んでよからぬ企てをする知恵者気取りか、異界を潰しに来る――たとえば今のあなたみたいなのをおびき寄せたい狩人か。……ああ、もう一つあったわね。有り得ないとは思うけど」

「……なんだよ? なんか急に帰りたくなってきたとこなんだが」


 三つの想定されるパターンだけでお腹が痛くなってくる。自殺志願者も、知恵者気取りもろくでもないが、狩人とかいうのは今の俺にとって嫌な想像を掻き立てられるものでしかないのだ。だというのにまだあるのか? 秋葉原に向かう足も、自然と緩くなってしまう。


「人造悪魔。今までこんなものが作られたことはない。有り得ないとされてきたものよ。その有り得ないモノが実現しているということは――秋葉原とかいう場所に異界を形成している輩が【曙光】の手の者の場合、異界を有効活用する術を見つけ出すか開発した可能性が浮上するわね。繰り言になるけど、わたくしは有り得ないと思ってるわよ?」

「やめろよ。そういうのフラグになるんだぞ」

「……フラグ? 今の話のどこに旗があるの?」


 小首を傾げるフィフに反応を返さず、俺は嘆息して方向転換した。うん、明らかに散歩がてらで見に行って良い場所じゃなさそうだ。家具屋坂さんと合流してから行こう。

 そう腹を決めると、途端に暇になってしまう。今日は日曜日だ、家具屋坂さんも学校は休みだろう。部活さえしていなければまだシニヤス荘にいるかもしれない。……いや待てよ? 家具屋坂さんがシニヤス荘に暮らしてるとは限らないな。というか普通にありえん。常識的に考えて親と一緒に暮らしているはずだし、あのシニヤス荘にはアグラカトラと俺以外の気配がなかった。

 気配がなかった、なんてしたり顔で決めつけているが、外れているとは思えん。というか昨日別れた時に、彼女は普通にどこかへ走り去っている。あれは家に帰っていったのだろう。


「あ、あのぉ……」

「ん?」


 アグラカトラに渡されたスマホに、家具屋坂さんへの連絡先が登録されていたらいいんだが。

 そう思ってスマホを取り出し、ロックされていない画面を開いていると、不意に知らない人から声を掛けられてしまう。ちらりと視線を向けると、そこには一人の少女が立っていた。

 ……誰だ? 見たことのない少女である。

 金髪に染めた長髪を内向きにカールさせ、整った容貌を適度に化粧して華やかせている、可愛らしく明るい印象のだ。服装は私服で流行に乗ったものだろう、ティアードワンピースにニットベストを合わせたクラシカルな着こなしをしている。

 知らない年頃の少女というだけで、警戒心がむくむくと顔を出してきた。都会の社会人男性が基本装備する警戒心は、駅にいる時ほどのものではない。しかし油断は禁物だ、未知の手法でしてやられる可能性はある。この少女にも仲間がいるだろう、仲間はどこだ?


 素早く視線を動かしてみれば、いた。少女の後ろの方で、二人の少女が顔を寄せ合い、こちらの様子をうかがってきているのを発見する。


「なんですか?」


 ぶっきらぼうになり過ぎず、警戒している素振りも見せず、穏やかで優しげに応対する。如何なる隙も晒さず、慎重に現状を把握するのだ。

 すると少女は興奮したように頬を上気させた。後ろの方の少女達がヒソヒソと声を掛け合うのを天使イヤーではっきりと聞いてしまう。


「ね、ね! 聞いた今の!? すっごく綺麗な声!」

「聞いた聞いた! めっちゃ優しそうじゃん!」

「………?」


 な、なんだ? 何が目的だ? 困惑してしまっていると、目の前の少女がズイっと近寄ってくる。

 未知の圧力だ。いや未知じゃないな、会社の後輩からも似たような圧を受けたことがある。


「もしかしてなんですけど、モデルとか俳優とかしてたりしますか? 芸能人だったり!」

「……ん?」

「よ、よかったらなんですけど、一緒に写真とか撮ってもらったりしちゃっていいですか? 暇なら一緒に遊んだりとか! ね、どうですか!?」

「……ああ、なるほど……?」


 興奮気味にまくし立ててくる少女に、やっと彼女達の目的を察する。

 これは逆ナンという奴か。されたことがないから察するのが遅くなったが、たぶんそうだろう。

 改めて思い返せば、今の俺は自分の顔を見つめるのも憚られるようなとんでもない美形だ。家具屋坂さんに曰く人間離れしているレベルの。下手をしたらナルシストになりかねないと自分でも思うほどなので、そりゃあ他人が惹かれてしまっても仕方ない。

 こういう思考自体がナルシストみたいでちょっとイヤだが、客観的に見るとそう判断できる。


 俺は少女達を改めて見据えた。普通に可愛い。学生時代にたとえると、学校のクラスカーストで最上位にいそうだ。今までの俺や、昔の俺なら鼻の下を伸ばしてしまっていたかもしれない。

 だが、不思議と惹かれなかった。天使だから人間を下に見ているとかいうのではなく、誤解を恐れず明言するなら彼女達に『性』を感じないのである。

 男女であれば互いに性的な魅力を感じるかどうか判断がつく。しかし今の俺には性別がない。だからだろう、見ず知らずの少女達に惹かれるものは全くと言っていいほど感じられなかった。


「すみません、私はこれから仕事でして、先を急いでいるので付き合うことはできません」

「あっ……そ、そうなんですか……」

「はい。せっかく声を掛けてもらったのに袖にして、申し訳なく思います。また今度、縁があったらその時に改めて誘ってください。都合が合えば喜んでお付き合いしますよ」

「わ、分かりました! また今度会えたら誘わせてもらいますね! お邪魔してごめんなさい!」


 こちらがやんわり断ると、無理強いしようとはせず素直に引き下がっていった。残念そうではあったが俺に対する悪感情はなかったように思える。というか普通に話しただけで喜んですらいた。

 感じの良い娘だったな。さぞかしモテるだろう。身の回りにあんな娘がいたら毎日が楽しいかもしれない――と、自分の学生時代を想って立ち去る少女達を見送る。何度かこちらを見て手を振ってくるのに、俺も手を振り返すと黄色い声を上げて興奮していた。


「………」


 適当に歩いて物陰に入ると、スマホを開いて登録されている連絡先を確かめる。

 『アグラカトラ様』『家具屋坂刀娘』『坂之上信綱』『勅使河原誾』の名前が並んでいるが、後者二人は誰だ? もしかして、もしかしなくても、まだ会えていない【曼荼羅】の人か?

 読みは……サカノウエ・ノブツナ。テシガワラ・ギン、だろうか。

 察するに坂之上さんはお爺さん、読み辛いが勅使河原さんの方がお婆さんなのだろう。なんというか家具屋坂さん含め、珍しい名字だなと思う。近い内に挨拶したいものだ。


「えー……『おはようございます。仕事の件で相談したいことがあります。急ぎではありませんので、ご都合の合った時に連絡してください』と」


 面識のある家具屋坂さんにメールをする。これでよし。後は返信があるまで暇になったな。

 まだ午前9時にもなっていない。これでは暇を持て余してしまうが、アグラカトラに財布とかを預かったばかりなのに帰宅するのは気まずかった。

 ではどうする。うーん、と悩み、ふと思い出した。


(そういえば、元の体はどうなったんだ?)


 ゴスペルは任せろと言っていたが、手を回してくれているのだろうか。それとも手を回すまでもなく病院にいる? 一度気になると無視できなくなり、俺はすぐに決断した。

 よし、俺の体の様子を見に行こう、と。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る