第17話 燃えるゴミ

 あいつが残していったものを、ゴミ袋につめる。


 燃えるゴミ、燃えないゴミ、プラスチック……。こんな時まで、分別しなくてはいけないのかと、虚無感に包まれる。


 コケっと体の中の悲しみとか怒りとか、あいつに関する感情を吐き出して、袋に詰めて捨ててしまいたい。


 その場合は、燃えるゴミで出そう。ゴウゴウと燃え盛る火の中に、入れてやるんだ。リサイクルなんか、受けつけないんだから。


「なにこれ」


 ゴミ袋に突っ込んだ手を引き戻す。赤いパンツ。というか、ボクサーパンツ。こんなの、履いてたっけ?


 そこまで考えて、また怒りがこみ上げてきた。「別の女の子」にもらったものかもしれない。


 まるで犯罪者を捕まえた警察官みたいに、握りしめたパンツをベランダへ連行して、物干し竿に直接はりつけにしてやった。


 風に吹かれて、赤パンツはバタバタと音を立ててもがいた。


 コイツは、誰か。

 涼なのか「別の女の子」なのか。

 それとも、あたしか。



 ベランダの隅に桜の花びらが、溜まっていた。本来の薄いピンク色が、焦げたように茶色くなっていた。


「汚い色」


 視線を外せば、海。眼下は、街並み。もう、五月にはいったところだった。



 坂の上のこのアパートを借りたのは、あたし。何だって、上の方が眺めがいいから。見たいものは、遠くからの方が、よく見える。それだけの理由で、この場所に決めた。


 涼は坂を登るのが面倒だと言っていたけれど、この景色を見て「いいよ」と笑って頷いたんだっけ。


 思い出して、舌打ちをする。薄汚れてしまった桜の花びらを掴んで、ベランダから放り投げた。


 海を背景に桜の花びらは、崩れ落ちるように落下した。本来のヒラヒラ舞う美しい姿は、そこにはなかった。



 何日も洗っていない、髪の毛が風に絡まっている。泣きすぎたせいか、まぶたがずっと重いままだった。


「……ださい」


 あたしを置いてったやつの為に、こんなにボロボロにならなきゃいけないなんて。


「女の恋は上書き保存なんて、絶対に嘘」


 誰だよ、そんな事言ったの。

 全然、忘れらんないんだけど。


 肌も匂いも、笑った仕草とか、涼が好きだったご飯のメニューも、ひょろっとした後ろ姿も、あたしを呼ぶ声も。


 まだ、隣にいる気がするのに。


「つらい」


 言葉を吐き出して、しゃがみこんだ。抱きかかえた膝に、おでこを何度も繰り返し打ちつけた。


 忘れろ。

 忘れるんだ。


 そうすれば、楽になれるのに。どうして、こんな簡単なことが、出来ないんだろう。


 体の上では、捨てられなかったものが、勝ち誇ったようにはためいている。

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