第3話

 島はスマホを片手にニヤリと笑った。

「よぉしお前ら、覚悟はいいな?

 始めるぞ」


 人々が夜の街を行き交う。

 ようやく秋の風が吹き始め、長袖も目立ってきた。

 この国一番の繁華街は、今日も笑い声、怒鳴り声、グラスの音が鳴り響く。

 それらの賑わいを、どこからともなく和太鼓の爆音が打ち消した。

 通りを歩く者は足を止め、店の中の者は顔を出してあたりを見回す。

 すると、スピーカーから太鼓の音を街中に轟かせながら、1台のバンが走り抜けた。


 その時、


 ドンッ


 と猛烈な爆発音の後、巨大な花火が打ち上がった。

 人々が見惚れる間に、2発、3発とさらに空を光の筋が舞う。

 気づけば辺りから聞こえる太鼓の奏では一つ、二つと増え、それに誘発されるかのように花火が打ち上げられる。

「なんだ?今日は祭りか?」

 足を止めた人々の歓声は、太鼓の合奏がピークを迎える頃、悲鳴へと変わっていった。

 あちこちの建物から一斉に火花が噴き出されたのだ。

 祭り気分の街は忽ちパニックに襲われた。


「盛大にとは言っていたが、ありゃやりすぎじゃねぇか?」

「あれくらいやる覚悟がねぇと海の外になんて出れねぇよ」

 坂本と島を乗せた車は、街灯一つない道の上にいた。

「よし、そろそろ行こう」

 ヘッドライトを光らせると、車はゆっくりと発進した。


 街でバンを走らせる藤村は、上機嫌に助手席の西原に笑いかけた。

「出だしは上々だろう?」

「こりゃ後戻りはできねぇな…」

 笑ってみせた西原の顔がひきつった。

「前!」

 彼の指す先からは、左右から火花を浴びながら一台の装甲車両が向かってきている。

「初っぱなから軍の登場かよ!」

 二人はスピーカーを轟かせたままバンを乗り捨てると、逃げ惑う人ごみの中へ駆け込んだ。


 高架道路に乗ると、島はさらにアクセルを強く踏み込む。

 サイレンの音はますます遠ざかり、周囲には人影一つ見当たらない。

「みんなあっちに行ったかな」

「いくらかは残してるさ」

 そこへ右手からサイレンを響かせて警察車両が2台、現れたかと思うと、二人の車の後ろに張り付いた。

「ほら、来たぞ」


「この先は立ち入り禁止だ。直ちに止まりなさい」

 

 坂本はあからさまに嫌な顔をした。

 その横で島は、不敵に笑みを浮かべた。

「よし、やるぞ」

 アクセルを全力で踏むと、一気に警察車両を引き離した。

 警察も慌ててそれに食らいつく。

 追いつかれては引き離し、追いついては引き離されを繰り返すうちに、1台が横に並んだ。

 

「おい、島、あそこ」

「ああ、あそこだ」


 坂本が取っ手に掴まると、島は思い切りブレーキを踏んだ。

 突然のことに対応しきれず、パトカーは二人の前へ飛び出た。

 瞬間、島はギアを下げつつハンドルを大きく回し、再びアクセルを踏み込む。

 車は脇の下り坂に入り、高架下に出た。

「アッハッハ、やってやったぞ」

 島は上機嫌で後ろを覗いた。

「さすがに着いてきてねぇな」


「おいっ、前っ、前!」


 坂本の声に釣られて振り向くと、目前にバリケードが迫る。

「なんだよこりゃ!」

 慌ててハンドルを切ると、車はかろうじてバリケード目前で停止した。

「慌てることはない。慎重に行こう」

「そうも言ってらんねぇぞ」


 島の指さす後方からは次のサイレンの群れが近づいてきている。

「チッ……」

 またガチャガチャとギアを動かすと、島はバリケードをかわして車を発進させた。


 ネオン街を駆け抜けながら、藤村は思い返していた。

 初めてここに来たのは大学1年のことだった。

 田舎から出てきた俺は、初めて肌に触れる"街"というものに、胸を高鳴らせていたものだ。と同時に、一人で"街"を闊歩する"大人"になった気分だった。

 しかしそれは俺が子供の頃に見て、思い描いてきた未来でしかなかった。

 現実の未来は、……、未来は、享受できるものではなかった。

 でも俺は、今まで享受しようとしかしてこなかった俺たちイルマ人は、自分で未来を作るなんて行動力は失われてしまっている。


 いや、奴らを除いては。


 目の前に、黒ずくめの集団が群がっていた。

「新世界運動、か…?」

「そうだ」


 そう、こいつらは俺の未来になかった存在だ。

 世界の予定にもなかった存在だろう。

 だが予定は大きく狂った。そうして奴らは生まれた。

 奴らが俺の人生に入ってこようものなら、未来は予想もつかぬ、予定外へと狂っていくだろう。


「お前たちは運動に加わわりに来たのか?」


違う。俺はまだ未来を享受したかった。


「俺じゃない。だが仲間がいる」


 島は額から汗を流してハンドルを握りしめていた。

 後ろからは銃声と甲高いエンジン音。

「なんでこんなに追手がいるんだ!」

「運転に集中しろ!」

 一台の追手がリヤバンパーに追突してきた。

「あと少しだ!粘れ!」


 そこへ、遠くから別のサイレンの集団が近づいてくる。

「来るぞ…!飛ばせ!」

 二人の車が走り抜けたとき、脇道から一台の車が滑り込んだ。

 その後に続き、パトカーの一団が流れ込み、二人を追うパトカーたちと激しく衝突した。


「ハハハ!やったな杉内!」

 滑り込んできた車は、二人の後ろに張り付いた。運転するのは、先月からこのグループにやって来た杉内。


「この国が、好きなんだ」

 校舎の屋上で空を見上げながら、杉内は呟いた。

「国のために命を懸ける。男子の本懐だ。

 だが軍に入るには、病弱なこの身体では無理だ。

 それに、まずは軍も政治も機能しきれていないこの国を変えないと」

「だったらよ、お前も卒業したら、俺たちのとこに来いよ」 

 そう言って、坂本は向かいであぐらをかいていた。 

「先輩たちは、何をするつもりなんです?」

「わかんねえけどよぉ、一人で考えるよりみんなでだ」


 その言葉に乗って、杉内は今、車を走らせている。

「杉内、もうすぐ港だ。

 気ぃ緩めるなよ」

 そう言う島も、ハンドルを握る手に汗が滲んできた。

「いよいよ…本当に行くんだな」

「そうだ。もう後には引けねぇぞ」

 坂本の表情も強張ってくる。


 そこへ、前方から2台の車が飛び込んできた。

 島と杉内は慌ててブレーキを踏む。 

 やって来た2台も、衝突寸前で停止すると、助手席の窓が下り、中から明里が顔を出した。

「港の船はもうダメよ!

 奴ら全部湾外に出しやがった」

「何ぃ!?」

 島の手がハンドルから力なく落ちた。

「どうする?戻る場所ももう無いぞ」

 

 その時、全員の無線が鳴った。

「藤村だ。目の前に、運動員たちが来ている」

「なんで奴らが?」

「お前たちを迎えにきたそうだ」


 沈黙が流れ、近づいてくるサイレンだけが響く。

 が、すぐに坂本が不敵に笑った。

「端からそのつもりだったろ?

 なんだ?いざ運動員と聞くとみんな怖じ気づいたか?」

 その言葉に3人ともムッとした。

 島は無線を全メンバーに繋ぐと、

「集合場所を変更だ。

 全員、花火の発射地点へ」

 そう言って再びハンドルに手をかけた。

「俺たちは杉内のルートで戻るぞ」


 先頭のパトカーを運転する警官は、慌ててブレーキを踏んだ。

「あいつら突っ込んでくるぞ!」

 島を先頭に4台の車が猛スピードで向かってくる。

「ダメだ!ぶつかる…!」

 と警官が目を覆ったとき、島は急ブレーキを踏み急旋回。

 その隙に後続の3台は左の高速出口へ。


 窓から坂本が顔を覗かせた。

「あばよ!」

 再び発進すると二人の車も出口へ消えていった。


 街では。

 花火が終わると今度は催涙弾の白煙が飛び交う。

 西原たちは建物から建物へと身を隠し、逃げ回っていた。

 窓から隣の建物へ飛び移ると、右の窓から催涙弾が飛び込む。

「チクショー!こんなところで…!」


 こんなところで、終わってたまるか…

 

 慌てて階段を駆け下り、道へ飛び出すと、ちょうど4台の車が入ってきたところだった。

 先頭の助手席から坂本が飛び出した。

「待たせた!」

「おい!車に戻れ!

 奴らがもうそこまで…」

 西原が言い終わる前に、保安局の一団が坂本たちを取り囲んだ。

 かけ声とともに四方から銃口が向けられる。

  

 こんなところで、終わるのか?

 

 俺の人生、思っていたよりもよっぽど軽かったらしい。

 嫌だ!終わらせたくない。

 何を?

 これからの人生、なんてものじゃない

 これまでの坂本哲平を、消したくない…!

 記憶?違う。

 文字にしても画面に映しても決して残ることのないこの"気持ち"を…!


 だから俺は…


 死にたくない!


 坂本が思わず手で顔を覆った時、保安局の群れに一台のトラックが突っ込んだ。

 荷台から降りてきた部隊が、残る保安局員を撃ち倒す。

 呆気にとられる坂本たちの前に、顔から汗を吹き出させた藤村が現れた。

「間に合ったか!」

 その隣にヌッと男が立つ。

「この人が運動員幹部の一人、久保田さんだ」

 久保田は坂本・島の前に出た。

「ついてきたいのは、お前らか?」

 2人はうつむいたまま、呟いた。


「軽い…」


「そういうところに、お前たちは行こうとしている。自分も、他人も死んでみれば軽いものだ。

 覚悟は、あるか?」


「いや、そうじゃない。

 そうじゃないってことを示すために、俺たちは行くんだ」

 顔を上げた2人は、ニヤリと笑みを浮かべた。


「連れていってくれ」

 

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「旋夢」ターミナス・プロジェクトⅠ @kakuyoooooom

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