第2話

 日が暮れてもなお、社殿の中では議論が紛糾していた。

 この社殿は社会に鬱屈した若者たちの溜まり場となっている。

 

 中央で声高に叫ぶのはグループでも過激派の前田。

「このチームはただの不良グループか?

 何のために集まった?

 社会を変えようと行動を起こすべく集まったんだろ?」

「その通りだ」

 後方で立ち上がったのは慎重派の藤村。

「その通りだが、結果はどうだ?

 社会を変えようにも、何していいかわからずテロごっこみたいなことをやってきた。

もう限界だろう」

 その発言に坂本が食いついた。

「おい、そりゃどういうことだよ」

「俺たちはお前の"夢"につきあってきた。

 だが見てみろ、世間の目は冷ややかなもんだ。

 そろそろ現実を見ないと、俺たちに将来はねぇよ」

「現実って?」

「普通に職に就いて、普通に生きるってことだ。

 お前は"普通"になるのが怖くて逃げているだけさ」

「…馬鹿言ってんじゃねえぞ…」

 図星だった。

 何の目算もない。来るかもわからない危機に怯えて闇雲に振り払おうとしているだけだった。

「じゃあ藤村に聞こう」

 割って入った島は穏やかな表情で身を乗り出した。

「現実とはなんだ?

 逃れられないものか?受け入れるものか?」

「……そりゃあ、どっちもだろ……」

「そうか?」

 島は微笑を絶やさない。

 決して他人の発言を否定したりせず、常に冷静な男だった。

「じゃあ、その現実は誰が作っている?

もとい、誰が用意してくれている?」

「誰って……大人たちだろ…」

「そうだ。つまり俺たちはもうガキじゃねえから、自分達の現実は自分達で用意しなきゃならん。

 だから、俺たちは行くんだ」

 その言葉に坂本は勢いを取り戻した。

「社会の大人たちが見ているのはこれからの現実か?否、これまでの現実だ。

 変化を怖れて目を背けている。

 だが怖れていても変化はやって来ている。

 別に極論を言おうってんじゃない。

 既成観念に囚われていちゃ盲目になる。

 ひとつ、大事なことは、俺たちは死にたくないってことだ。だから、今の現実に居ても立ってもいられないんだ。

だから、命を懸けて生きるんだ」

 半分が立ち上がって賛同し、半分は黙ってしまった。

 空気を察して島が立ち上がる。

「反対する気持ちはわかる。不安に思う気持ちも。

どうしても行きたい奴だけついて来い」


 坂本と島は社殿を後にした。

 神社は街の外れの丘に建っており、その頂上は展望台になっている。

 ここから見下ろす街の灯りが、坂本は好きだった。

「まさかこんな日が来るとはな」

 珍しく島が沈んだ顔を見せた。


 二人は小・中学校と通学路を共にしていた。

「昨日のテレビ見たか!?」

「あれだろ!?糞面白かったよな!」

「帰ったらあのゲームやってみようぜ!」


そんな馬鹿話をする毎日が続くはずだった。

 戦争なんてものは教科書の中の話のはずだった。

「なぁ島、やっぱり戦争は来るのかな」

「2つの小島から成り立つこの国・イルマは、今や世界を二分する陣営の代表国に挟まれて浮かんでいる。

 すべては10年前、あの首相の一言からおかしくなったんだ」

 あのニュースが流れてから、国民生活は大きく変わった。

 しかしすぐに慣れた。その間にも変化していく国際状況には目を向けずに。

「今や両陣営がこの国を欲しがっている。

 いくら防衛力を高めたって勝てやしないんだ。どっちかの陣営に守ってもらうしかない」

「そうすると結局は戦争だな」


 街は今日も、いつもと同じ明かりを灯している。

 

「なぁ島、やっぱり戦争って、ダメなのかなぁ」

「そりゃダメに決まってんだろ」

「決まってなんかないさ。

 学校で無思考にダメだと教え込まれているだけだ。

 そりゃ俺も死にたくはないぜ?

 でも戦争にも大義があるとすれば…」


「……」


「なぁ島、この国はこれからどうなるのかなぁ」

「何を国と定義するかだな」

「うーん…」

 考え込んでいたが、閃いたように眼下の街を指さした。

「あれだ!あの灯りが俺の国だ」

「あれか…」

「今日街で、小さな子を連れた母親を見た」

「まあ、それくらいいるだろ」

「手に遊園地のチラシを持っててな、子供と一緒に行こうと思って取ってきたんだろうな。どこか顔が嬉しそうでよ」

 言いながら坂本も嬉しそうに目を潤ませた。

「あの顔を奪っちゃいけないんだ。

 だから戦争はいけないんだ。

 そこに理屈なんていらない。

 誰がなんと言おうと、俺はそう信じる」 

 島は渋い顔をして見せた。きっと坂本と同じジレンマを抱えているのだろう。

「坂本、俺たちは不幸だな」

「何が?」

「気づいてしまっている。

 どれだけ守りたいと願っても、あの灯りも、この日常も有限であることを」


 島にはまだ迷いがあった。

 俺の人生を賭けようが賭けまいが、いつか"終わり"は来るものだ。

それに気づいてしまった者は不幸だ。終わりがやって来るのを無力さとともに感じて過ごさねばならない。

それだったらその"終わり"が来るまで、何も考えずに今を享受しておく方が幸せってもんじゃないか?何も気づかずに普通に平穏に暮らすのが…。


「でもよ…」

 坂本は不敵な笑みを浮かべた。

「俺たちの青春はここから始まるんだ。

 そりゃ普通は、試合で勝つとか、恋愛するとか、そういったことに青春を捧げるだろう。

 だが俺たちは、生きることに青春を捧げるんだ。生かすことに、青春を捧げるんだ」


 これは坂本の決意、とは少し違った。

 人生の楽しみ、とでも言おうか。

 この若者はその道が困難であればあるほど、その先の目標に酔いやすかった。

 人生は旅だ、とも思っている。

 だからどうせなら面白いテーマパークにしてやろう。

 生まれてきた意味、とかは彼にはどうだってよかった。

 問題は、生まれてきたからにはジッとしていてはもったいない。じゃあどこへ行く?

 やっとその方向が定まったのだ。

「さっそく行こうぜ」


「計画はあるの?」


 背後から明里がやって来た。

「新世界同盟を追うって言っても、どこ…」

「キズロ島だ」

 島が言い切った。

「そんなところにどうやって行くつもり?

 漁師でもない一般国民が海に出るのは禁止されているわ。それにあの島は、セルリア国と領土問題の真っ只中よ」

 島は険しい表情で振り返った。

「その通りだ。

いつ紛争が始まってもおかしくない」

 坂本は明るい表情で振り返った。

「行く方法ならあるんだ。

 だが、帰ってくる方法はない。

そのつもりがあるなら、ついて来いよ」

 明里は浮かない表情をした。

「何に悩んでる?」

「いやっ、何でもないの!

 私も…、私も連れていってよ!

「本当にいいのか?」

「もちろんよ!

 帰って支度してくるから待ってて!」

 必死に何かを取り繕うように明里は帰っていった。


「ただいまぁ…」

「お帰り。遅かったわね」

 いつもと変わらぬ優しい母の言葉。

 両親と三人暮らしの明里は一人娘として愛されていた。

「じゃあお母さんは寝るよ」

「うん、お休み」

 寝室へ上がっていく母を見送ると、明里はリビングの食卓で腕を組む。

 目の前には一枚の白い紙。

 明日の朝、まず母が階段を下りてくる。

 キッチンへ入ろうとしてふと、この紙に気づく。そして手に取るや顔を青ざめさせ、事態を知るのだ。

 大声で叫び散らして父を起こす。大粒の涙を落として。

 母はリビングへ戻ってくると、その場に崩れ落ちる。そこまでは容易に想像できた。

 明里は一人、涙を流した。

 私だってママは悲しませたくない。

 でも、この家庭の幸福を壊してでも、私は行かねばならない。

 ママ、私は死にに行くんじゃないの。

 生きたいの。生きてほしいの。

 だから、私の命は肉体から社会へ居場所を移すのよ。

 あなたが生きるその社会こそが、私になるのよ。

 これ、わかる?


 明里はそっと立ちあがり、振り返ることもなく家を後にした。


 坂本と島は、岩に腰を下ろして星空を見上げる。

「なあ島、アダムとイヴは愛し合っていたんだろうか」

「なんだよ急に」

「人間は争うものか、愛し合うものか…」

「知恵を得たことが人間の罪なのさ」


 しばらく黙っていた坂本だったが、何か思い立ったように立ち上がった。

「違うよ島!人間は知恵を任されたんだ!

 この世界を作るよう、神に任されたんだ!」

 そう言って神社の本殿を指差す。

「あそこで神も見ている!俺たちが世界を作るんだ!

 世界は、アートだ」


「楽観的だな」

 後ろからやって来たのは藤村。

「なんだ?お前も行きたくなったか」

「言ったろ。俺は行かねぇよ。

 さすがにもう少し深刻な顔をしていると思ったが、わかってんのか?死ぬかもしれんぞ」

「そりゃわかってるさ」

 馬鹿にすんな、と坂本は口を尖らせる。

 だが確かに、島はそこが心配でもあった。こいつは本当にわかっているのか。

 

「ハハハハハッ」

 

 藤村は大きく笑った。

「やっぱりお前らといると飽きねぇよ。

 一緒には行けんが、せっかくの友の門出だ。盛大に送り出してやろう」

 坂本と島は顔を見合わせてニヤリと笑った。

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