第4話 わかってしまった


「殺すつもりはなかったんだ」





 刑事ドラマや殺人ミステリーに登場する、殺人事件の犯人が口にする弁明だ。

 そいつらは「思わずやってしまったんだ」なんて言い訳を付けて、自分の犯した罪から逃れようとする。

 ところが、ドラマの中で「人殺し」が実際に人を殺している時の顔は、ひどくみにくいものばかりだ。何かしらの恨みを込めて、やっているにちがいないだろうと、そう思うものばかりだった。

 私は「思わず」なんてのは、所詮しょせんその場しのぎの言い訳だなと考えていたし、そもそも、ドラマはあくまでフィクションなのだから、現実で思わず殺してしまうことなんてことはと、そう思っていた。



 しかし、中学2年のあの日、私は「彼ら」の気持ちが少しわかってしまった。

「思わずやってしまったんだ」と言いたくなる気持ちがわかってしまった。

 わかりたくないのに、わかってしまったのだ。


 そして、私が達人たつとに液体を塗り付けたとき、私も「彼ら」と同じ顔をしていたに違いない、ということも。




 ◇


 我に返ったのは、達人たつとに水溶液を塗りつけた数秒後だった。




 視線を感じて向いた先には、驚きと怯えと恐怖の表情をした明日香さんがいた。

 普段から大人しく、あまり感情を出さない彼女のその顔は、僕を現実に引き戻すには十分すぎた。



 僕は今、何をしたのだろうか。



 ふと、目線を前に戻すと、信じられないといった表情でこちらを見ている達人の姿があった。

 彼の顔にすぐに水溶液を洗い流そうという焦りはない。手に持っているブラシと試験管を投げ捨ててでも洗い流そうともしていない。顔には動揺以外何もついていない。達人の学ランの腰のあたり、そこが少し濡れている。



 僕は水溶液を、達人の顔にはつけなかった。


 僕が塗りつけたのは、達人の学ランだった。


 周りにいたクラスメイトが先生を呼ぶ声と、なおも勢いよく流れ続ける水道水の音がなぜか耳に残った。


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