三話

『お腹の赤ちゃんのお父さんは誰かしら』

 数日前、病院に行った時に女性の医師にそう言われた。エコー写真と共に。


 武臣、彼しかいない。



※※※




 10何週目だなんて言われてもわかんない、アスミは写真を車の中で見せたら蹴られて出された。



「彼氏……か」

「はい」

「暴力振られてたのか」

「いいえ」

「こんなことするなんて立派な暴力だ。気付かぬうちに受けてたはずだ。酷すぎる」


 ダイの口調が強くなった。


 橋を通る。川の上を走る。車通りも深夜だが増えてきた。


「他に隠してることあるでしょ」

「……」

「こんな真夜中に初めて会った男には話せないか」

「……」


 夜の川、暗く、もしこの上で事故して落ちたら……川の流れが強かったら……。


「もうこれっきり会うことはない、そう思えば話せるんじゃ無いか?」

「……」


 そうなんだろうか、アスミはどうしても話せない。


「もう一度言う。話をしてくれないか」

「……」

「もし病院に行って元の生活に戻ったら君はまた同じことが繰り返される。今度は怪我だけでは済まない。辛いことが待っている」

 ふと武臣を思い出した。さっきまでのこと。


『もう一度言う、お前とは結婚するつもりはない、子供をおろせ』


 アスミはブワッと涙が込み上げてきた。だんだん呼吸も荒くなり声を上げて泣き出した。


「ごめん、アスミ」

 自分は呼び捨てされた、と思いながらも涙は止められなかった。


 橋を渡り終わり、車は近くのコンビニに。

「大丈夫。もう僕らはもう会わない、もう二度と会わないから……全てを話してくれ」

「うううっ」

「約束する、誰にも言わない。病院に着いても僕の口からは言わない、誓うよ」


 アスミは体を震わせて声にならない声と共に泣き喚くとダイがアスミを抱きしめた。

「大丈夫だから……」

「うあああああっ」

 温かいダイの身体。武臣のタバコ臭い服の匂いとは違った石鹸のいい匂い、アスミは顔をうずめた。


 子供がお腹の中にできれば武臣も気持ちを変えてくれる、そんなことを思ってたがそんな容易いことで気持ちが変わるものではなかった。


「さぁ、行こう……君の体が心配だ」

 と身体を離そうとするダイ。


「もっとこうしていたい」

 アスミがそういうと


「わかった」

 とダイも抱きしめてくれた。


 いつから自分と武臣の間にほつれ目ができたのだろう。


 会った時にこんなふうになるとは思わなかった、とダイの温もりの中で思い返すアスミ。


「もう行こう」

 ダイは体を離した。アスミは名残惜しい。


「ねぇ、どこか空気のいいところに……連れてって」

「病院行こう」

「ううん、お願い……あなたと二人でいたい」


 ダイは困った顔して苦笑いした。

「少しだけだよ、もう困らせないでくれよ」

 アスミも笑った。自分自身、何してるのかわからないがまだダイとはいたい、それが本能的にあるようだ。


 ダイは車を移動させてさっきの道を戻りアスミは分からない場所に。暗いからよりわからない。

「君も物好きだ。僕に惚れたのかい?」

「そんなことないっ」

「たった一度きりの関係、変な意味ではないよ」

 辿り着いたのは川の目の前であった。夜だが川の流れはある。


「確かに空気のいいところね」

「外、出てみるか?」

 先にダイが車を出て助手席に回りドアを開けてエスコートした。


 本当にいい空気だ。さっき乗り捨てられた時と同じ夜なのに空気が違う……とアスミは感じた。

 川はすぐそこだった。照明は無いわけではないが暗く、月明かりがあるだけだ。


「君をあそこに捨てた彼氏さんはどんな人なの」

「えっ」

「ほんとひどいよな、君みたいなこと付き合ったのにひどいことしてさ」

「ダイくらいの年齢の人」

「まじか」

「普段は優しいよ」

「……普段は、か」

「うん」

 ダイは川の方を見てた。


「嫉妬するなぁ。こんな可愛い子と付き合ったのによ」

「嫉妬って」

「だよな。見たことないけど、てカバンないからスマートフォン無いよな」

「うん」

 するとダイは川を指差した。


「知ってる? この川の噂話」


 何度か見たことはあった川。10年前に一度大雨で崩壊したのは知っていたが事故も聞いたこともないし、噂話も知らない、とアスミは首を横に振った。


「ここに幽霊が出るって噂」

「怖い、そんなところ連れてきたの」

 ダイは首を傾けニヤッと笑う。その笑顔がアスミは怖さを感じる。


「ごめん、怖がらせちゃったね」

「怖いよ」

「君が涼しいところ連れてけっていうからさ。普通怖くないの? 見知らぬ男に車乗せてもらってさ」

「……武臣……彼氏もさ、そんな感じだった」

 とふとアスミは思い出した。


 川の流れは二人の間のよくわからない感情のように荒くもなく静かでもなく流れる。


「とある食事会で声かけられて、コンビニ行こうかって言われて」

「……ほぉ」

「その帰り道にセックスした」

「……」

「したというか、うん」

「襲われた」

「うん」


 今となれば彼氏と彼女の関係だがあの時は怖かったとアスミは思う。初めてではなかったがただ送ってもらうはずが家とは逆方向の見知らぬ街を走り、どこか知らぬ場所に車を停められ武臣に体を覆いかぶさられた。


「今、同じシチュエーションになるよね。君はガードが甘いよ」

 ダイがそう言う。


「話戻すけどさ」

「あまり深く聞かないんだ」

「聞きたくないよ、そんな話。許せない」

 ダイはアスミをじっと見た。


「じゃあダイの話、聞かせて」

 ダイを見るアスミ。

「話半分で聞いて欲しい」

「わかった」


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