四話

「この川にね、夜、女の子の幽霊が出るって噂でね」

「幽霊?」

「ほら、だから言ったろ」

 だがアスミはダイの目をしっかりと見た。


「もうこれは僕が高校生の頃の話だ、この幽霊の話が出たのも」

「そんな前から」

「ああ。これはとある夜。僕の元に幼馴染の女子から連絡が来たんだ。ここに来てくれと」

 ダイはじっと川を見ている。幽霊の話とダイの話はどう繋がるのだろう、アスミは彼の横顔を見た。


「幼馴染の咲希、高校も同じだった。クラスは違うんだが……幼馴染といってもずっと同じ幼稚園から高校まで同じで。中学の時にようやく話をするようになった。僕の遺失物を拾ったということがきっかけでね」

「そうなんだ。友達、という感じ?」

「そうだね、クラスも多かったからね。人数も多いから……」

 まだダイは話を続ける。


「いつかは会いたい、そう思ってわざと落とし物をしたってのもあったけどね」

「え、ダイってそんなことするの」

「……好きな人だから、そうするしかないかなって」

「大胆」

「へへ……てかこうして君を連れてこうやって話すこともかな……。それからすぐ仲良くなった。だったらもっと早く出会いたかったなぁってね、僕らの共通点は小説を書くことでね」

「書く……読むじゃなくって?」

「珍しいだろ、まさか彼女もそうだったなんて。驚いたよ」

 アスミは読むどころか書くこともしない故に何かダイとは住む世界は違うのかとふと思った。


「一眼見た時から素敵な人だと思ってたのに彼女の小説読んだら彼女の小説のディテール……細やかさは本当に素敵で、さらに僕は彼女にのめり込んでいった」

「そんなに素敵な人なんだ。咲希さん」

「あぁ」

 目を細めて遠くの方を見るダイ。アスミはその目線の先には何があるのか。そしてこの川の噂話は何なのか、どう結びつくのか、自分も何か一つの物語の一部に踏み入れているそんな感覚だった。




「図書館で互いのおすすめの本を交換したり遠くの図書館に行ったり、本屋巡りもした」

「デートじゃん」

「そうだよ、僕は少なくともそう思ってた」

「僕は……」

 アスミはそこに引っかかった。

「そう、僕はね」

 ダイの目は瞬きもせず真っ直ぐ見ている。するとふとアスミは気づいた。自分の手はダイの手を握っていた。無意識だった。


「彼女に呼ばれたんだ。ここに来て欲しいって」

 アスミはここ、と聞いた瞬間に何かひんやりとしたものを感じた。


「こんな暗い時に?」

「そうだね、こうやっていきなり電気が灯されることもなかったとき」

 電気は消えた。


「駆けつけたさ、こんな夜にメールで「お願いだからはやく」って」

「そりゃ心配よね」

 アスミはますますハラハラしてきた。

 夜中に意中の相手から助けを求められ、襲われた、そのキーワードだけでも不穏でしかない。


「駆けつけるとあそこに車を置いたように車が置かれていた。黒い車」

「彼女は?」

「ここに立っていた」

 ゾワッとするアサミ。


「どうしたんだって答えたんだが彼女は涙を流してここに立っていた。だが車を指差したんだ」

「その車は誰のものなの」

「その指差す車の窓から覗いたんだ」

「……」

「その中に1人の男が横たわっていた」

 アスミは声が出なかった。


「僕は何が起こったかわからなかった。彼女は泣きじゃくって話せる状態じゃなかった。だから僕は彼女を抱きしめた。初めて女性を抱きしめた」

「ねぇ車の中の人」

 アスミはダイの話にどんどん引き込まれていく。これは本当の出来事なのかわからないのに。


「その車の中にいたのは担任の畠中だった」

「先生? なんで咲希さんと先生が……」

 ダイはアスミを見た、いつの間にか彼は泣いていた。


「彼女は畠中と付き合っていた」

「……」

「彼は彼女と体の関係を持ってて、その夜も彼女を車の中で関係を持って……腹上死したんだ」

「フクジョ……ウ?」

 ダイは目を瞑り口をぐっと閉じて何か考えていた。体が震えている。

「女の子にこういう時はどう言う言葉で言えばいいのか……」

「私、ダイみたいに本を読んだり書いたりしないから……言葉あまり知らなくてごめん」

「セックス中に畠中は死んだんだ」

 アスミは言葉が出ない。

「僕も彼女を好きだったように彼女は畑中が好きだった。そして2人は付き合い僕にはないきらきらとした青春を謳歌していたんだ、先生と生徒……その関係を超えて。悔しかった。彼女に事情を聞かなくても車内で畠中は半裸だった、みっともない身体をしていたよ……既婚者で子供もいる40過ぎのおっさんがよ……生徒に手を出しただなんて」



 アスミも車の中で武臣と体を持ったことを思い出した。ほぼ無理やりだった。

「彼女が泣いていたのは……畠中が死んだことだった」

 それが自分と違う、アスミは思った。

「なんで僕を呼んだんだろう、呼びやすかったんだろうな。で、どうしようって泣き喚いてさ。病院でもよかったろうになぁ……でも病院にあのまま通報していたら、あの格好で通報したらさぁ大変なことになる」

「そうよね、家族の人も……ただことじゃないって」

「それか襲われたことにしよう、そう僕が言ったら……それだけは嫌だって」

 アスミは思った。ダイの好きな人はもうダイのことは考えていなかった。


 アスミはダイの息が上がっているのに気づく。手もさらに強く握られる。

「僕は気づいたら咲希の首を締めていた」

「……!!!!!」

 手を離そうとしたが離さないダイ。

「畠中も車から引きずり出して……ここに2人の遺体を並べて……今よりも流れの早い川の流れ……あの中に入れてしまおうと……そしたら」

 アスミはダイに押し倒された。

「咲希は生きていた。手を畠中の方に伸ばしていた……なんで僕じゃないんだ……なんで……」

 ダイの涙がアスミに落ちる。

「僕は恋人どころか友達もいなかった、落とし物を落として……あんな姑息な真似をしないと近づいてもらえないような人間だった。彼女は優しかった。親身に乗ってくれた、僕が友人がいないと言ったらじゃあ私が友人になってあげる。いろんなところ行った。一緒にいろんな本を読んで書いた小説を読みあって……でも思えばそれ以上のことはなかった、そして彼女が神社に行った時に僕らの友情は永遠不滅だ、その言葉の時に気づけばよかったんだ。僕1人で勝手に浮かれていたんだ……」

 文字が流れるようにダイの口から出てくる。アスミは心拍数が異常に高まっていた。


 彼女も同じ状況だった武臣とのこと。武臣に無言で上から覆いかぶさられ襲われそのまま恋人同士になった。最初のきっかけは最悪だったがだんだん武臣と共にいることで彼の繊細を知りそれに気づけば惹かれていた。

 だがやはり武臣は性格に欠陥があった。そしてさっきみたいにアスミを夜に捨てた。子供ができただけで。

 ダイはアスミの両手首を掴んだ。


「僕はそれを見て彼女を……彼女を……ここで犯した、レイプした!」

「……!!!」

 ダイの目は真っ赤になっている。それは定期的に着く灯でわかった。


「同じことをするの?」

「……」

 アスミがそういうとダイは彼女の胸元に突っ伏して泣き出した。


「……後から知った……咲希は……無理矢理畠中と関係を持たされ……苦悩したいた」

「……」

「レイプされた、それを誰にも言えなかった……僕は思い出した。彼女の書いた小説にレイプされた女性が……レイプした相手をどう許し、自分はどう進むべきか」

 アスミはダイを抱きしめた。

「僕だったら殺すのにって言ったら彼女はそれだけはダメ、悲劇を生むだけ……そう言った、その時の……彼女の顔は本当に優しく……でも手は震えていた。彼女は畠中を許した。でも僕は……殺してしまった。彼女は優しすぎたんだ……」


 ダイが咲希に一番近い相手だったのだ。彼女は小説の中でSOSを求めていた、そう言うことなのだろう。

「咲希さんは……許したくなかったんだよ、恨みたかった殺したかったけどもそんなことはできなかった。でもダイが殺してくれたから……ほっとしたのかもしれない、ダイは悪くない」

「……うああぁあああぁぁああああっ」


 しばらく2人の間は無音であり、川の流れが後ろで流れていた。アスミは泣きじゃくるダイを抱いたまま川の音を聞いていた。きっとダイもあの頃泣きじゃくった咲希をこんなふうに抱いていたのだろう。


 そういえば川に出てくる幽霊の話は……と考える。死んだ咲希がこの川で幽霊として出てくるのだろうか。咲希を犯しそこからどうなったんだろう。そしてこの話はどこまでが本当なのだろうか、本当だったらダイは……。と思いながらアスミは意識が飛んだ。

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