二話

 車はアスミを避けるように横に曲がって止まった。と同時にアスミの体は動いた。動かせたのだ。


 バタン


 扉を開く音。


「大丈夫か?!」


 男の人の声である。


「大丈夫かね」

 方言で同じ地域の人だ、とわかるほどアスミは意識がはっきりしている。


「あなたこそ」

 声が出た、とアスミはびっくりする。

「うわ、顔に怪我しとるやないか。病院行こか」

 と声の持ち主は若い男性というのはわかった。


「もしもし、救急お願いしたいんですけど、ええ。あ……1時間かかる? ええ、はい。〇〇病院、ええ。わかります」


 彼は電話を切った。


「治療だけはできるところ教えてもらったから僕の車に乗って」

 その男に抱えられアスミは車の中に。

 あのまま誰にも見つけられず轢かれるか野垂れ死ぬか何もないまま虚しい朝を迎えるかどれかだった。


 車内の明かりがつく。横の運転席に座る男がはっきり見えた。


 武臣どころか前に付き合っていた男性よりもかっこいい。


「頭打ってるかもね。どうしてあそこにいたの」

 シートベルトをかけてくれた。たったそれだけでも優しさがアスミの心に染みる。


「荷物無いね。強盗にでもあったんか」

 男は慎重に運転しているようだ。こんな細やかな気遣いは武臣にはなかった、と自分を蹴って捨てた男と比較してしまうアスミ。


「あの、お名前聞いていいですか」

「聞く必要なんてあるん?」

「聞いておきたいです」

「そか」

 男は鼻で笑った。


「まず君は」

「音羽アスミ」

「アスミ……ちゃんでいいかな? 年下っぽいし」

「はい」

「高校生やったらここまで連れてきた大人は逮捕されるやろ、だから大学生かな」

 アスミは童顔な故に高校生に間違わられる。何度か大学の午後からの授業で駅の校内にいたら補導されたことがあった。

 だからその後髪の毛を染め化粧もした。そしたら武臣と出会った。

 それでも高校生がメイクしてるだけと武臣に笑われたことも思い出した。


「やっぱり高校生に見えますか」

「迷ったけどね。もしも高校生やったら僕も途中警察の検問に引っ掛かったら捕まってしまうやろ」

 そんな理由か、とアスミはふふっと小さく笑った。


「笑った、ようやく」

「で、あなたは」

「26歳、フリーター、兼山大佑。ダイでいいよ」

「ダイさん」

「ダイでええって」

「ダイ、なんであそこに来たの」

「あ、ここからわかる」


 とダイはアスミの返答をせず右にハンドルを切るとアスミも見覚えのある景色だ、と。


 アスミはダイの横顔を見る。

「君みたいな若い子をあんなところでこんな怪我させて」


 ダイも知ってる場所だからかホッとして少し声の抑揚も上がってきた。

 アスミはダイの問いかけに答えるか悩んだ。言ったところでどうなるのか、見ず知らずの人に。


「病院でなんて答えるん」

「……」

「答えたく無いんか」

「彼氏」

「……」

 答えた瞬間ガタガタ道が続き車は減速した。


「ごめん、ここ舗装されて無かったわ。大丈夫か」

「そんなに心配しなくていいよ」

「心配する」

 一旦車は止まった。少し奥にはアスミも知ってる店の看板が光っていた。コンビニの灯りも見える。


「喧嘩か」

「というのかな」

「あと少しや、病院でも聞かれるで。気持ち整理しておいたほうがええ。あと少し抜ければ川沿いの橋の上やしまっすぐだから、景色でも見て」

 アスミは思った。なんでこの人はこんなに優しいのだろう、と。


 また車はゆっくり加速した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る