Ⅱ 初めの罪(3)

「──ん?」


 日もすっかり昇った頃に寝床を抜け出し、朝飯を食いに食堂へ向かおうとしていた俺は、城の中庭でわらわらと駆け寄って来た十数名の兵達に囲まれた。


 兵達は胸甲とキャバセット(※帽子状の当世風の兜)を着け、手にはハルバート(※槍と鎌と斧が一体となった長柄の武器)を持つという物々しい格好だ。


 ……いや、俺を囲む輪の中には兵ばかりでなく、険しい顔をした親父やデラマンの姿もある。


「なんだ? 親父、これはいったいなんの騒ぎだよ?」


「パウロス、貴様がこれほどバカだったとはな。なんと大それたことを……」


 訝しげに尋ねた俺に、親父は怒りと悲しみの色をその瞳に浮かべ、深い溜息を吐くようにしてそう答える。


「異母弟とはいえ、兄弟を殺して森に埋めるだなんて……いくら実の兄貴でもさすがにもう庇いきれない」


 続いて、眉根をひそめたデラマンも、俺を哀れむような眼を向けてわけのわからねえことを口にする。


「はあ? 二人ともさっきからなんのことを…」


「兄貴、もう全部バレてんだよ。あの森で狩りをしていたこの者が、偶然、犯行の一部始終を目撃してたんだ。隠したボッコスと従者の遺体もすでに発見されてる……もう言い逃れはできない。せめて潔く罪を償ってくれ」


 眉間に皺を寄せた俺の言葉を遮り、さらにデラマンが重ねるその嘘八百に、はじめは状況を飲み込めなかった俺もようやくにしてすべてを理解した。


「デラマン、てめえ、ハメやがったな……」


 デラマンの背後に控える、その犯行を目撃しただかいう者の顔はよく見知っている……それはボッコスがよく金を握らせて便利に使っていた、倫理観よりも欲得で動くならず者の猟師だ。


 実の弟でありながら、デラマンは異母弟ボッコスばかりでなく、もう一人、己が家督を継ぐのに邪魔な俺まで排除しようという腹積りらしい。


 それも、ボッコス殺害の罪を俺だけに着せるという姑息な手段で……。


 自分一人では武勇に優れるボッコスを始末する自信がなかったんだろう……だから、まずは俺の助力を得てボッコスを殺し、その後に、すべては俺一人の犯行に見せかけて処罰するという一石二鳥のうまい手だ。


 前々から悪知恵の働くヤツだとは思っていたが……我が弟ながら、そのクソ野郎ぶりは怒りを通り越してむしろあっぱれだ。


 とはいえ、このまま俺も黙ってデラマンの計画に利用されるわけにはいかねえ……。


「親父、俺の話も聞いてくれ! やったのは俺だけじゃねえ!」


「父上! 聞いてはなりません。嘘で父上を惑わすつもりです! 兄は槍の名手! 妙なことを考える前に引っ捕らえい!」


 が、デラマンは余計なこと言われぬ前にと大声をかぶせ、兵達に即刻の捕縛を命じる。


「チッ…野郎……」


 俺は肩に担いでいた短槍を構えると、人でなしな弟を睨みつける。


「パウロス、無駄な抵抗はよせ! 皆の者、早く槍を取り上げて捕らえるのじゃ!」


 だが、加えて親父までがすっかりデラマンの嘘を信じ、ヤツに詰め寄ろうとした俺に兵をけしかける。 


「チッ……言うだけ無駄か……」


 ま、俺もボッコス殺害の片棒を担いでることだし、完全に濡れ衣ってわけでもねえ……言い訳はできねえだろう。


 それに、デラマンはぶっ殺してやりてえが、騙されてる親父はヤツの味方だ。さすがに親父まで殺すわけにゃあいかねえだろう……。


「デラマン、憶えてやがれ! 親父、一つ忠告しといてやる! あんまデラマンを信じねえ方が身のためだぜ。じゃあなっ!」 


「うわっ…!」


 やむなく負け犬のチンピラの如く捨て台詞を吐くと、俺は短槍の柄の端を持って大きく振り回し、怯んだ兵達の囲いを突破して城門の方へと向かう。


 俺にとっちゃあ一心同体のようなもんなんで、常日頃、飯の時でさえ短槍を持ち歩いていたのが幸いした。


「に、逃すなぁーっ! 追えーっ!」


「ハン! てめえら、どうしても痛え目みねえと気がすまねえようだな!」


 そして、命まではとらねえものの、追いすがる兵達は容赦なく槍で叩きのめし、城門を出た俺はそのまま故郷のエヘーニャを出奔した──。

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