第27話 祭り 2

「まあ厄災なんて大層な名前を付けられちゃいるがそれはあくまでも個人が被害を被るだけで、別にこの都市自体にはなんの影響も及ぼすことは無い。」


「そうなのか?」


「ああ。過去に起きたことも含めて、実際に経験して生き延びた俺が言うんだから間違いねぇよ。」


 ガイはその時の光景でも思い出したのか顔を青白くさせ震える声でそう言う。


「何やら顔色が悪くなっているが大丈夫か?」


「ああ、気にすんな。ちょっと当時を思い出しただけだ。」


 真斗が心配しながら尋ねるも、掌をこちらに向けてジェスチャーで心配無用と意思を伝える。ウルはガイのこんな姿を初めて見たので驚いて固まってしまっていた。


「話を戻すが、俺が経験した厄災も過去と同じくスライムという魔物の出現だ。」


「「スライム?」」


 厄災という不気味な迷宮異変とは一体どんなことが起こるのかと思っていたら、魔物の中でも最弱の部類に入るスライムの出現という余りにも拍子抜けするような言葉が出てきた。


 そのことに二人は思わず疑問の声が漏れてしまっていた。何故スライムが?と。


 前述したとおりにスライムは魔物の中では最弱と言われるほど弱い。あらゆるものを腐食させる酸を吐いてくるが飛距離は一メートルもなく、例え触れたとしても長時間でなければ水で洗い流せば済む程の酸性である。更に弱点とされている核が透けて見えているため壊すか体から抜き取るかすれば簡単に討伐出来る。


 一般人にとっては戦いの心得などはないため普通に命を落としえる相手であるが、それでも倒せないほどでは無い。中にはそれぞれの属性を色ごとに持つ強化個体が存在しているが、その強さも元のスライムの二倍から三倍ほど。


 強化率はそこそこに高いが元が元なので大した脅威にもならないし、なりようがない。例外として迷宮の深層で出て来るようなスライムだけは魔力量が通常よりも多く、その余りある魔力を使って属性魔法を頻発してくるが、そこは最弱の魔物。低級の魔法しか放ってこない。


「まあ、当然疑問に思うよな。当事者じゃなかったら俺でもそう思う。」


「スライムとは、あの不定形の液体で構成されている魔物のことだよな?それともスライムのような魔物をそう呼称しているのか、はたまた迷宮異変のことだから特殊な特性を持ったスライムなのか?」


「残念ながらどちらも違う。ただのそこらへんにいるスライムと何ら変わりはなかった。」


「?ますます分からないんだけど。」


「数だ。」


「「数?」」


 ガイは一呼吸置いてから「ああ」と言った。


「それはそれは膨大な数と戦った。とても千や二千なんて数えられるようなちゃちな数じゃ無かった。見渡せる限りにやつらは密集して溢れていた。」


「そんなに多くのスライムが出現した事は驚きだけど、ガイなら全部蹴散らせて普通に帰還出来たんじゃないの?」


「確かに千や二千、いっても数万匹くらいなら、まあ今の俺一人でも十分行けるんだが。当時、まだパーティーを組んでた時はそこまでの力は無かったし、幾ら最弱と言われていても常に四方八方から押し寄せて来るスライムの大群の前に俺達は成すすべなんて無かった。何とか逃げ道を確保しながら数十万匹以上倒し続けたが奴らはの勢いは一向に衰えない。それどころか増してきやがった。それでも必死に抵抗したが尽きることの無いスライム達にじわじわと武器や防具を酸で溶かされ、連戦による連戦でどれだけ節約しようとも魔力は枯渇し、更に最悪な事に逃げようにも転移の魔法陣さえ使えなかった。そしてまだ迷宮内にいる探索者に恥を忍んで助けを求めたが、何故か俺達以外に誰も人が居やしない。後で知ったことだが俺達以外は強制的に地上へと転移されていたらしい。……それを知らなかった俺達のあの時の絶望は今でも鮮明に思い出せる。このまま迷宮に飲まれて死ぬのか、と。それでも救いを求めて死に物狂いで階層を登って行きながら。」


「「……………………。」」


「唯一、といっていいかどうか分からんが、一層の魔法陣だけは何故か生きていてな。そこから瀕死になりながらも何とか地上へと帰還できた。……俺と、後は女の魔法使いの二人だがな。当時は探索者のトップに立ち、最も迷宮踏破に近いと言われていた五人パーティーも、俺達二人を残して迷宮に飲まれちまった。最も、固有スキルの反動で俺は常に身体強化してなきゃまともに動けない身体になっちまったし、魔法使いに至っては片腕だけを残して他の四肢を無くし、身体の半分ほどが腐食したがな。」


 ガイが語った壮絶な内容。その余りにもな出来事に二人は閉口するしか無かった。


 そして暫くしてから躊躇うようにウルが質問しだした。


「その、それっていつ頃に起きたの?」


「そうだな……もうあれから四百年は経つな。俺は長寿な種族の分、昔の記憶は忘れがちだがあの時の事はハッキリ覚えている。魔法使い……も同じく長寿な種族だから自殺してない限りは生きているだろうな。あれ以来故郷に帰ると言われて連絡が取れていないから確かなことは知らんがな。」


「む?ガイが長寿の種族だと?初めて聞いたな。」


「そういえば私も聞いたことない。」


「あー、言ってなかったか?俺の種族は魔族で魔法使いはハイエルフだ。今となっちゃ珍しくも無いが俺達のパーティーはそれぞれの種族で構成してたもんで、よくエルダードワーフのダラスと喧嘩してたっけな。そんでリーダーだった人間のマーロが宥めているのを俺と天狼の獣人族だったニーナがまたかと一歩引いたところで一緒に眺めてたな。……えらく懐かしいもんを思い出したな。」


 どこか遠いところを眺めるように目を細めて寂しさを滲ますように苦笑する。


 そのなんとも言えない表情に二人はかける言葉が見つからず、再び閉口するしか無かった。


「さて、柄にもなくしんみりしちまったが似たような事は歴史上で以前にも起きているし、そこから何も学ばなかった俺達の落ち度だから気にすんな。これで厄災についての説明は終わりだ。詳しい事は都市の図書館にでも行って見てくればいい。話が大分逸れたがモンスターパレードについての詳細は近いうちに伝えられるから、それまで精々気長に待ってるんだな。じゃ、もう帰っていいぞ。」


 そう話を締めくくり二人に退出を促す。


 真斗たちはサッと立ち上がり言われた通り退出しようとドアに手をかけて、何を思ったのかそこで真斗は立ち止まった。


 そのことにウルとガイは疑問に思いどうしたと訪ねようとした時に、《いくばく》幾許か真剣な声音を伴わせて真斗が後ろを振り返らずに言った。


「ガイ。」


「ん?何だ?」


「俺の千階層踏破、迷宮攻略の意思は今の話を聞いても覆らない。」


「……。」


「無謀だと、バカだと思うかもしれん。その行為は自ら死にに行くようなものだと……だから制止の意味も込めて話したのだろう。」


「……。」


「それでも、俺は見たいがある。ただその為だけに俺は潜り続ける。生き様と呼べる程の高尚なものなんかじゃないが、まあ精々その厄災相手に足掻いてみるさ。」


「……。」


「では、またな。」


 パタンと、言いたいことを言い終わったのか、そう音を立てながら退出していく真斗。


「あ、えっと。私も、その、師匠ほどの意思は無いけど、千階層の踏破を目指してるから。なんか、ゴメンね?」


 それじゃ、と軽く手を挙げて真斗の後を追いかけるように部屋から退出するウル。


 その様子をすっかり冷めてしまった紅茶と突然の静寂を齎した部屋の中で見送った。







「……。」


 見送った後で、ふと思う。何か自分は選択を間違ってしまったのだろうかと。真斗の言う通り自らの失敗談を伝えて若い芽を迷宮に摘まれなくてもいい様に制止の意味も込めて話した。


 その事が逆に彼に発破を掛けてしまったのだろうか。それに娘のように気にかけていた迷宮都市に流れ着いた狐獣人のウル・アシュレット。彼女も彼ほどでは無いが迷宮の攻略を目指していた。


 どんな理由で目指しているかは知らないが、せめて彼女だけでもと思っていたがそれも叶わなかった。一大人として彼らを正しき道に導く事が出来なかった事に罪悪感が湧くもの―――――――


「……いや。」


 顔は見えなかったがあの力強い声。その声には確かな自信があった。どんな障害があろうとも構わないと、諦めないと。彼は本当に厄災を払い除けて迷宮を攻略するつもりだ。


 その自信の源は領主が言っていたガイすら凌駕する規格外の強さか。はたまた別の理由か、あるいは両方か。


 他人の内情など知りようは無いが、それでも彼ならあるいは、と思わせるものを持っていた。


 だがそんな彼と同じく迷宮を攻略しようとしている彼女は余りにも実力不足。彼を師匠と仰ぎ日々修行しているようだが、ガイすら倒せない現状のままではどうにも不安が拭えない。


「……はぁ。」


 ガイは一人瞑目し静かに息を吐きながら呟く。


、一応送っとくか……。」


 席を立ち近くに置いてある<明の明星>と書かれた一軒家の表札を背景に、《かつ》嘗ての仲間たちが写った額縁を手に取りながら苦笑いするのだった。

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