第28話 祭り3

 ウルが帰ってきてから約三日後。


 迷宮都市の住人達は五年に一回発生する迷宮異変を前に一般人や探索者、または商人問わず全員が浮き足立っていた。


「今回も豊作だな!」 「丁度木材が不足してたしな。」 「棍棒を売ったお金でやっと新しい装備が手に入るぞ!」 「もっともっと売ってくぞお前ら!」

「「「おう!!!」」」


 今回の迷宮異変はモンスターパレードであり、ゴブリンが大量発生するパターンであった為探索者はドロップ品の棍棒を売り、商人はそれを薪や建築の木材として買い取り一般人はそれを安く買って薪の貯蓄に励む。


「あ”?テメェ今割り込んだだろ?」 「は?俺が先だっただろうが?」 「お、喧嘩か?」 「迷宮異変の醍醐味だな。」


 都市全体がお祭り然としており活気で満ち溢れているが、その分当然治安も悪くなる。


 大量のドロップ品が続々と売りに出されるためそれに乗じて価値もどんどん下がっていく。そのため少しでも高く売れる内に1レナーでも稼いでおきたい者達による騒動が至る所で起きていた。


「おいっ、そこ!これ以上周りに迷惑を掛けるなら我ら迷宮治安維持隊が処罰するぞ!」 「チッ、これからってとこだったのによ。」 「あー、来ちゃったかー。」


 そのため領主が主導する迷宮治安維持隊という、迷宮都市の治安を守る為に作られた組織が各地に派遣されている。


 普段は三人一組で市内を見回り犯罪を犯すものが居ないかを目を光らせており、一般人より遥かに強い探索者も処罰出来るよう隊の全員が迷宮の深層レベルの猛者たちで構成されている。


 なので先程お互いに睨み合っていた両者は苦い顔をしながらも処罰されない様にこれ以上騒ぎ立てるのを止めた。


「ふむ、ご苦労だったな。」


「おお、カムンドマスターでは無いですか。いや何、これも我らの仕事の内なので気にする事は無いですよ。」


 破顔しながらその組のリーダーを務める若年層の男は言った。


「それでもこの都市の民間トラブルを収めてくれるのは感謝しているんだ。」


「いえいえ、そんな感謝されるほどでは。それにこの仕事は迷宮に潜り続けるよりかはマシですし、比較的命の危険が無い上にコレの高さもあるのでね。」


 そう言って指で輪っかを作り悪どい笑みを浮かべる。その仕草にガイは苦笑いしながら話を続ける。


「まあ他の仕事に比べて給金は良いからな。その代わり貰ってる分位はしっかり働いてくれよ。」


「勿論ですとも!っと、長話が過ぎましたな。そろそろ我らは別の場所を見回りに行かなければ。それではまた。」


 そして「行くぞ!」と声を上げて彼らはどこかへ行ってしまった。


 それを見送りながらガイは当初の目当ての人物を見つけ、話しかけた。


「おう、お前ら。景気は良いか?」


「む、ガイか。そうだな、ここ二日は大分稼がせて貰っている。当分は使い切ることが無いほどにな。まあ、飯と宿代以外には基本的に使うことは無いせいで元々有り余っていたが。」


「私は何時でも稼げるから特に何もやってない。というか前回稼いだから当分は稼ぐ必要が無い。そっちはどう?」


「相変わらずだなお前たちは。」


 二人して組合内の酒場に入り浸りテーブルに並べられた料理に舌鼓を打ちながら返事をする。


 せっかくの迷宮異変であるというのに何時もと変わらない様子を見てガイは思わず呆れた声を出す。


「まあ、俺は色々仕事があるから暇を見つけては迷宮に潜っている程度だ。ちょっとした臨時報酬だわな。」


「組合のマスターともなるとやはり忙しいのか。適度に休むことも大事だぞ。」


「毎日迷宮に潜っている奴に言われても説得力ねぇよ。」


 ガッハッハッと声を出してガイは笑う。その様子を見て「そんなもんか?」と真斗はそう言いながら引き続きテーブルに置かれた料理を食べ進める。


「それで、俺達に何か用か?」


「おっと、忘れるところだったぜ。まあ要件って程じゃないがお前たちにも一応伝えて置こうと思ってな。」


「?」


「そろそろ中のモンスターパレードの元凶を調査する先遣隊を送る予定でな。どうせお前ら祭りの最中も毎日潜るつもりだろ?」


「まあそうだな。」


「なら暇潰しがてら参加してくれねぇか?こっちとしては《雷姫》やその師匠の真斗に入って貰えると助かるんだが。」


 ガイは笑いながら話す。


「そう言われてもな。俺はまだ三百層ちょっとしか進んでないぞ。先遣隊というからにはもっと深い階層を踏破済みの奴らばかりなんだろう?その中に混じって入る事は贔屓だなんだのと何かしらのやっかみを受けそうだ。というか《雷姫》とは誰のことだ?」


 真斗はそう尋ねたが、ガイはニヤニヤしながら隣にいる狐の獣人を見た。


「ほう、真斗は知らないのか。そうかそうか。じゃあちょうど隣に本人が居るから誰か確認して貰うといい。」


「隣と言われてもこいつしか居ないんだが……まさかお前が?」


 隣で黙々と食事をしているウルを見て驚く真斗。ふと食事の手を止めて形の良いもふもふな狐耳をピクピクさせながら、自分のことで話題になっているとおもむろに話し出した。


「ん、確かに《雷姫》は私。けど、この二つ名あまり好きじゃない。」


 少し不機嫌そうな様子でそう零す。


「ふむ、良さげな二つ名だと思うが。」


「何かダサい。」


「ダサいのか…。」


「だから余り自分からは言わないし、師匠にも言うつもりはなかったのに……。」


 非難するように未だにニヤニヤしているガイを睨みつけながら不機嫌そうにバッサバッサと金色の尻尾を揺らす。


「ハハッ。迷宮異変で起きたモンスターパレードの先遣隊を断り続けている意趣返しとでも思っとけ。」


「むぅ。」


「それで話を戻すが、確かに先遣隊は深層に潜れるほどの猛者達で構成されているが、その参加条件は三百層を踏破していることだから別に贔屓はしていないぞ。むしろ自分よりも強い探索者と三百層以上の迷宮探索を比較的安全に経験出来ることから三百層越えの奴らはこぞって参加している。だからそういったいざこざなんかもないと思ってもらって大丈夫だ。」


「ふむ……それなら参加してみてもいいかもな。二人での探索も良いが、たまには大勢での迷宮探索も悪くないかもな。お前はどうする?」


「師匠が行くなら私も行く。」


「おう、助かるぜ。どうやら今回の探索は随分楽になりそうだな。そしたら明日の十時にここの組合で先遣隊の募集をするから事前に準備しといてくれ。」


「あい分かった。」


「よし、それなら俺はもうそろそろ仕事に戻るから詳しいことは明日確認してくれ。それじゃ待ってるからな。」


 思いのほか事が上手く進んだからか上機嫌に声を弾ませながらガイは手を振ってそのまま去っていった。


 明日の為の準備を済ませないとな、と頭の中で用意するものを色々と思い浮かべていたが、姿が見えなくなったガイを未だに睨み続けているウルを見て真斗は呆れた顔をし、食事を再開するのだった。







「遅れないようにと早めに来たつもりだったが、もうこんなに人が集まってきていたのか。」


 翌日の深層の組合には思いの外多くの探索者達で賑わっていた。


 初の迷宮異変への参加に内心の浮き足立つ気持ちを抑えきれず一時間も早く来てしまった真斗だったが、どうやら他の探索者も同じらしい。


「おー、やっぱりあんたも来たんだな。」


「む、ソーマか。」


 少しでも気持ちを落ち着けようとそこら辺に空いている席に座って時間を潰していたが、そこへ背中に剣を背負った犬の獣人が声をかけてきた。


 どうやら彼も今回の迷宮異変に参加するらしく、体の至る所に様々な武具を身に付けていた。


 その珍妙な格好に思わず真斗はジト目になりながらも特に詮索することは無くそのまま話し続ける。


「なるほどな、あんたも待ちきれないで来ちまったか。分かるぜその気持ち。かく言う俺も三時間前に来ちまって、暇を持て余したから迷宮異変に向けてさっきまで体を動かしてたんだ。お陰で体が軽いぜ!」


 そういって彼は見せ付けるように腰に付けていた短剣を空中で振るってその剣さばきを披露した。


「すみません。」


「はい?」


「組合内での武器の使用は周りの方の迷惑になりますので止めて頂けますか?もし武器を扱いたかったら〇〇へ行って下さい。それとあまり騒がないようにしてほしいのですが?」


「あ、はい。すいません。」


「気を付けてくださいね?では。」


 しかし近くに居た職員に当然の如く注意を受けてしまい、ソーマはバツが悪そうに体を縮こませながらそそくさと短剣を仕舞った。


「………。」


「ま、まあ俺の方はこんな感じに絶好調だ。そ、それであんたの方はどうだ?その、調子とか………。」


 先ほど組合の職員に怒られたことで会話の流れが途切れ、ソーマは恥ずかしいやら何やらで少し気まずげな様子で真斗に聞くものの聞かれた真斗は更にジト目を強め暫く無言でソーマを見た。


 真斗のその様子に一層気まずくなったのか、体をソワソワし始めて羞恥心から目にもうっすらと光るものが見えたところで流石にやりすぎたかと思い真斗は話し始める。


「……まあ、そうだな。いつも通り俺は元気だぞ。ソーマの言う通り早く来すぎてな、今は時間が来るまで適当に暇つぶしをしていたところだ。」


「そうかそうか!それじゃあ俺と一緒に暇を「お待たせ。」


 と、そこに突然ソーマの話を遮って現れたのは若干気だるげな様子でこちらに向かってくる狐の獣人、ウル・アシュレットだった。


 いきなりの大物の出現と何やら親し気に真斗に話しかける様子を見て、驚きの余りソーマは絶句した。


「おお、遅かったじゃないか。」


「集合時間から考えたらむしろ早い方。師匠が速すぎるだけ。大方初めての迷宮異変が楽しみだったんじゃないの?」


「否定はせんな。」


「やっぱり。」


「あ、あの!」


「ん?」


 真斗とウルがその声に同時に反応し、声の主、ソーマの方へ振り向くと彼は一瞬ビクッとしながらウルに話しかけた。


「誰?」


「お、俺の名前はソーマ・ジークムントと言います!あの、貴方はかの有名な《雷姫》さんですよね?ど、どうしてこんな所に……?もしかして今回の迷宮異変に参加するんでしょうか?」


「悪い?」


「いえ、そんなことは!ただ、今までの迷宮異変でも余り参加されていないと聞いていたもので、今回もしないだろうと思っていたものでして。というかあんた《雷姫》さんと知り合いだったのか⁉しかもため口!」


「ん?ああ。まあちょっとした縁でな。」


「ん、私の師匠。」


「は?」


「もういい?いこ、師匠。」


「まだ認めてないんだがな……。」


「え?」


「まあ戯言だと思って気にしないでくれ。それじゃ、またあとでな。」


 と、そのまま真斗とウルはソーマの前から去って行ってしまった。その余りの展開の速さにソーマは暫くの間放心していたが、ふととある噂について思い出した。


 《雷姫》の二つ名で有名な探索者、ウル・アシュレットの師匠を名乗るものが最近迷宮都市に現れたと。


 曰く、その者はどこか独特な雰囲気を放ち、老人のような喋り方をする白い髪の青年であったと。


 曰く、その者は探索者登録の初日で百階層まで辿り着き、歴代最速で深層の探索者へと駆け上がり、いとも簡単に全探索者憧れの証である黒のカードを手中に収めたと。


 曰く、休むことなく毎日迷宮に潜り日々階層を更新し、一緒に迷宮に潜っているとされるウル・アシュレットが毎回疲れ果てた様子を見せていることから、その強さは彼女よりも遥かに上回る実力者であると。


 一つ一つのピースが重なったことによりソーマの中でカチりと何かが当てはまる音がした。そして思わずソーマは叫び出してしまった。


「ええ~~~~~~~~~~~~~⁉」


 さっきまで話していたなんてことの無い奴が実はとんでもなく凄いやつだったと、さながらよくある異世界もののテンプレみたいな展開に驚く。


「いや、え⁉マジか!ヤバ、ちょ、俺何も知らずにため口で話しちゃったよ⁉あ、え、ど、どうしよ⁉どうしよ⁉何か……何か……!」


 そして尚も一人で周りを気にせず騒ぎ続けるその様子に、流石にうるさいと思ったのか離れていく人たち。徐々に周囲から人がいなくなっていくのに気づくこともなく何やら一人で興奮している。そして案の定その様子を見てこちらに向かってくる者が一人。終わりは近い。


「俺、俺………!」


「先ほども言いましたよね?騒ぐな、と。」


「ヒッ……!」


 とん、と。誰かがソーマの肩に手を置く。


「気を付けてください、と。」


「…………。」


「私、言いましたよね?」


「あの……えと……。」


 その余りにも冷えた声に思わず体を硬直させ、壊れた機械のようにギ、ギ、ギと後ろに首を回す。


「あ。」


 そこには鬼がいた。いや、正確にはその余りにも鬼気迫る顔に思わず鬼を連想してしまっていただけで実際にはただの組合の職員なのだが。


「さて、じゃあ行きましょうか。」


「え、ちょ、どこに……!」


「ふふ、それはお楽しみということで。」


 そのままソーマはその鬼と化した職員に何処かへと連れ去られて行き、帰ってきたときには羞恥心に耐えるように顔を真っ赤にさせ『迷惑をかけてごめんなさい』と書かれた板を強制的に首に掛けられていた。


 その日は一日中謝罪の板を首に掛けた探索者として不本意ながらもソーマはちょっとした有名人になるのだった。










――――――

後書き

三か月ぶりに更新することとなりましたがこれからも不定期で書き続ける予定です。

最近になって一人称(真斗)視点か三人称視点のどちらを中心として書いていくか悩んでいますが、今のところは三人称視点のまま継続していこうと思います。

これからも暇つぶしでもいいので読んで頂けたらと思います。それでは。

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