第26話 祭り 1

 日が昇って窓から太陽の光が差し込み、微睡みの中にいる真斗に容赦なく起きろと爛々と照らしてくる。


「……朝か。」


 その眩しさに真斗は眠気眼をこすりながら背伸びをし、重たい頭を起こして起床する。顔を洗い歯磨きを済まし、サッパリしてから朝食を食べるため階段を下りていく。


「すまない、朝食をもらえないだろうか?」


「あいよ。ちょっと待っててくれ。」


 宿の主にそう声をかけると直ぐに返事が返って来たので、適当に空いている席に座って待つ。


 この世界は真斗の居た世界と比べて生活水準がチグハグだ。風呂は一部の金持ちしか入らないし服も基本は古着の使いまわしで新品は金がかかる為頼むことはほぼない。そのため真斗はこの世界に転生した時に着ていた白い服を着まわしていた。


 不思議なことにこの服はどんなに汚れたりボロボロになっても一週間も経てば元の状態に戻るという特性があり、それに気づいて以来ずっと着続けている。もちろん長年着ていることから愛着があることも理由の一つだ。


 それに対して食事事情等は前世の頃と何ら変わりなく、下手をするとこの世界の方が美味しいまであり、衛生環境も徹底して管理されていることから病気にはほぼかからない。かかっても魔法で対処できるうえにこの世界はレベルを上げるとその分肉体が強化されるためそもそもかかりにくいという。


 色々とチグハグなのはそもそもこの世界がレベル制という概念が存在していることや転生者という異質なものを、何を目的としているのか神が送り込んでいるという点が大きく関わっているからだろう。


「さて、行くとするか。」


 朝食を済ませ、迷宮に潜るための装備やアイテムを整えて迷宮へと向かう。途中で出会った他の探索者にあいさつしながら今日も迷宮に潜るために受付を済ます。


 相変わらず人が多くて少しげんなりしたがその鬱憤を魔物にぶつけようと、いざ潜らんとしたところで何やら別の受付のほうからザワザワと騒々しくなってきた。


 誰かがモメでもしているのかと野次馬根性で騒ぎの方へと顔を出すと、そこにはここ三週間ほど見なかった顔があった。


「……あれはウルか?」


 所々薄汚れており、どこかやつれて以前の艶やかな長い金髪も見る影もない程にボサボサにし、酷く疲れ切っている様な顔をしている事から一瞬別人かと疑った。


「……!」


 しかしその呟きが聞こえたのか、少ししなびてはいるが形の良い狐耳がピクピクと声の主を探しだそうと忙しなく動く。


 そして遠巻きに他の野次馬と一緒にこちらを見ていた真斗を見つけ出すと素早い身のこなしで人の波を掻き分け、目的の人物へと辿り着く。


「ん、行く。」


「は?どこに……。」


 ただ一言そういうや否や真斗の手を掴み、返事を待たず引っ張る形で強引に一緒に歩き出す。


 あまりにも唐突だったため周りの者は反応出来ず、突然の静寂と共にどこかへ行こうとする二人をただ見送る事になるのだった。







 久しぶりに再開したウルに訳も分からず強制的に連れて来られたのは探索者をする上で所属する、組合と呼ばれる組織。その中でも一番上とされておりガイ・カムンドがマスターを務める組合、深層の組合だった。


「マスターに合わせて。」


「は、はい。直ちに……。」


 予めウルが来たら通すように言われていたのか、特に誰かに許可を取る事もなく二階へと案内をする為に受付のカウンターから素早く移動した。


 受付を出る途中で一瞬だけ何故か紛れている真斗に目を向けるものの、そう言えばこの二人は師弟関係だったと思いだし、一人納得する様に頷いて何事も無かったかのように真斗も一緒に案内する。


 当の本人からしたらウルとの師弟関係は事実無根であるし、なんで連れてこられたのかも分かっていなかったためその事を含めて何気にそれと無く受付の人を見たのだが、何故か何も言われなかったため内心肩を落としていたのだが。


 そんな真斗の思いなど気付かないまま受付はスタスタと歩き、そのままここのマスターの執務室であろう部屋へと辿り着くと、コンコンとノックしてから部屋の主に話しかけた。


「失礼します、カムンドマスター。ウルさんと真斗さんをお連れしました。」


「……入れ。」


 再度失礼しますと言って受付の人がドアを開けて入るように促す。促された二人はそのまま流れる様に近くのソファーに座った。


 そしてそのまま受付の人は二人に茶を差し出した後は礼をして部屋から退出して行った。


「さて、本題に入る前に取り敢えず何故真斗もこの場に来たのか聞いてもいいか?」


「俺にもわからん。」


「は?」


「いきなりウルの奴に引っ張られてここに連れて来られたんだ。詳細なんぞ知らんし、むしろ俺が知りたいくらいだ。」


 ガイに何故来たのかを問い詰められた真斗だったが、そもそも連れてこられた理由を知らないので答えようが無い。


 肩を竦めながらそう答えたことによって今度は事情を知ってそうなウルに顔を向き直る。


 視線でどういうことかと問い詰めるものの当の本人は首を傾げるばかりで答えようとしない。


 それどころか帰ってきたばかりで疲れが溜まっているのか、早く本題に入れと言わんばかりに不機嫌さを表すようにボサボサの尻尾をバッサバッサと振りながらガイを睨めつける。


 そのウルの機敏を感じ取ったのかため息を吐きながら片手で顔を覆い、ゆるゆると首を左右に振る。


「まあ、遅かれ早かれ全員に伝えられる内容だから良いが、頼むから事前に連絡くらいしてくれ。もしこれが機密情報だった場合は流石に庇いきれねぇからよ。」


「ん、善処する。」


「それでしたこと一度もねぇだろうが……。」


 何度も似たようなことがあったのか、再度ため息を吐きながら呆れた様な声を出す。


 ともあれ、話の流れを変えるように一度咳払いした後に本題であるウルから今回の迷宮についての詳細を聞き出した。


 迷宮内の魔物の増減数、特殊強化個体の確認、それに合わせてドロップ品の変動などなど、一月ほどかけて精査した情報を。


 一つ一つ頭の中で整理しながら必要な物だけを吟味する。そして10分ほど黙考した後に頷きを一つすると二人に向かって話し出した。


「まず、今回の迷宮内の情報精査の任務は達成だ。ウルには後で約束通りの報酬を用意しよう。」


「ん、やった。」


「次に今回の迷宮異変についてだ。恐らく中の”モンスターパレード”の形になるだろう。今回のボスはゴブリンの特殊強化個体だろうな。」


「ちょっと待て。”モンスターパレード”とは何だ、それに”形”だと?まるで迷宮異変が複数有るような言い方では無いか。」


 真斗が首を傾げて不思議そうに言う。


「ん?知らなかったのか?ふむ、まあ簡単に説明するとモンスターパレードは迷宮内の魔物が大量に外へ溢れ出てくる事態と外の魔物が町や都市に大量に押し寄せる事態の二つの意味を指す異変だ。今回は前者で、意味を分けるために言葉の頭に”中の”と付ける。」


「ふむ。」


「次に複数あるのかという質問だが、主に迷宮異変と呼ばれる事態は四つある。一つは先程言ったモンスターパレード、二つ目は宝箱や魔物からのドロップ品が出現しやすくなる”トレジャーフェスティバル”。三つ目が倒すと魂の位階が上がりやすいと言われる魔物が大量発生する”ハントタイム”。最後の四つ目が”厄災”だ。これら四つの異変を総称して迷宮異変と言い、その内厄災を除き大体五年周期でランダムに異変が訪れる。」


「色々と興味深い内容が出てきたが、最後の厄災とは何だ?他の異変は祭り然としているが、四つ目だけ文字通り不穏な気配しか感じんぞ。」


 どうやら話を聞く限りでは今回のモンスターパレードというものは迷宮異変の内の一つだという。


 そして迷宮異変は五年周期に訪れるという話だ。その事に運がいいと考えながらも、どうせなら他の異変にも参加したいと真斗は思い始める。


 内心そう心を踊らせていたが、四つ目が厄災と聞いて一気にその気持ちは急降下した。


「前にも話したと思うが、迷宮を攻略しようとするなと言ったことを憶えているか?」


「確か俺が探索者になる時に言われたヤツだな。他の探索者にも聞いてみたが余り要領を得なくて結局分からずじまいだな。……今思い出したが、そういえば暇な時はあんたに聞いても良かったんだったな。」


「そういやそうだったな。……なら、タイミングが良いし今話すか。」


 一瞬の沈黙の後に、ガイは厄災について話し出すのだった。

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