第25話 一息

 翌日。今日から行く組合がまた変わったことで約一ヵ月ぶりに深層の組合へと戻ってきた真斗は、深層の探索者の証である三百層を踏破したことからマスターであるガイ・カムンドに呼び出され深層の組合の応接室に来ていた。


「悪いな、待たせちまって。」


「構わん。それで、今日は何のために呼び出したのだ?」


「ああ、色々要件はあるんだが一先ずは深層へとたどり着いたことを祝わせてくれ。三百層の踏破おめでとう。」


「ああ、どうもありがとう。だがまだまだ先は長い。最終階層である千層へたどり着くまでこれからも随時迷宮を攻略していくつもりだ。」


「ハッ。流石ウルの奴と同じ一人で三百層を攻略するだけはあるな。あながち大言壮語に聞こえねえわ。」


「む、あいつも一人であのスライムを攻略したのか。他の魔物とは少し毛色が違ってそこそこの強さがあったが、あいつも中々やるじゃないか。」


「ん?スライム?三百層は五メートル程の大きさのゴーレムが出るはずだが…まあそんなこともあるか。」


 ガイは一瞬不思議そうな顔をしたが特段気にすることでもないと思いそのまま話を続けた。


 ガイが真斗を呼び出した要件。三百層を攻略したことを祝ったこともそうだがそれとは別に近々深層から下の組合の探索者たちを鍛えてほしいとのことだった。報酬は相応に出される上に様々な特典を付けると。


 真斗以外にも他の有数の探索者にも話してあり、一人ですべてをやるのではなく日替わりで分担して対応することから日常生活に余り負担をかける心配もないと。


 一般的な探索者からすればその報酬、待遇の良さから一も二もなく引き受ける様な依頼だが、真斗は時折相槌を打ちながらもしっかりと最後まで話を聞き終わると首を横に振り断るのだった。


「ん~ダメか?」


「そもそも俺は人に物を教える事が得意ではない。それにいくら三百層を一人で攻略したとは言え探索者になってから一月ほどしか経っていない新参者の言うことなんか聞く奴は居らんだろう?」


「そういや確かにまだ探索者になってからそれ程月日は経っていなかったな。余りにも深層に来るのが速すぎたから忘れてたぜ。けど、教えるのが得意じゃないって言ってるがウルの事を弟子にしていると聞くぞ?」


「あいつの場合は例外だ。こっちは未だに認めていないのに勝手に弟子を宣言して付きまとってくるような奴だぞ?まあ何だかんだで一緒にいたからそのことも含めて少し俺の技を教えているだけでそれ以外は特に何もしとらん。」


「あー、あいつは滅茶苦茶頑固だからなぁ。こう、一度決めたら何としてもやり遂げようとする所があるからな。しかし、そうか……。じゃあお前さんが五百層を超えた辺りならどうだ?それなら周りも自然と認めてくるだろ。」


「何が”じゃあ”なのか分からんが、確かにそれくらい行ければ舐められはしないだろう。しかしそれを受けるかどうかは別だがな。」


「それもそうだわな。ま、俺も流石に今回で決めてくれるとは思ってねえよ。やるとしても色々こっちでも調整しないといけないだろうしな。」


「いや、やらんが?」


「個人的には割と本気で考えているぞ?深層までの階層に合わせて探索者全体の練度の底上げをするために必要だと思うからな。まあこれで今回の要件は終わりだ。また話すこともあるだろうから気にでも留めといてくれ。」


「はぁ、留めておくだけだぞ。」


「ははっ、そうしてくれ。もう戻っても良いぞ。」


 そうしてガイは退出許可を出して部屋から出ていく真斗を見送るのだった。







「ふむ、探索者を鍛える…か。」


 ガイから解放されてから組合の数ある内の待合席にて休憩していた真斗は一人そう呟く。


 確かに依頼を受けた際の報酬は美味しいものがある。それに付属でついてくる特典についても正直興味が湧く。すべてを自分一人でやるのではなく組合や他の探索者と協力して取り組むことからそこまで気を使わなくてもいい。


 正直にいってこんなにも割のいい仕事はそうそうないことから気持ちが揺れないとは言えなかった。


「だがなぁ……。」


 しかし自分には碌に誰かを指導した経験はなく、逆に指導された経験しかない。またそれも基本的には誰でも使えるという身体強化についてで、その指導者も神獣というハッキリ言ってとても参考に出来る代物でもないのだ。


 ……例外としてウル・アシュレットという、人の考えを無視して強引に弟子になってきた頭のおかしな奴は除外するとして。


 異世界に来てから五千年間。そのうちの二百年ほどを除き殆どの時間は一人で生活していたことから余りコミュニケーション能力については自信がない。今でこそ普通(?)に話すことが出来ているがそれでもここに来た当時は内心戦々恐々としていた。


 何か話し方が変になっていないか、この対応の仕方であっているのか、上手く話すことが出来るのか等の様々な不安に苛まれてどうしようもない焦燥感が心の中にあったのだ。


 そんなことがあってか、真斗は基本的には一人で居ることを好み、余り人と話したがらない様になってしまっていた。もちろん最低限の会話や人付き合い、情報収集などはしているが。


「今思えば我ながら良く話せたものだ。まあ、若干暴走していた気がしなくも無いが……今更だな、うん。」


 既に起こしてしまったことはしょうがないと真斗は気持ちを切り替えた。現実逃避とも言う。


「さて、この後はどうするか。迷宮に入っても良いが、余り急ぎ過ぎてもな……。」


 いつもの時間帯なら既に迷宮に入潜っているがガイの話により遅れ、また三百層という節目を超えたことによりどうにも潜る気分になれなかった。


 はて、どうしたものかと真斗は考えるものの如何せんずっと迷宮に潜り続けていた事から何をしたらいいのか分からなくなっていた。


 するとうんうんと一人悩んでいた真斗に一人の男が話しかけてきた。


「あれ、どうしてあんたがここに居るんだ?ここは深層の組合だぞ?」


「む?お前は……誰だったか?」


「ソーマだよ。ソーマ・ジークムント、前に迷宮を案内しようとした。」


「ああ、ソーマだったか。して、何か用か?」


「いや、特にはねえが。たまたま見知った顔が見えたもんでな。それで、あんたは何でここに居るんだ?基本的に深層を超えた者しか立ち寄ることは無いんだが。」


「ああ、昨日超えてな。節目に入ってこれからどうするか悩んでいた所だ。」


「は?いや、あんた探索者に登録してからまだ一月しか経ってねぇだろ?幾らなんでもそんな見え透いた嘘を……。」


「これが証だ。」


 真斗はそう言うとポケットから黒いカードを取り出してソーマに見せた。


 最初は怪訝な様子でカードを見ていたソーマだが、それが本物であると分かると驚愕し、次いで見てわかる通りに狼狽え出した。


「え?いや、は?ほん、本物!?何で!?はや、速くない!?まさか偽物?いや、でもこの感じは……え?あれ?」


「とまあ黒のカードになったは良いが、余り急ぎ過ぎて楽しみが無くなるのも困るからこの後どうしようかと思ってな。」


「いや、スルー!?何だ、俺が知らない内に到達階層が下げられたのか?でもそんな話は聞いてないし、一体どうやって……。」


「三百層を超えただけだ。気にするな。ともあれ、この後は何をしようか……。」


「もう、驚き過ぎて言葉が出ねぇ……さも簡単かのように言ってくれるなあんた。何者だよ……。最近入って来た道影真斗とか言う奴も超えたって聞くし、どうなってんだ最近の新人は……。」


「ああ、そう言えば名前言ってなかったか?」


「ん?何がだ?」


「俺が道影真斗だ。伝えてなくてすまんな。改めて宜しく頼む。」


「 」


「む、気絶したか。」


 余りの情報量にソーマは頭がパンクし、暫く起動しなかった。







「いやーまさかあんたがあの道影真斗だったとは。噂は宛になんねぇな。俺じゃなきゃ漏らすとこだったぜ。」


「気絶はしたがな。」


「な、なんの事やら。おっ、あそこがこの都市でも有名な食事処の”ゲーテ”だ。肉が絶品でな。」


「誤魔化したな。」


 しばらくして気絶から目を覚ましたソーマは真斗にあれこれと質問攻めをし、一先ずの疑問を解消したことで満足したのかそのお礼とばかりに暇な真斗に都市案内を請け負ってくれた。


 他にやることが思いつかなかった真斗はこの提案に頷き、かくしてソーマと真斗の男衆で迷宮都市を回った。


 迷宮に関しての情報しか知らなかった真斗は何があるのか知らなかったので取り敢えずソーマのおススメ所を幾つか行く事になり、この都市でも有名な食事処を案内してもらっている最中。


「ふむ、肉か。」


「おうよ。真斗が普段何を食ってるか知らないが、少なくとも組合で出されるものよりかは遥かにうまいぜ。そのぶん値段は据え置きだが、深層の探索者にとっては余裕で稼げる額だしな。」


「であれば今度行ってみるとしよう。」


「そん時は俺も誘ってくれると嬉しいぜ。で、次はあそこの加工屋”マダラ”だな。迷宮産のものや外の魔物素材を持ってくことで自分の装備を作ってくれる。他にも色々あるが一番腕がいいんだ。深層の素材でさえ加工してくれるからな。機会があったら作ってもらうといいぜ。」


「余り鎧は必要ないのだが、まあいいか。ここも今度寄ってみるとする。」


「鎧が必要ないって、もし被弾したらどうすんだよ。最悪死ぬんだぞ?」


「生憎と俺は死なんからな。それに攻撃なんぞ全部避ければいい。それが面倒ならされる前に倒せばいい。そうすれば心配することなど何もない。」


「言ってることが無茶苦茶だって自覚あるかあんた?それが出来たら苦労はしねぇっての、全く……。」


 真斗の無自覚の発言に呆れた様な声を出してため息をつきながら次の目的地に向かい、今日一日都市の散策へと身を費やすのであった。







┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

後書き


1ヶ月程期間を空けてしまいましたがこれからも不定期で更新して行こうと思います。中々物語を進めれないのが歯痒く、書きたい戦闘シーンが書けない等いろいろ有りますが挫けず頑張って書き続けて行きますので応援よろしくお願いします!

ではまた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る