第19話 着実に

「今日はこの位で帰るとするか。」


「ん、分かった。」


 ウルに修行(?)をつけ始めてからはや五日。既に日課となりつつあるが気にするだけ無駄と考え、今日も今日とて迷宮に潜っている。そして丁度百五十階層とキリがいいところまで来たので、少し早いが組合に戻ることにした。


 倒した魔物のドロップ品を袋に詰め、忘れ物がないかを確認した後二人は魔法陣に乗ってその場を後にする。すると視界が暗転し、気づいたときには外に出ていた。どういうからくりかはわからないが、恐らく足元にある同じ形の魔法陣が何かしら作用しているのだろう。


「うーむ、まだ慣れんな。この感覚は。」


「まだ迷宮に潜り始めて日が浅いからそんなもんだよ。私も同じだった。まあ、そのうち慣れるよ。」


「ふむ、そんなもんか。」


 そうして中層の組合に戦利品を持ち帰り、金額の査定と階層の更新を済ました後、ここ数日担当してくれた受付から声をかけられた。


「えーと、道影さんは到達階層が百五十階層になったので、この紙をもって上層の組合の方に移動してください。」


「む、これは?」


「道影さんのカードの更新のために百五十階層まで到達したことを示す書類ですね。ドン引きするほどの速さで階層を攻略していき、まだここに来てから僅か数日ですがこれからは上層の組合で活動してください。」


「ふむ、わかった。」


 どうやら到達階層が百五十になったことで組合の移動とカードの更新をしなければならなくなったようだった。面倒くさいとは思ったがここでスルーして忘れないうちに上層の組合まで移動することにした。勿論、ウルは勝手についてきていた。



 そして歩いて十分くらいして目的地に着く。建物はかなり大きかったが残念ながら先に深層の組合の方を見てしまっているのでそこまで驚きは無かった。中に入り手早く受付に行き紙を渡したが、どうやら確認のため少し時間が掛かるらしく、その間待つことになるため、休憩を兼ねて組合内の酒場に直行した。


 酒場内ではどこも一緒なのか、どこも騒がしく様々な人達で賑わっていた。真斗とウルの二人は空いてる席に座り適当な食べ物や飲み物を注文し、暇つぶしに今日の迷宮について話し合う。


「今日の成果もマチマチだな。」


「ん、まだ階層が低いからしょうがない。まぁ、最初みたいに一気に進めばそんな事はなくなるけど。」


「俺もそうしたい所なんだが、流石にまたお祭り騒ぎになるのは勘弁して欲しいからな。まぁ、一日十階層程度進めれているからそれで我慢するしかあるまい。」


「普通は入念な準備をしつつ、下見やら度重なる魔物との戦闘によって経験を積み重ねてから攻略するから、もっと時間が掛かるはずなんだけど……。」


 真斗の言葉に呆れながら呟くウルだが、かく言う彼女も単独で迷宮五百階層を攻略している猛者な為、周りから見ればどちらも変わらない化け物であると認識されてたりするが、残念ながら当の本人は気づいて居ない模様。


「それはそうと、もうこのカードも灰色になるな。この調子で行けばそう遠くない内にお前と同じ黒まで辿り着くだろう。」


「師匠が来るまで私が最短記録だったんだけど、探索者になってからまだそこまで経ってないのにもう越された。師匠、速過ぎない?」


 ウルの指摘した通り真斗のカードが灰色になるまでの期間は一ヶ月ちょっとという、普通の探索者と比べたら余りにも早すぎる日数だった。本人的には少し早かったかな?程度の認識の始末だが、もし一般探索者が真斗の考えていることを覗けたのならば、皆一様に全力で否定していることだろう。


 そして若く、才能が有り、一握りの獣人しか至れないとされている、神の名を冠する種にまで進化したウルでさえも黒のカードになるまでには三年の月日を掛けている。それらの事を踏まえて考えると真斗の階層踏破の速度は異常と言うほか無い。その事を聞いた真斗は腕を組み、少し考えたのち話を切り出した。


「ふむ、そう考えると確かに速すぎるな。千階層もあるとはいえ、これではまるで生き急いでいるみたいではないか。」


「違うの?こんなに速く踏破してるからてっきりそうなのかと思ってた。それか何か急ぎで迷宮産の物が必要かと。」


「生憎、寿命だけはどう足掻いて減らない体質でな。どちらも違う。まあ、必要では無いが迷宮産という所だけは合ってるがな。」


「減らない……?え、それじゃあ師匠は何年生きてるの?」


「ふむ、かれこれ六千年は生きているな。」


「……は?え、今何て?」


「六千年生きていると言ったのだ。何だ、いきなり耳が遠くなったか?」


 真斗の発言に意味が理解できなかったのか、思わず聞き返してしまうウルだったがそれでも尚変わらず答えは六千年という膨大な年数。数分を要して何とか内容を咀嚼し、呑み込んだウルであったが、ふと気付いたことがあった。


「……年下じゃ無かったんだ。」


「いや、気になるのはそこなのか……。まあ、髪の色は兎も角、容姿は二十歳のままだろうしな。そう思うのも仕方ない、のか?」


「ん。師匠が人間っていうからてっきりそれくらいかと。例え違っても流石に獣人の私よりかは下だろうって。というか六千年って事はやっぱり師匠は人間じゃなかったんだね。」


「いや、人間だが。」


「え?」


「ん?」

 

 そんな風に楽しく(?)周りの騒がしさに乗じながらも二人は話し合っていた。しかし、そこに無骨な大剣を背負いいくつもの古傷が刻まれている鎧を身に着けた、如何にも中堅の迷宮探索者然とした男が二人の会話を遮ってきた。。


「お前か、最近調子に乗っているガキってのは。」


「ん?誰だ、お前は?ウル、お前の知り合いか?」


「んー、知らない。師匠の知り合いじゃないの?」


「俺の知り合いはお前と一部の奴等しか居ないんだが。」


「……強く生きて、師匠。」


「何だ、いきなり。含みのある言い方をして。言っておくが知り合いが少ないのはこの都市にいる期間が短いのもあるが、そもそもお前が引っ付き回って来るせいで他の人と話す機会が無いからだろうが。それこそ受付くらいしかまともに話した事がないぞ?」


「師匠は私の師匠だから仕方の無い事。それもまた運命。」


「何を訳のわからないことを……。」


「俺を無視するなっっ!!」


「「あっ……。」」


 男は自分そっちのけで話されている事に苛立ったのか、バンッ!と二人が座っている席の机を叩いてそう意思表示する。しかし、そのせいで机に乗っていた二人の飲食物が一部を除いて床に撒き散らされてしまっていた。


「「…。」」


「俺はお前みたいに上位探索者に手を貸してもらいながら階層踏破してる癖に、さも自分の実力かの様に振る舞い、最速だ何だと周りから持て囃されているやつが一番嫌いなんだ!」


 だが男は激昂していて気付いていないのか、そんな事はお構い無しに口早にそうまくし立てて来る。その余りにも目に余る態度な為、先ほどの楽しく会話をしていた表情から一変して、目から光を無くしたウルが目の前にいる無礼な輩に天誅を下さんと腰元にある刀に手をかけ始める。


「待て。」


 しかし、その行動は今も罵倒されているであろう、当の本人にそっと小声で止められた。そのことにウルは不満げな顔をして手を止めたものの、代わりに目線で何故?と訴える。その視線を受けた真斗は返事の代わりに制止するかのような動作をした後、わざとらしくため息を吐いた。


「貴様……!真面目に俺の話を聞いているのかっ⁉」


「あー、すまん。あんまり聞いていなかったな。何やら上位探索者に手を貸してもらいながら階層踏破してる癖に、さも自分の実力かの様に振る舞い、最速だ何だと周りから持て囃されているやつが一番嫌い、らしいこと位しか分からん。」


「しっかりと聞いているじゃないか!一字一句間違わずにっ!舐めて居るのか俺を!」


「どうして俺がいきなり怒鳴って来るむさくるしい男を舐めねばならん。俺にそんな趣味はない。人を変態扱いするのはやめてくれないか?」


「師匠、そういう意味で聞いたわけじゃ……。」


「~~~っ!」


 逆に真斗に煽られた男は顔を真っ赤にしながら体を震わせていた。まるで今にも襲い掛かりそうなのを必死に耐えるかのように。しかし男は深呼吸してその怒りを抑え込み、先ほどと比べて幾分か声を抑えて再度話し出した。


「……そうか。お前がそういう態度をとるなら俺にも考えがある。どうせ暇だろう?今から訓練場に来い。そこで身の程を分からせてやる……!」


 男は待っているからなと言い放ったのちその場から去っていった。二人はその男が立ち去るのを見ていたが、姿が見えなくなると真斗は辛うじて机に残っていたものを食べ始めた。


「え?師匠、何やってんの?」


「む?見てわかる通り残ったものを食べているだけだが。」


「いや、そういう事じゃなくて。さっきの変質者の……。」


「ああ、あれか。無論、無視する。そもそも俺は了承した覚えは無いし、向こうが勝手にキレて勝手に何か宣言して去っていっただけだからな。気にする必要は無い。」


 真斗はそう堂々と言い放った。勿論、真斗が言ったことは何一つとして間違ってないし、向こうが勝手に宣言しただけだった。


 それでもウルはてっきり師匠である真斗が男をボコって終わる流れだと思っていたため、少し拍子抜けしながらも次第に同じ考えになり真斗と一緒に食べ始めた。


「ふぅ、大分無駄になってしまったが食い終わった事だし、良い感じに時間も潰せた。そろそろ受付に行くぞ。」


「ん。ところでこの散らかり具合、どうするの?」


「あー、店員にでも言って片して貰ってくれ。勿論、迷惑料を払った上でな。ほれ。」


 真斗はウルに食事代の代金と+αのお金を渡して受付に向かった。そしてそこで灰色のカードを貰い、この組合についての諸々の説明を受けたあとに丁度帰ってきたウルと合流し、次に迷宮で会う約束をすると組合を出てそこで解散した。


 ウルと別れていつもの宿に帰る真斗。何となしに道中寄り道をしながらも真斗はさっきの事について考えていた。早く迷宮の奥を見に行きたいが、それで早すぎても目立ってしまう。最初の百層攻略RTAはともかく、これならと思い十層ずつ進んでいっても常人にとってはさほど変わらないらしい。


 それにこのまま十層ずつ進んで行くとすると、三か月ちょっとで最深部までたどり着いてしまう。勿論、階層が上がっていくに連れて迷宮もまた相応に難しくなっていくため、目算した通りに事は運ばないであろうが、それでも永き時を生きてきた真斗にとってはどちらにせよ生き急いでいることには変わりはない。


 しかも真斗はこの都市に来てからそれほど日が経っていないばかりか、迷宮に潜り始めてから僅か一月程度という、新米も新米だった。それなのにこうも早く階層を攻略していけば成程、経験がない初心者のくせにウルみたいな実力も実績もある強者に気に入られて、そのおこぼれでただ階層を攻略してもてはやされている半端者として映っていても仕方がないことなのかもしれない。


 迷宮に関してはその通りだが、実態はウルよりも真斗の方が強い。それはヘルベアーを単独で屠ったことからもわかるだろう。が、そのせいで強制的にウルに師弟関係にされ、ただただ付きまとわれているだけという、そんな特殊な事情を知っている者はごく一部しかいないため、彼のような過激な者は除き、基本的には自分より弱いやつを師匠とあだ名で呼んでいるだけの奇妙な関係性だと周りからは思われている現状であるからどうしようもない。


 改めて考えてみれば自分がやっている行動は目立ちたくないとか言っているくせに周りに目立つようなことをして、そのせいで一部の読者からは嫌われているよくある異世界転生ものの主人公みたいである。そのことに思い至った真斗は顔から火が出るほど恥ずかしい気持ちに見舞われた。


「……明日、ウルに相談してみるか。」


 これ以上考えても仕方がないと思い、道中寄った屋台の何の肉かわからない串焼きを頬張りながら歩いていく真斗だった――――――






「……遅いな。あのガキ、一体何をしているんだ……?」


 あれから万全に装備を整えてから訓練場に来た男は、何時までたっても来ない先程の白い髪の子供に苛立ちを募らせながらも邪魔にならない様に端に座りながら辛抱強く待っていた。するとまた新しく特訓しに来たであろう男達が入って来て、その中の一人はこちらに気づいた様で話しかけに来た。


「あれ、こんなところに一人座ってどうしたんですかギン先輩?」


「お前か。いや、なに、さっき最近噂の白い髪のガキを見つけてな。女を侍らせてる上に余りにも舐めた態度をとってきたから、ここに呼び出していっちょ〆てやろうとガキを待っているとこだ。だが何時までたっても来やがらねえ、一体何してんだか……。」


「あー、先輩が怒鳴ってた彼っすか。彼なら先輩が見えなくなったのが確認できるとそのまま残りの飯を食い始め、終わったら受付に行き何やら話した後そのままウルさんと帰っちゃいましたよ?」


「は?帰った?というか、ウルって……。」


「あれ、先輩もしかして彼女の事知らなかったんすか?てっきり知ってて彼女にも喧嘩を売ってるのかと。」


「だから誰も注意しなかったのか……。」


 男は青い顔をしながら呟く。知らなかったとはいえ、あの化け物に喧嘩を売ってしまったのだ。この後のことは想像するのもおぞましい程の報復が待っているに違いないだろう。自分は何ということをしてしまったのだろうかと後悔するが、時すでに遅し。


「……それでも、俺はあのガキを正さねばならん。そうでなければまた一つ若い芽が摘まれてしまう。そうなってからでは遅いのだ。例え、間違ってウルさんに喧嘩を売ってしまい、その過程で俺が消されたとしても……。」


「先輩……。」


「そろそろ俺は行く。どうやら今日はもう会えそうにないからな。もしまた会えることがあったならばその時は骨でも拾ってやってくれ。じゃあな。」


 男は早口で言い終わると重厚な鎧をガシャガシャ鳴らしながらそのまま出入り口の方に消えて行ってしまった。その様子を眺めていた後輩の男はあの人恥ずかしくなって逃げたなと思いながら仲間たちのもとに戻ろうとしたが、ふと無骨な大剣が床に転がっているのを目にした。


「やっぱり先輩ってそういうところありますよね……。」


 意外と早く再会出来そうだなと思いながらその大剣を拾い上げ、近くの壁に立てかけて今度こそ仲間たちと訓練しに戻った。後日その大剣を持ち主のもとに届けた後輩の男は骨でも拾いましょうかと尋ねて殴り飛ばされたとかなんとか。

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