第18話 不穏な影

「ほら、体を力ませずあくまで自然体に構えて指先に魔力を通してみろ。…ああ、違う違う。それじゃあただの身体強化になってるだろ。いいか、もう一度手本を見せるからよく見とけ。こんな感じで魔力を通してこうだ。分かったか?」


「ん…こう?」


「ん~やはり違うな。魔力の通しがまるでなっていない。こう、体から漏れ出している自然な魔力を意識して指先に集めて固めるだけなんだが。」


「むぅ、難しい……。」


「ふむ……やはり基礎からやり直した方がいいのではないか?」


「そんなことない。師匠の説明が分かりにくくてコツを掴めてないだけ。」


「それは始める前に言ったであろうに……。」


 ここは迷宮百層。さっきから俺が教え、ウルが必死にやっているコレは、俺が昔に暇つぶしで考え出したとある技で、それを何とか習得しようとしている最中である。何故こんなことになっているのか。それは前回迷宮に潜った時に少しはしゃぎすぎてしまい、結果的にウルを幼女化させたことの償い、もとい罰ゲーム的なのでやらされているからだ。


「なあ、一度休憩にしないか?始めてからもうかれこれ三時間は経っているぞ。いい加減身体を休ませたほうがいいのではないか?」


「や。まだ続ける。全然体力は有り余っているし。」


「忍耐強いのはいいことだが、お前の場合はただのやせ我慢だろうに……。」


「そんなことない。ほら、まだ全然元気…と、あ、あれ?」


 そういって少しの間走り回っていたが、迷宮に潜ってからぶっ続けでやっていたせいで相応の体力を消耗していた為、ウルは足元をふらつかせながら地面にへたり込んでしまった。


「そら、いわんこっちゃない。ほら、幸いにも周りに魔物はいないから今のうちに休んどけ。」


「むぅ…。まだ続けたいのに…。」


「慣れないうちから魔力を放出し続けているせいで残存魔力量がかなり減っている。それ以上は身体に毒だ。いいから休んどけ。」


「いつもならこんなに簡単にダウンなんてしないのに……。」


 地面に三角座りしながら顔を半分だけ脚に埋めながら、どことなく不機嫌そうな声音でそう呟くウル。


「それはさっきも言った通り、慣れないうちから大量に魔力を放出し続けたせいだ。」


「でも師匠は魔力切れになってないじゃん。」


「そもそも基礎能力がお前とは圧倒的に違うからな。それにお前と違ってただ魔力を放出させているわけではなく、その場に固定しているお陰で消費魔力も僅かで済ましている。」


「どういうこと?」


「ふむ、そうだな……。」


 どうやって教えたらいいか悩んでいたら丁度俺の身体より少し大きめなサイズの魔物が現れた。


「グルル…。」


「ん、アイツは……。」


「む、魔物か。…丁度いい、こいつを使って説明するとしよう。」


 そう言って俺はその魔物に向かってステステと歩いて行く。


「あ、師匠!そいつは危険な溶解毒が……!」


「グルアア!」


「ふむ。」


 ウルの声よりも早く雄叫びを上げて俺に襲いかかり、何も抵抗をしなかった俺はそのまま噛み付かれてしまった。


「師匠!今助けに……!」


「グルル。」


 そして離してなるものかと更に爪を突き立ててしがみつき、魔物の口の中から何かが垂れてきた。


「あ、あぁ…そんな。師匠…。」


 その様子を確認してウルは何故か地面に項垂れてしまった。


「ふむ、これで良しと。それで、さっきから一体何を一人で騒いでいるのだ?」

 

「だっ、だって。師匠、その垂れている液体って溶解毒じゃ…。」


「ふむ、これがそうなのか。全く、汚いな。何処かで洗い落とさなければならないでは無いか。と、そろそろ離れるか。」


「え……?」


 襲われた体勢から一転して、俺はするりと魔物の拘束から抜け出した。その間、魔物は襲った時と同じ姿勢から全く動くことは無かった。


「大丈夫そうだな。それじゃあ準備も整った事だし、説明を始めるぞ。」


「いや、待って。なんで生きてるの?溶解毒食らったんじゃないの?それに、何アレ。魔物が師匠を襲った姿勢で停止してるんだけど。何か半ば中に浮いてるし…。」


「アレは魔力を固めて固定しただけだ。さっきやっていた指のやつよりも難易度は高いやつだが、まぁ、覚える必要は無い。それにあんな鈍な牙で俺の身体を貫ける訳なかろうに。そんなことよりもさっさと説明するぞ。」


「そんなことって、私にとっては割とすごい事なんだけど。」


「余りグダグダやってるんだったらもう教えんぞ。」


「む〜…分かった。」


「宜しい。じゃあ始めるぞ。まず初めに……。」


 そして実験材料を使って俺は細かな説明を始めた。出来るだけ丁寧に、そして分かりやすく。時には実験材料を試しに穴を空けてみたり。そうして話し始めてから数十分。


「それそろ魔力も少しは回復しただろ。説明したとおりに試してみるといい。」


「ん、師匠の言う通りだと……こんな感じ?」


「ふむ、最初よりかは良くなったが到底実践で使えるものではないな。まだまだ精進が必要だな。」


 元々魔法の才能があったからか、魔力の扱いについては飲み込みが早く、まだまだ不安定ではあるが大分形にはなって来ていた。


「……ふむ、そうだな。それじゃあそのままの状態を維持しつつ、この固定した奴に向けて刺してみろ。なに、失敗しても精々指が折れるかそいつが破裂するかだ。心配いらん。」


「指が折れるのも破裂させるのも普通に嫌なんだけど。まぁ、師匠がそう言うなら……。というかコレまだ生きてるの…?まぁ、いいや。えいっ。」


 そうして説明のために穴だらけになってしまい、最早どういう原型だったのかすら判別不可能なほどの損傷具合である魔物だったものに向けて指を刺した。するとベキッと音を立ててウルの人差し指が折れてしまった。


「痛ったー!」


「ふむ、折れたか。」


「う〜……。」


「ほら、事前に買ってきた回復薬でも飲んどけ。」


 指を折って痛がるウルに向かって、俺は懐から取り出した緑色の液体が入っている小瓶をスっと手渡しそれを飲むように言った。


「ん。」


 受け取ったウルがそれを一息で飲み干した後、見る見るうちに折れた指が元通りになっていった。


「これで良し。」


「ふーむ、軽傷とはいえ、あんた緑色の液体を飲むだけでこうも早く怪我が治るとは。初めて見たが随分と不思議な光景だな。」


 価値観が大森林でだいぶ変わったとはいえ、病や怪我の治療に関しては【再生】を持っている俺は例外として、前世の頃の知識しか知らない俺にとっては新鮮な光景だった。


「ん?師匠は見たこと無かったの?」


「まぁ、少し事情があってな。それよりも続きだ。まだまだ回復薬はあるし、お前の魔力もまだ残っているだろう?」


「えー…。アレ痛いんだけど。」


「お前が教えろとせがんで来たんであろうが。」


「それは、そうだけど……。」


「心配するな。取り敢えず今回はあの物体を貫く事か誤って破裂させるかのどちらかを達成したら終わりにする。」


「今回は……?」


「そうだ。こんなのは最初の段階だからな。もちろん、教えるからには最後まで面倒を見るぞ?中途半端な技は返ってウルを弱くするだけだからな。」


「言いたい事は分かるけど……。」


「はいはい、いいからやる。じゃなきゃいつまでも終わらないぞ。」


「う〜…。」


 そう上手いことウルを言い込めて修行(?)を再開させた。そしてそれから数時間後に終わったが、その代わりにウルは魔物を破裂させて全身返り血で赤く染まってしまったのだった。





「……ふむ。」

----------------------------------------------------------------------

         side???


 同じく迷宮百層にて、遠く離れた場所からあるもの達を暗闇から覗いている影があった。


「‎…首尾はどうだ。」


「はっ。かの者は今百層にて例の者と戯れています。何やら話していますが特にこれと言った動きは無く、こちらにも気付いていない模様。距離が遠いためか音が拾えないこと以外は良好です。」


「そうか。」


「内容を把握出来るようにもう少し近づきますか?」


「いや、そのままの位置で引き続き情報収集を頼む。また、命の危機を感じたら速やかに撤退してくれて構わない。」


「了解しました。引き続き対象を観察します。」


「うむ。何か気になる事が起こったら逐一私に知らせてくれ。どんな些細なことでも構わない。」


「どんな些細なことでもですか…。」


「そうだ。それ程までの重要人物という事だ。君の調べた奴の情報次第によってはこの都市の命運が決まると言っても過言では無い。」


「それ程の大役、俺に務まるでしょうか…?」


「君の実力でダメなら他の誰でも不可能であろう?」


「そうですか…分かりました。それでは何としてでもその任務、達成したいと思います。」


「健闘を祈る。では、頼むぞ。」


「了解しました。」


 そしてその影は暗闇に潜んだまま何処かへと姿を消すのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る