第17話 初めての迷宮

「良し、着いたか。」


「ん。師匠、遅い。」


「少し道に迷ってな。」


 あれから三日経ったので兼ねてより待ち合わせとして約束していた場所の街灯へとやって来た。


「ふむ、どうやら見る限り固有スキルの後遺症は治ったようだな。」


「まぁ、元は師匠が割り込んで来なければなってなかったけどね。」


「うむ、まぁそういう時もある。」


「結果的に助かったから良いけどさ。それより師匠、なんか変わった?」


「おお、気付いたか。いや、流石にあのままではダメだと思ってな。あれから解散したあと伸び過ぎた髪を腰までバッサリ切って一つに結んで、服も探索者仕様にし、身体も清潔にしてきた。これでもう化け物とも変質者とも呼ばれることもなくなるだろう。」


 そう、あのあと俺はヘルベアー討伐の報酬を使い、見た目を綺麗にして普通の人に見えるようにしてきたのだ。会う人会う人に不審な目で見られるのももう懲り懲りだからな。


「確かに変質者みたいだったけど、なんか師匠のオーラが無くなった気がする。」


「なんだ、オーラって。というかお前も変質者だと思っていたのか……やはり身綺麗にしといて良かったと改めて思うな。それはそれとして、着いたは良いがどうやって入るのだ?周りに沢山の人が居てどこに行けばいいか全く分からんぞ。」


 周りを見渡すと出店を開いている人や、楽しく談笑しているもの。いいものでも手に入れたのか少し大きめの袋を大事そうに抱えてホクホク顔をしている探索者らしき人などなど、沢山の数の人で溢れていた。


「ここは迷宮に潜る人達が休憩や食事したり、迷宮に持ち込む為の備品が売っている場所。師匠も寄ることがあるだろうから覚えていた方がいいよ。」


「ふむ、成程。それならば暇があったら巡ってみるとするか。」


「今日は迷宮に潜る為に来たからここはスルーする。とりあえず私に着いてきて。」


「了解した。」


 それから十分ほど歩いて行くと何やら巨大な洞窟に辿り着いた。


「ウルよ、この巨大な洞窟が”迷宮”か?」


「そう、これが”迷宮”。今から潜る為の受付を済ますから師匠も一緒に来て。」


「ここでも受付をするのか。」


「やらなくても何もお咎めは無いけど、そうする事でもし迷宮に取り込まれた時や亡くなった時なんかに誰がそうなったかを把握出来るからね。」


「成程、そういう事なら手早く済まそうでは無いか。」


 そう言って受付の列に並び始めた。しかし思いの外列は長く、三十分ほどかけてようやく受付まで辿り着いた。


「こんにちはウルさん。今日も迷宮に潜りますか?」


「今日は私の師匠が初めて迷宮に潜るからそのための付き添いできた。」


「師匠……?」


「師匠ではない、ただの知り合いなだけだ。」


「えっと、貴方は……。」


「ふむ、自己紹介がまだだったな。俺は道影真斗というものだ。今日は初めて迷宮に潜るためにここに来た。何卒宜しく頼む。」


「はぁ……。」


 ウルが開幕に俺の事を師匠とのたまったので毎度の如く訂正しながら軽く自己紹介をした。何故か受付は不思議そうな表情でこちらを見てきたが。


「えっと、取り敢えず規定の通りに進めますね。それではウルさんはいつも通り登録した後は別室でお願いします。」


「ん、わかった。」


 日常的に行っていることだからか、そのままするするとウルはどこかへ行ってしまった。どこへ行くのか気になって、俺はなんとなしにウルを目線で追っていたら受付から声をかけられた。


「あの、いいですか?」


「む、すまない。それで俺はどうしたらいいんだ?」


「はい。それでは道影さんはこの機器に魔力を流してください。」


「ふむ、これは?」


「コレは魔力を流す事で個人を登録出来る魔道具です。使い方は魔力を流した人が何処に居ても生きていれば名前と共に白く光、死んでしまったら黒く光るという生死の判定をします。ここでは主に迷宮用に使用しています。」


 どうやら生死を判別する魔道具らしい。まあ、そもそも魔道具が何なのかすら知らないが、取り合えず凄いことだけはよくわかる。


「成程……これでいいか?」


「道影真斗、白……はい。これで大丈夫です。そして迷宮から戻られましたらまたこちらにいらして下さい。登録を解除致しますので。」


「自動で解除されないのか?」


「そうですね、生きている場合は本人しか解除出来なくて、死亡判定の場合はこちらで解除することが可能です。またこの魔道具は登録出来る人数が決まっていますので、御手数お掛けしますが解除しにいただければ幸いです。」


「ふむ、そういう事なら了解した。しかし、何とも不思議なものだな。人数制限があるとはいえ、人の生死を判別する道具など、聞いたことも見たことも無い。一体どうやって作られているのだ?」


「申し訳ありません。それについては機密事項となっていますのでこちらからは何も言えません。ただ、この魔道具は結構ありふれているものなので、そこまで貴重なものでは無い、とだけ言っときますね。」


「ありふれているのか……。」


 どうやら俺が凄いと思っていただけで案外そうでもないらしい。流石に作り方などは秘密だったが、こうも常識が違うと改めて異世界に来たんだなと感じる。


「他に質問は御座いますか?」


「ん?ああ、もう無いぞ。」


「それでしたらあちらでウルさんがお待ちですので、どうぞ。」


「そうか。今回は色々説明してくれて助かった、それでは迷宮の後でまた会おう。」


「はい。またお会いしましょう。」




 それから受付に言われた方向に向かって歩いていると、どうやら俺を待っていたのか、迷宮の入り口のど真ん中で仁王立ちしていた。


「どうだった?ちゃんとわかった?」


「うむ。受付の人は初心者の俺に丁寧に教えてくれたらな。それで、これからいよいよ迷宮に潜るのか?」


「うん。でも師匠は初めてだから一層からだけどね。これから潜って取り合えず今日は十層くらいまで進めようと思う。」


「そうか。楽しみだ。」


 そして内心のワクワクを抑えながら俺は迷宮の中に入った。しかし中は思ったよりも明るく、普通に周りの人たちが見えるレベルだ。


「ここが迷宮か。ふむ、意外にも中は明るいな?」


「ん、迷宮は壁に光る苔が生えていて中は日中のように明るくなっている。ここではそれが常識。でもずっと明るいから長時間潜っていると時間間隔が分からなくなるからそこだけ注意。」


「なるほど、それなら遅くならないうちに十層まで行くとするか。」


「師匠ならすぐだよ。」


 そんな感じで道中ウルと雑談しながら周りの人を見習いながら道を進んでいくこと一時間。中は少し入り組んではいたものの、一度も迷うことなく五層まで来たところで俺はあることに気づいてしまった。


「なあ、ここまで来るのに敵が全く見当たらないんだが、一体どうなっているんだ?普通はこう、何かしらは出て来ると思うんだが。」


 そう、敵が一向に現れないのだ。流石におかしいと思い俺はウルに何故でないのかを問いただした。


「それはここにいる人が余りにも多すぎるから敵がリポップしなくなってるだけ。もう百層くらいしたらチラホラ見かけるようになる。」


「あー、そうなのか。じゃあ今日の目標である十層は全く敵が出てこないんだな。ここに来るのにもそう時間はかかってないし、なんか拍子抜けだな。」


「ん、じゃあ予定変更して敵が出て来る百層まで行く?」


「そうだな。流石に初めて潜ってピクニックに来ているだけというのはあまりにも酷過ぎるからな。そうしようではないか。」


 このまま何もしないで帰るのも違う気がしたので、俺はウルの提案に同意した。


「そう。それじゃあ私についてきて。最速で百層まで行くから。まあ、師匠なら行けるよ。」


 そういうや否やウルはスピードで走り出したので、それを俺は見失わないようにウルと同じ速度で走り出す。時折暇つぶしがてら周りを見渡しながら走っていくと気づけば十層に着き、かと思ったらあっという間に追い越して十層と同じ中間地点らしき大広間を二、三度過ぎたことから恐らく三十層くらいは既に踏破していっている。


「おお、これなら多少は早く着くな。」


「……何か師匠、意外と余裕そうだね。結構スピード出てるはずなんだけど…。まあ、師匠なら行けると思ってたけど。」


「ふむ、流石にこれくらいの遅さなら全然追いつけるな。俺的にはもっと早くしてもかまわないんだが。その方が時間短縮になるしな。」


「!そう…それなら本気で走る。今までよりも段違いに速くなるけどいい?」


「そのほうが俺としては助かるが、どれくらい速くなれるんだ?」


「そうだね、流石に師匠でも容易くは追いつけないくらいには…ねッ!」


「おお……。」


 宣言通り先ほどとは比べ物にならないほどの速度でウルは走り出し、一瞬でその場から姿が掻き消えてしまった。


「ふむ……。」


 そのため俺はスキルの気配感知を使いウルの居場所を特定した後、ウルの速度よりも少し早い程度にして走り、ものの数秒でウルに追いついた。


「全く、案内係が消えてどうするのだ。危うく迷ってしまうところだったぞ。」


「ッ⁉いつの間に!?まだ余力は残しているとはいえ、この速度に追いついてこれるの!?」


「む?まだではないか。まあ、あの熊よりかは流石に速いがな。それよりこれがお前の限界か?俺はまだ全然いけるぞ~?」


 初めての迷宮ということもあってか、少しこの状況が楽しくなってしまった俺はそうウルを挑発した。


「……師匠がそういうならもう容赦はしない。スキル、”身体強化”。じゃあね、師匠。」


 俺の挑発が効いたのかウルは身体強化を使い更に速度を上げてまた目の前から消え去った。


「ふむ……まあ、悪くない速さだな。」


「なッ……!?」


 だがそれでも俺の方が速い為、またしてもすぐに追いついてしまった。


「くっ!」


「おっと。」


 速度では敵わないと見たのか、今度は壁や天井までも使って走るという立体的な動きをしてきた。


「ふむ、なかなかいいアトラクションではないか。ますます楽しくなってきたぞ。」


「このっ……!」


 もちろん俺はそれらの動きにも対応して同じ速度でウルの後を追いかける。それに対抗して負けじと距離を離そうとするウル。更に対応して追いかけ続ける俺。いたちごっこのようにお互い、一般人が見たら腰を抜かすほどのとんでもない速度で走りあっていた。


「くっ、どうやっても師匠を撒けない……!」


「ほれほれ、まだまだ遅いぞ~。」


「うぅぅ~……。」


 そんな感じで途中からはもうただの鬼ごっこになり果てていたが、七十層目辺りに着いたときに状況が変わった。


「こうなったらもう最後の手段……!」


「お、まだ何か隠してたのか。どれどれ、一体何が出て来るやら……。」


「私はッ!師匠に!負けないッ!固有スキル、【天上知らずの心ヘブンハート】発動!」


「え、ちょ、お前それ……。」


「はあああああぁぁぁ!」


「あ……。」


 どうやら熱くさせ過ぎたようで、ウルが固有スキルを使ってしまった。その速さは今までのものよりも比較にならないほどになっており、文字通りその姿は普通の人が見たら一筋の黄色い線に見えるだろう。


「少しからかいすぎたか……。」


 固有スキルを使って一気にスキルの気配感知が届く範囲である1㎞を越し、そのまま百層までたどり着かんとする勢いで進むウルを観ながらそう呟く。


「まあ、魔力を込めれば範囲は広がるんだがな………よし、見つけた。」


 そうして俺はスキルの気配感知に魔力を込めて範囲を広げることでウルを見つけ出した。


「よし、行くか。」


 そう言ってウルに追いつくために再度走り直したのだった。その結果―————






「………。」


「あー、何だ。その、すまんな。少しはしゃぎすぎてな。」


 案の定ウルは俺との勝負(?)に負けて、幼女化してしまっていた。


「しかし、見てみろ。こんなにも速く百層に着いたではないか!これでようやく本当の意味で迷宮を探索出来るぞ!」


「………。」


「だから、そう落ち込むな。元気をだせ。ほら、最近買った飴をやるから、な?」


「ししょう、きらいっ!」


「ああ、ほら、そうへそを曲げるな。謝るから。俺が悪かった。だから、この先も案内してくれ。頼む、な?」


「つーん。」


「ふむ、どうしたらいいものか……。」


「ししょうなんて、もうしらない!」


「はぁ………。」


 そんな感じで俺の残りの初の迷宮探索はウルを宥めるのに費やされ、何とか機嫌を直して迷宮から帰ったら史上最速の迷宮の百層踏破者と認定されてしまい、あれよあれよとイベントに巻き込まれ俺が次に迷宮に潜れたのは一月後になってしまったのだった。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━追記:リアルの方が少し忙しくなってしまい更新頻度が遅めとなっておりますので、暇つぶしで観ている方々、どうかご了承して下さると幸いです。


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