第16話 探索者へ

 「少し散らかってるから片すまでに適当に椅子に座って待っててくれ。」


 階段を上った後、俺たちは少し大き目な部屋に案内され、そこで椅子に座るよう勧められたのでおとなしく座って待つことにした。


「どっこらせっと。待たせたな。それじゃ、早速報酬について話したいところだが……取り合えずまずは自己紹介からだな。俺の名前はガイ・カムンド。”深層の組合”のマスターをやっている、最高到達階層七百階層越えの元迷宮探索者だ。よろしくな。ウルはいいとして、え~と、お前さんは……。」


「俺は道影真斗だ。先程言ったようにヘルベアーなるものを単独で討伐したものだ。そして近々迷宮探索者になろうと思っている。こちらこそこちらこそよろしく頼む。」


「道影真斗な、覚えたぜ。しかし、あのウルが何やらお前さんの事を師匠と呼んでいたが、そこんところどうなんだ?」


「それはコイツが勝手に言っているだけだ。」


「ししょう!」


 互いに指をさしながらそう言い合う。


「むっ。」


「む!」


「「……。」」


「……まぁ、余り深くは聞かないことにしよう。で、お前も迷宮探索者になるんだな?元迷宮探索者として色々教えたりして普段なら歓迎するんだが、それはそれとして早速報酬についてだな。ちょっと待ってろ……お、コレコレ。ほらよ。」


「ぬ。」


 お互いに軽く自己紹介をした後、早速報酬についての話が始まり、ガイが机の中をガサゴソし始めたと思ったらいきなり大きな袋を渡された。


「そいつが今回真斗に支払われる報酬の5000万レナーだ。」


「随分と軽く渡すな…それに管理の仕方も雑……誰かに取られる心配は無いのか……?」


「細かいことは気にすんな!それにああ見えて五つの承認魔法がかかってるから奪われる心配は無い。仮にそこを突破しても一つ目が突破された時点で俺に伝わる様に設定されているから誰も奪いに来んよ。」


 そういいながら、ガッハッハ!とガイは豪快に笑った。


「何故そう言い切れる?5000万レナーは結構な大金ではないか。欲に目がくらんだ者がいないとも限らんぞ。」


 しかし真斗としては疑問に思ったのか、そう質問した。


「何故って、ここにあるものに手を出したら七百階層越えの俺に付け狙われるんだぞ?いくら大金だからってそこまでリスクを侵すものはいない。それに迷宮探索者になれば命の危険はあるが決して稼げない額ではないからな。」


「ふむ……何度も聞いてきたが、そこまで到達階層がここでは重要視されるのだな。一種の付与価値みたいなものなのか?」


「付与価値って……まあ、あながち間違ってないがよ。……あー、真斗はこの都市に来るのは初めてか?」


 真斗の質問に渋い顔をしながらガイはそう聞いた。


「そうだな。何分、ずっと俗世から離れて暮らしてきたものだから、この都市については分からないことだらけだ。」


「そうか、それなら俺がこの都市について軽く教えてやる。」


「頼む。」


「おう、任せとけ。とはいっても、領主様やここまで案内したであろうウルが大体説明してると思うけどな。」


「大丈夫だ。領主のみならず、そこで寝ている幼女にも文字通り何も聞かされていないからな。一から説明してもらっても構わない、というかしてくれ。」


 横で気持ちよさそうに寝ているケモ耳幼女を見てため息を吐きながら真斗はそういった。


「お、おう。そういうことなら色々説明するぜ。にしても領主様は忙しいからわかるが、本当にコイツは……。」


 同じく寝ている幼女を見てため息を吐くガイ。


「まあ、仕方ない。それじゃあ早速説明するぞ。まずこの迷宮都市についてだが、何故”迷宮都市”と呼ばれているか分かるか?」


「文字通り”迷宮”があるからではないのか?」


 真斗はそう答えた。


「そう、迷宮があるからだ。だから迷宮都市。シンプルな名前だろ?で、ここ迷宮都市では主に三つの層に人口が分けられている。一つがこの都市の運営や法などを管理している領主様や経済を回している商人といった権力者たち。二つ目がこの都市で普通に暮らしている一般人。そして言わずもがな三つ目が俺たち迷宮探索者だ。この三つの層が上手くかみ合ってこの都市は成り立っている。」


「ふむふむ。」


「そしてこの都市の名前にもなった”迷宮”は五大魔境のうちの一つとして数えられる。流石に知ってるだろ?五大魔境のことは。」


「うむ。」


「そうか、じゃあそこは省くとして、その五大魔境のうち迷宮だけは唯一俺たち人類がこうして管理している。いつからかはさすがに知らんがな。」


「それは凄いな。」


 五大魔境の一つを管理しているという話に真斗は素直にそう思った。


「だろ?それで、迷宮は全部で千階層あって、それぞれの踏破階層で組合を四つに分けている。」


「ふむ……ウルが言っていたが、ここが一番大きい組合で、なんでも三百層以上専門の所だとか。」


「そうだな、ここは”深層の組合”といって一番上の組合だな。その下が”上層の組合”で、”中層の組合”、”低層の組合”と下がっていく。それぞれ三百層以上、百五十層以上、五十層以上、一層以上を専門としているんだが……。」


 階層の話になった途端に、ガイは顔を俯かせ声を窄めていった。


「どうした?どこか具合でも悪いのか?」


「いや、千階層もあるってのにウルみたいな一部を除いて三百層以上が最前線になっている現状にちょっと、な。」


「まあ、確かにそうだな。そう考えると五百階層を単独で踏破しているウルと、七百階層を踏破したガイは凄かったわけか。あんな顔になっていたのも納得した」


「そうだな。わかってくれたようで何よりだ。他にも色々と説明したいが、ここで暮らしていくといずれはわかることだから割愛させてもらうとして、話をとばしてここからが大事なんだが、この迷宮都市にはいくつかルールがある。迷宮探索者志望のお前には必須だからちゃんと聞いとけよ?」


「ふむ、相分かった。」


「よし、それじゃあ言うぞ。ルールは主に三つあって、一つが”奴隷の売り買い、または使用を禁ずる”というものだ。これは過去に起きたある事件をもとに新たに設定されたルールだな。詳しいことは都市の図書館で歴史書を見ればわかるからそこで見るといい。」


「ふむ、暇があったら見てみるとしよう。」


「そうか。それじゃ二つ目だが、”殺人を犯してはならない”というものだ。まあどこの国や都市でもそうだが、特にここでは迷宮絡みの人材不足な点からみて最も重い罪に科せられる。」


「最も重い罪だと?それは一体なんだ?」


「それは三つ目のルールと重なるんだが、迷宮に食わせることだ。」


「迷宮に食わせる?」

 

「そうだ。最後の三つめは”迷宮を攻略しようとするな”だが、敢えてそのルールを破らせることで迷宮に食ってもらう。と、まあこんな感じだな。どうだ、少しはこの都市について分かったか?」


「何となくは分かったが、最後の迷宮を攻略するなとはどういうことだ?攻略しようとすると何が起きるというんだ?」


「ああ、それは………。」


「ながい!もうはなしおわる!」


 ガイが話そうとしたら突然起き出して来たウルに話の流れをぶった斬られた。


「なんだ、起きたのか。今丁度いい所だからもう少し寝てても良かったんだが。」


「ながすぎ!はやくわたしにしゅぎょうさせて!」


「あぁ、もう。なけなしの服を引っ張るな。というかまだ言ってるのか……。」


 ギャーギャー言いながらそうまくし立てて真斗に迫るウルを、まだ師弟関係について認めてない真斗はうんざりしながらもボロボロの服から引き剥がそうとする。


「あー、なんだ。少し話しすぎたか。仕方ないがこの話はまた今度とするか。その代わりと言ってはなんだがこの都市の地図を渡すからそれを使って暇があったらまたここに来てくれ。それと迷宮探索者になるならここでも出来るから下の受付で済ませてこい。ついでにウルはヘルベアーの報酬をそこで受け取って来い。さて、つい話し込んでしまったがお前たちの要件はこれで終わりだ。」


 そう言ってガイはこの都市について大雑把に書かれた地図を真斗に渡して話を締めくくった。


「はぁ、分かった。聞けなかったのは残念だったが地図を見てまた来るとしよう。今度は一人で。」


「ししょうがいくならわたしもいく!」


「お前は着いてこんでいい!あぁ、ガイ。今日は助かった。お陰でこの都市のことを知れた。感謝する。また何かあったらその時は宜しく頼む。」


「おう、何時でも頼ってくれ!」


「ししょう!いく!」


「だーっ、本当に鬱陶しいわ!」


 騒がしくしながらも二人は階段を降りて行った。






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「……はい、どうぞ。これであなたも迷宮探索者の一員です。」


「うむ……して、これは?」


 早速ガイに言われたとおりに受付に行き探索者になりたいことを伝えたら少し待つように言われ、そのあといきなり白のカードを受付から渡された。


「迷宮探索者であることを示すものです。そのカードの色は階層ごとに分けられていて、上から順に黒、灰色、緑、白となっています。道影さんはまだ迷宮に入っていない初心者なので白からです。それと失くされたりした場合は別途料金が掛かりますのでご注意ください。」


「これが……。」


「これでししょうもわたしとおなじたんさくしゃ。」


 そういってウルは黒のカードを自慢げに真斗に見せびらかしながら言った。


「ほう、やはりウルは一番上の黒か。」


「ししょうもすぐなれる。」


「ふむ、それじゃあ黒にするためにも早速迷宮に行くか。」


「わかった。」


「少し待っていただけますか?」


 そしてカードを黒にするべく迷宮に向けて歩き出そうとしたら受付の方から静止の声がかかった


「ん?どうかしたか?」


「いえ、道影さんはギルマスからの頼みでカードを渡せと言われたので実力はあるのでしょうが、迷宮に関しては初心者なので出来れば経験者の方と行った方がよろしいかと思いまして。一層とはいえ、下手をするとそこでも死にかねませんから。」


 どうやら最初の一層でも死ぬ危険があるようで、親切心から俺みたいな初心者は経験者を連れて行ったほうがいいと忠告してきた


「ふむ、確かに一理あるな。しかし経験者というのはここにいるウルではダメなのか?」


「確かにウルさんは経験者ですが今のウルさんは幼女化していて本来の力の大半を失ってしまっているので、戦力としては数えることが出来ないんです。」


「そうなのか。」


 どうやら今のウルは本来の力を幾らか失っているようで、戦力にならないらしい。


「ふむ、では他の人についてきてもらうか。」


 俺一人でも問題はないのだが、余計なことはしたくないので大人しく一緒に迷宮に潜ってくれる人を探そうとしたら横から声をかけられた。


「どうやらお困りのようだな。」


「ん?お前は確か……あー、何と言ったらいいか……。」


「そういや名前を言ってなかったな。俺の名前はソーマ・ジークムントだ!」


 そう元気よく話しかけてきたのは先ほど俺が壁にめり込ませてしまった人で、どうやらソーマというらしい。


「ソーマというのか。先ほどは済まなかったな。力加減を間違えてつい壁にめり込ませてしまった。」


「いや、ついでめり込ませてんじゃねえよ…じゃなくて、チラッと話を聞いたんだがどうやら初めて迷宮に潜るための連れが必要なようだな?」


「うむ。ウルが行けないことによりほかの宛を探していたところだ。」


「その宛、俺が担当してやるよ!」


「ソーマがか?」


「おう。さっきはあっけなくやられちまったが、こう見えても俺は三百層を超えているから経験者としてはうってつけだぜ?」


「ふむ…。」


 どうやら話を聞いていたらしく、ソーマ自ら付き添いを提案してきた。


「何か企みでもあるのか?余りにも俺にとって都合がよすぎる。」


 先ほどやられたことの復讐として提案してきたのではないかと俺は疑った。


「企みっつー程じゃないが、俺を一撃でノックアウトしたあの強さを肌で感じて、お前についていくことでもしかしたら何か得られるものがあるんじゃないかと思ってな。」


「特にこれといって得られるものはないと思うが……まあ、その様な理由ならば構わないか。」


「良しっ、それじゃあ早速……。」


「だめ。ししょうはわたしといっしょにいく。」


 探していた同行者があっけなく見つかり、上手く話がまとまった所で今度こそ出発しようとしたら次はウルから静止の声がかかった。


「しかし、今のお前では戦力外らしいではないか。」


「みっかたてばもとにもどるからそれまでまってて。」


「三日か……。」


「わたしいがいのひとといったらもとにもどったときにそのひとがどうなってることかわからないよ?」


「……どうにかならんか?


「ならない。まつ。」


「はあ……。」


 頑なに俺と行くことを主張して、あろうことか一緒に行かなかったら俺と行ったものに何らかの危害を加えるようなことを仄めかすではないか。短い間だが、こいつの頑固さを考えるに本気で実行しかねない怖さがあるな。


「なあ、そこの嬢ちゃん。一体何を言ってるのかわからないが、ここはお兄さんに譲ってくれないか?その後にでも一緒に行けば良いだろうしさ。な?」


「がいやはだまってて、わたしよりよわいくせに。」


「いやいや、流石に幼女に負ける程俺は落ちぶれてねぇよ。」


「ん、試してみる?」


「ほう、俺相手にそこまで強気で来るか。いいぜ、そこまで言うならやってやろうじゃねぇか。」


「かかってこい。」


「おっしゃ、行くぜ……。」


「まあまあまあ、ここは引いとけよソーマ。」


 ウルが煽ったせいでいきなりどっちが強いのかという話になり、あわや激突寸前という所で横から三人ほどの人が止めに入ってきた。


「あん?ちょっ、邪魔すんじゃねぇ……。」


「いいからいいから。」


「おい、離せって!おい!」


「それじゃ、失礼しました。」


「……。」


「……。」


「……待つか。」


「それがいい。」


 そういってソーマを羽交い締めされながら去っていって行くのを見送りながら、三日くらい大した事じゃないと思考を放棄して待つ事にした。

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