第11話 ついた先で

「ふむ、相変わらずこの森は虫系統の魔物が多いな。敵うはずもなかろうに一目散に俺の所に飛び込んでくる。しかし、身体強化の修行をしていた時はこんなに出くわすこともなかったのだが……。む。」


 またしても一匹こちらに飛んできたのでそのまま道すがらはたき落とした。虫は抵抗する間もなくベチャッと音を立てて地面のシミになった。既に真斗の後ろには同じ末路を辿った虫の死骸で道が出来ていた。


「むぅ、流石に鬱陶しくなってきたぞ。あの時は一体どうしていたものか……こうか?」


 その時一斉に森がざわめき、次の瞬間には虫の大群が真斗に向かって押し寄せて来た。


「む?違ったか。面倒な……仕方ない、全部片付けるか。」


 どうやらやり方を間違えてしまったらしく、逆に虫を引き寄せてしまったようだ。


 真斗は気だるげにしながらも効率よく虫をはたき落としていき全滅させた。それを都合三回繰り返してようやく感覚を掴んだらしく、次第に真斗に虫が寄って来る数が減った。


(おい、何をしている!?)


「む、この声はエイベルか。さっきぶりだな、何か用か?」


(何か用ではない!お前の魔力の波動がこちらにまで届いているのだ!一体何と出会ったらそんなに魔力を発することになるのだ!)


「虫だ。」


(は?虫?)


「迷宮に向かっている道中、どうも俺に虫が寄ってくるのでな。鬱陶しくて敵わんから何とかしようとして、身体強化の修行中は寄ってこなかったからその時の事を試していたのだ。今ようやくコツを掴んだところでな、寄ってくる虫の数が減り始めた。」


(なんと人騒がせな……。はぁ、言い忘れていたというか、別にお前のことだから言わなくても大丈夫だと思ったが。虫が寄ってくる度にこうも騒がれては堪ったものでないからな、一応説明しておくか…。)


「頼む。しかしお前は人じゃないだろう?」


(やかましい。人でも神獣でも意味は同じだ。それで、虫系統の魔物が何故お前に反応したか分かるか?)


「ふむ、エイベルの反応を見るに魔力か?」


(そうだ。虫系統の魔物は主に魔力に反応する。そしてお前のその膨大な魔力に無意識に引き寄せられてるのだ。だから無意識に垂れ流しているその魔力を内に留めることが出来れば、魔力が漏れることも無くなり虫に感知されなくなる。気配を消すことに近いな。)。


「成程、さっきまでは留めるのではなく発していたからな。全体に均一に行き渡らせるのではなく留めればいいのか……こうか?」


 そういうや否や真斗の存在感が消え始めた。


(私でも感知出来ないのだが……死んだか?)


「生きとるわ。しかし、これは使えるな……いいことを聞いた、感謝する。これでまた俺は一つ強くなれそうだ。」


(強くさせるために教えた訳では無いのだが、仕方ない。必要な事だったと目を瞑るか……。)


「この方法を使えば迷宮に行く道中、もう虫が寄ってくることも無さそうだ。助かったぞ。」


(何度も同じ事をされては敵わんからな。もうあんな事を起こすなよ。)


「ふむ、わかった。用はそれだけか?」


(私にとっては十分大事な事だったのだが、まあそれだけだ。)


「そうか。では今度こそ行ってくる。」


(もうやらかすなよ。)


「俺はやらかした覚えは無いんだがな、まあ出来る限り気を付けることにしよう。」


(自覚無しとは一番タチが悪いな……。)


 会話をそこそこにおえて、それから真斗は今度こそ迷宮を目指して歩き始めた―――――。






 それから一週間程掛けてあの頃に流された川まで辿り着いた。


「懐かしいな、思えばここが分岐点だった。俺があの時魚に食われ川に流されてなければ、今頃は人里でのんびりと暮らしていたのかも知れないのか…。いや、逆に死なない事に絶望して自暴自棄になっていたかもしれんな。まぁ、今では詮無きことか。」


 if《もしかしたら》の出来事なんて考えても仕方ないと、頭を降ってその思考を追い出しつつ、ふと流される原因になった魚を思い出した。


「……当時は逆に食われたが、今なら食えるだろうな。ふむ、休憩ついでに大森林から出れる祝いであの時のリベンジをさせてもらおうか。」


 そう言って服を脱ぎ、川に入り込んだ。


「ずっと思ってたことだが、髪の色だけは再生しないんだな……。まあ、今となってはこちらの方が馴染んでいるが、不思議なことだ。」


 水面に映る自分の足元まで白く伸びた髪を見て何の気なしに呟く。何故再生しないのかはわからないが、もう気にすることでもないと早速魚を探し始めた。


 「ふむ、あの時俺が食われた魚が見当たらんな。流石に年数が経ち過ぎたか?仕方ない、血を流すか。」


 ざっと見渡す限りあの魚が見当たらないので軽く自分の指を切って川に垂らした。


「前は返り血を流していたら来たんだったな。これなら絶滅していない限り来るはずだ。」


 しかしいくら待っても魚は来ることはなく、気づいたら日が暮れていた。


「やはり絶滅したのか……。この俺相手に勝ち逃げするとは、全く何というやつらだ。仕方ない、今日はここで野宿か。もう少し先に進みたかったんだが、夜の森は暗く見えづらい上に、万が一別の方向に進んでしまったら称号があろうと迷ってしまうからな。」


 一人嘆きつつもその晩は大人しく寝る事にした。そこから更に歩くこと数日―――――






「ここが迷宮か?にしては分厚い壁があるが……。」


 俺は森を抜け、ようやく辿り着いたと思ったら目の前には大きく聳え立つ壁があった。そしてその中に多くの気配を感じ取れた。


「これはどう考えても人工物に見えるが……もしかして人が住んでいる?まさか道を間違えたか……。」


 疑問に思いつつもその壁に沿って歩いていたら中に入れるであろう門を見つけたので、そのまま中に入ろうとしたらその場所を守っているであろう人達を見つけた。


「おおっ、六千年ぶりに見る人だ!」


 随分久しぶりに人を見た事もあって俺はテンションが上がっていた。


「済まない、少し聞きたいことがあるのだが。」


 少し緊張しつつも話しかけてみたが、こちらに気付いていないのか無視された。


「おーい、聞いているか?返事をしてくれると助かるんだが……。」


 何度も呼び掛けてみるが一向に返事が帰って来ない。目の前まで近付いても何故か気付いてくれない。


「むぅ、何故だ?何か無視されるようなことをしたか?しかし、俺はここに来たばっかだしなぁ……あっ。」


 ふと自分が気配を消している事に気づき、慌ててそれを解除した。


「ふぅ、これで気付いてくれる……」


「ッ!だれ……だ……あ、ああぁ……。」


「ひっ、ばっ……化け物……。」


「は…ず…?」


 気付いてもらおうと解除したら先程話しかけてみた人達が青い顔をしてへたりこんでしまった。


「ど、どうした?何かあったのか?」


 突然の出来事に俺は一体何が起こったのか分からなかった。どうする事も出来ず慌てていると、こちらに急速に接近してくる何者かの気配を感じ取った。


「そこで何をしている!化け物めッ!」


 馬に乗って現れたのは少し華美に着飾った何処か地位のありそうな人間だった。


「化け物って……俺はただこの中に入りたいくて。」


 いきなり化け物呼ばわりされて困惑しつつも俺は素直に質問に答えた。


「この中に入って何をするつもりだ!まさか住民を皆殺しにするんじゃないだろうな!?」


「いや、迷宮に行くだけなんだが。ここにあると聞いてな、是非入ってみようと。というか皆殺しって……そんな事をする様に見えるか?」


 迷宮目当てで意気揚々と森から出て来たのに、名も知らぬ者にいきなり殺人鬼呼ばわりされては堪ったものではない。そんな意味を込めて呆れた様に俺は答えた。


「こんなに膨大な魔力を漂わせていて何を抜かすか!そんな見え透いた嘘など私には通用せんぞ!」


「ふむ、俺の魔力が原因だったか。それなら少し待っててくれ、すぐに消す。」


 どうやら俺の魔力が原因だった様で、それならとエイベルに教わった事を思い出しながら、魔力を内側に留めて身体から魔力が漏れないようにした。


「なっ!?き、消えた!?」


「む?気配も消してしまったか。……ふぅ。」


「いきなり現れただと!?この魔力、やはり只者では無いな……皆、戦闘の体勢を……!」


「む、魔力も漏れてしまったか。調整が難しいな……すまんが、もう少しだけ待ってもらいたい。なるべく早く済ます。」


 どうやら魔力と共に気配も消してしまっている様で、未だに警戒されていることが分かる。なるべく早くコツを掴んで疑いを晴らさねば。


「……。」


「なっ!?また消え……。」


「ふぅ……。」


「また現れて……!?」


「……。」


「き、消え、」


「ふぅ……。」


「現れて……。」


「……。」


「……。」


「ふぅ……。」


「……。」


 そんな感じで何度も繰り返し、そして遂に俺は、


「……これでどうだ?」


「ああ、うむ。魔力は感じ取れなくなったぞ…。」


「ふむ、ようやくか。済まないな、コツを掴むのに少し時間が掛かってしまってな。しかし、これでちゃんと話せる様になった筈だ。それで、話を続けていいだろうか?」


 ようやく魔力だけ消して気配は消さない事に成功し、なるべく相手を刺激しない様に声を和らげながら話を続けてもいいかを聞く。


「……この都市に何しに来た。」


 魔力を消した甲斐があってか、まだ警戒はされているものの、先程よりも幾分か落ち着いた声で質問してきた。


「先程も言ったように迷宮目当てでここに来た。勿論、住民に危害を加えようという意思は無い。しかし逆に危害を加えられたらその限りでは無いこともまた分かって欲しい。」


「迷宮探索者希望か、それならそうと早く言えば良いものを……。」


「そちらが勝手に勘違いしたのが先であろうが。人のことを化け物呼ばわりしたのを忘れたとは言わせんぞ。」


「それは……済まなかった。しかし、お前のその膨大な魔力と、その、随分な見た目をしていたのでな、思わず……。」


 言葉を濁し、遠慮がちな目を向けられた俺は、自身が着ているボロボロな服や髪を見て思わず苦笑してしまった。


「魔力は兎も角、見た目についてはどうもな……こればかりは俺にはどうする事も出来ず、放置してたのだ。精々伸びた髪を切るか水に入って汚れを落とすくらいで、服については毎回ボロボロになる上に作り方すらわからんからな。」


「……色々聞きたいことはあるが、とりあえずは納得した。それで、ここを通るためには通行税がかかるが、お金は持っているのか?」


 色々言いたいことは呑み込んでその男は俺に対し、通行税を払えと言ってくる。


「何?通行税がかかるのか。参ったな、お金なんぞ持ってないぞ……。」


 しかし、長年森で暮らしてきた俺にはお金は疎か、この世界の貨幣なんて知る由もなかったので途方に暮れてしまった。


「払えないならば通す事は出来ないが……。」


「ふむ、生憎手持ちが無いものでな。何か別の方法はないだろうか?」


「別の方法か……。」


 せめてこの世界の貨幣についてくらいエイベルに聞いておけば良かったか。いや、あいつもずっと森暮らしだったから知らないか?


「ふむ、そうだな。それなら何か魔物を狩ってこい。それらをこちらが買い取る事でお金が得られる筈だ。それで得たお金で通行税を払ってくれればいい。迷宮探索者希望なら魔物の一匹や二匹、楽に狩れるだろう?」


「そうか、助かる。では早速狩ってくるとしよう。」


 どうやら魔物を狩ればお金が手に入るらしい。そのため俺は着いたばっかりだが森に逆戻りし始めた。


「待て、何処へ行くつもりだ?その方向は五大魔境の一つ、大森林だぞ?死ぬつもりか?」


「ふむ?魔物を狩れば良いのだろう?それならば丁度良いでは無いか。何、日が暮れるまでには帰ってくる。それまでは待ってもらいたい。ではな。」


「あ、おい!」


 静止する声を無視しながら俺は来た道を戻って行った。






「何だったんだ、一体……。」


 嵐の様にやって来ては一人大森林に向かっていった謎の者に困惑しながら男は呟くのだった。

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