第6話 真相

出てきたのは、見知らぬ男だった。

黒い帽子をかぶり、サングラスをかけている。

服は、なぜかレインコートを着ている。

どう見ても怪しい男だ。

その男はこう言った。


「裕也さんの代理の方ですか?」


「は、はい。そうです……」


「どうぞ、お入りください」


俺は部屋に入った。

この男は誰だろう?

俺が裕也ではないことは分かっているようだった。

なにせ、「代理」という言葉を使っていたからだ。


部屋は、やはり、空き家であった。

家具は何一つなく、フローリングがむき出しになっている。


男は、帽子を脱ぎ、サングラスを外した。

まったく見たことのない顔だ。

男も、まじまじと俺の顔を見る。

そして、口調を変えて俺にこう聞いてきた。


「俺が誰だか、分かるか?」


「……いえ、分かりません……」


「そうだな、俺もお前が誰だか、分からねぇ」


男はそう言って笑うと、部屋の奥に向かって声をかけた。


「知らねぇ男だ。俺のことも知らねぇみたいだ」


奥から出てきたのは……

なんと、沙紀だった!


携帯の写真でしか見たことがなかった沙紀。

ついに、本人と会うことができた!

写真以上に美しい女性であった。

俺は血が騒いだ。

しかし、この流れからして、俺が沙紀と付き合う流れにはならないだろう。

今日、こうして沙紀を一目見れただけでも良しとしよう。


沙紀は俺のことをじろじろ見て、そして、こう言った。


「このメール、あんたが書いたの?」


携帯を開いて、俺に画面を突き付けた。

俺が送ったメールが表示されている。


「……あ、はい……」


「あんた……誰? 裕也の知り合い? なんで裕也の携帯持ってんの?」


俺の口は何かを伝えようと動いたが、まともな言葉を発することができなかった。


「まあいいわ。で、何が望み? カネ?」


沙紀が何を言っているのか、まったく理解できなかった。

俺はようやく言葉を発した。


「……裕也さんが亡くなっていることを……」


「なに? 復讐しにきたの? あんた、裕也の親族? それとも友達?」


沙紀の言っている内容が、まったく頭に入ってこなかった。


「だいたい、なんであんたが裕也の携帯、持っているのさ?」


「……拾いました……」


「拾った? もしそれが本当なら、普通は警察に届けるでしょ?」


「……」


俺は何も言えなかった。

まったくその通りだ。

他人の携帯を拾ったのだから、届けるべきだったのだ。


「あなた、何者? なんで私たちのことを知っているの?」


「……」


過去のメールを読み漁って関係を調べた、なんて恥ずかしくて言えなかった。


「まずは、これを説明してちょうだい」


そう言って、沙紀はあるメールを俺に見せてきた。

『沙紀~ 俺は元気だよ!!』

最初に、俺がなりすまして送ったメールだ。


「死んでいるはずの裕也からメールが返ってくるなんておかしいじゃない」


「そうそう、そのメールのせいで、俺が仕事をしなかったって疑われたんだからな」


男も話に入ってきた。


「俺は、裕也の死体を山の中に埋めるつもりで運んでいたんだ。なのに、沙紀から、裕也が生きている、なんて連絡が来るもんだから俺は焦ったよ。見たくもない死体を確認することになったし……まあ、ちゃんと裕也は死んでいたけどな。沙紀はなかなか信じてくれなかった」


俺は、背筋が凍った。

この男が裕也を殺したのか?


「沙紀が、裕也が死んだことがはっきり分かるようにしてほしい、なんて言うもんだから、わざわざ死体が発見されるように、俺は行きつけのマリーナに裕也の死体を移動させたんだよ。まったく、手間をとらせやがって……」


たしかに、ニュースでは、裕也の遺体はマリーナで発見されたと報じていた。

この男が遺棄したのか……

沙紀は、さらに問いただしてきた。


「なんであんたは、私たちの動きを知っていたの?」


逆だ。

俺は、そんなこと、まったく知るよしもなかったのだ。


「このメールなんて、ホラーでしょ」


沙紀はそう言って、メールの画面を突き付けてきた。

そこにはやはり、俺が送ったメールが表示されていた。


『今、コースケと一緒にいるよ』


これは、過去のメールやアドレス帳を見て考えた作り話だった。

裕也をリアルに演じるために、適当に書いた嘘であった。


「コースケが裕也の死体を運んでいる時に、裕也からこんなメールが来るなんて、下手なホラー映画より、よっぽど怖いわ」


ん?

目の前にいる男がコースケなのか。

コースケが裕也の死体を運んでいる最中に、俺はこのメールを送っていた、ということなのか……


「あんたは何者なの? なんで私たちのことをここまで知っているの?」


違う!

俺は何も知らなかった。

俺はただ、裕也になりすまして、メールのやり取りを楽しんでいただけだ。


沙紀は、さらに別のメールを見せてきた。


『沙紀が旅行に行った理由、分かったよ』


これは、沙紀は裕也からの束縛から逃れるために旅行に出た、そう思って書いたものだった。


「私がアリバイを作るために旅行に行き、その間に、コースケが裕也を殺す。なぜあんたがそれを知っていたのか謎だったけど、もう、そんなこと、どうでもいいわね……」


沙紀はそう言うと、コースケに目配せした。

コースケは、懐から刃物を取り出すと、俺に襲い掛かってきた。


「おまえはいろいろ知り過ぎなんだよ」


まずい!

殺される!!


玄関の方にはコースケと沙紀が立っているので、そちらには逃げられない。

となると……

窓だ!


俺は窓を開け、ベランダに出た。

コースケが追いかけてくる。


俺はベランダに出ると、そこに落ちていた小さなほうきを、つっかえ棒にして、引き戸が開かないようにした。

これでしばらく時間が稼げる!


俺はベランダから下を見た。ここは5階だ。飛び降りたら命はないだろう……

振り返ると、コースケが戸を開けようと悪戦苦闘している。

まずい。

早くなんとかしないと……


ベランダには、赤黒いシミがあり、それが不気味だった。

だが、今はそんなことを考えている場合ではない。

そうだ、警察に連絡しよう。


俺はポケットから携帯を取り出した。

裕也の携帯だ。

この際、誰の携帯でもいい。

とにかく、警察に来てもらおう。


俺は、携帯を開き、通報しようとボタンを押し始めた……


と、同時に、後ろからガタン! と大きな物音がし、引き戸が開いた。

間に合わなかった……


俺の背中に、深々と刃物が突き立てられた。

俺は激痛のあまり、手に持っていた裕也の携帯を、ベランダの下に落としてしまう。


カサッ


携帯は、街路樹の枝に当たって落ちていったようだ。


俺はコースケに、部屋の中に引きずり戻された。


「裕也もこうやって、ベランダから逃げようとした。裕也とおまえ、まったく同じ死に方だな」


コースケはそう言って笑うと、刃物を今度は俺の腹部に刺してきた。

なんでこんなことになったんだろう……

落ちてきた携帯を拾って、おもしろ半分で持ち主になりすまして、メールをしていただけだったのに……

その興味本位な行動が、こんなにも高くつくことになるとは……


薄れゆく意識の中で、俺は死を悟った。


* * * * * * *


並木通マンションの近くの道路を、一人の男が歩いていた。


目の前に携帯電話が落ちてきた。

拾ってみると、傷はついているものの、ちゃんと動作しており、画面には「11」の文字が表示されている。


警察に届けようか、それとも……


《終》

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なりすましの恋 神楽堂 @haiho_

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