第5話 告白

過去の裕也のメールを読み返しているうちに、俺は沙紀が急に旅行に出た理由が想像できた。

沙紀は、裕也からの束縛から逃れるために、裕也に黙って長期の旅行に出たのだろう。


裕也のメールは、沙紀の行動をいろいろ指図するものが多かったが、俺が書くメールは、沙紀の話に共感する内容で書くことがほとんどだ。

それで、裕也が優しくなったように思えたのだろう。


俺は沙紀にメールした。

「沙紀が旅行に行った理由、分かったよ」


さすがに、返信はなかった。

それはそうだろう。

束縛から逃れるため、なんて本人が言えるはずがない。


そろそろ潮時だ。

いずれ、携帯の料金が未納になって、使用が止められるだろう。

今のうちに、沙紀に真実を打ち明けよう。

裕也は亡くなっている。

そのことを沙紀はまだ知らない。

いつまでも騙し続けるのは心苦しい。

そう決意した時、沙紀からの返信が来た。


「明日、帰るね。並木通マンション505号室で13時に会いましょう」


そうか、ついに帰ってくるのか。


俺は、本物の沙紀に会いたいと思っていた。

それが叶うのだ。

そして、本物の沙紀に面と向かって真実を伝え、俺の恋心も伝える。

沙紀は、恋人の死にショックを受けるだろう。

そして、俺の姿を見て、沙紀はきっと、がっかりするだろう。

それでもいい。

俺のバーチャルな恋愛は、明日で終わる。



ところで、並木通マンションってどこだ?

そこは裕也、あるいは沙紀の家なのか?

もしそうであれば、裕也の部屋で、または、私の部屋で会いましょう、と書いてくるはず。

このマンションは、2人にとって、どういう存在なのだろうか?


そんなことは、沙紀とは縁を切ることになる俺にとっては、もはやどうでもいいことなのかも知れない。


翌日、俺は並木通マンションの前にやって来た。

なんと! ここは俺が裕也の携帯を拾った場所だった。

裕也は窓から携帯を落として、俺に拾われたということか。


俺は、マンションに入った。

が、様子がおかしい。

すべての部屋が空室なのだ。

もうじき、取り壊されるマンションなのかもしれない。

廊下などの共用部には、たくさんの埃やゴミが溜まっている。

俺は、階段で5階まで上った。


505号室。

ここだ。

この階も、だれも住んでいる気配がない。

表札も付けられていない。


俺はチャイムを鳴らした。

玄関のドアを開いて出てきたのは……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る