第4話 持ち主は……

結局、この日も持ち主の裕也の動きはなかった。

俺は沙紀とのメールを一日中楽しんでいた。

沙紀は、俺を裕也であるとすっかり信じているようだ。


しかし、いつかはバレる。

俺は、それを回避するために、メールやアドレス帳を見て裕也についての知識を増やすことにした。


どうやら、「コースケ」という友人がいるらしい。

メールにリアリティを持たせようと、本文にこう書いてみた。


「今、コースケと一緒にいるよ」


しかし、沙紀からの返信を見て、俺は後悔した。


「え? コースケと一緒にいるの? ホント?」


まずい……

どうやら、裕也が今、コースケと一緒にいると辻褄が合わないらしい。

余計な事をして墓穴を掘ってしまったようだ……


「いや、さっきまで一緒にいたんだ。ちょっと疲れたから、もう寝るね。沙紀、おやすみ」


メールを送った俺は、電源を切った。

ちょっと調子に乗り過ぎたようだった。

こういう、スリルを楽しもうとするところが俺の欠点だ。

ついつい、余計なことをしてしまう……


次の日も、沙紀とのメールを楽しんだ。

だんだん情が移ってきて、俺は本気で沙紀のことが好きになってしまった。

そして、沙紀の方も、


「裕也、優しくなったね!」


などと書いてくるようになった。

本物の裕也は束縛系であり、メールでもあれをするな、これをするなと、うるさいことをたくさん書いていたようだった。


俺は、そういうのは嫌いなタイプなので、沙紀のメールの内容に共感するような返信を続けていたのだった。

俺が偽物だとバレてしまうかな? とも思ったが、俺の人格でメールをして、沙紀に好意を寄せられるということは、それは俺自身が認められたように思えてきて、それはそれで自信につながった。


そんなことをぼんやりと考えながら、俺はテレビのニュースを見ていた。


「本日、〇〇マリーナで男性の遺体が発見されました。佐々木裕也さん、24歳。遺体には、刺された跡があり、殺されてから海中に投棄されたものとみて、警察は捜査本部を設置……」


なんと! 携帯の持ち主、佐々木裕也は殺されていたのか……

どうりで、本人が探しに来ないわけだ。

沙紀は裕也の死を知っているのだろうか?


しかし、沙紀からは普通にメールが来た。

沙紀は遠いところに旅行に行っているので、こちらで起きた殺人事件のニュースは放送されていないようだった。

いずれは、沙紀も真相を知ることになるだろう。

沙紀は、死んだはずの裕也とメールをしていたことになってしまう。


俺は、その後も沙紀とのメールを続けていた。

自意識過剰と言われてしまうかも知れないが、本物の裕也よりも、俺の方を沙紀は気に入っている。そんな気がしてきた。


そもそも、本物の裕也は死んでしまっている。

俺が裕也の代わりに、沙紀の新しい彼氏になりたい。

そんな妄想すら抱いてしまう。

もちろん、それは叶わぬ願いだ。

裕也とは似ても似つかない俺の姿を見れば、沙紀はショックを受け、幻滅するであろう。

しかし、俺は沙紀とのバーチャルな恋愛にすっかりはまってしまっていた……


沙紀はメールで、今の裕也は優しくて大好き、なんて言ってくれる。

その愛のささやきが、ダメ人間である俺の自己肯定感を上げてくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る