第2話 他人の私生活

背徳感に襲われつつも、人の人生を覗き見るのは、なんだかワクワクしてしまう。

俺自身、人生がうまくいっておらず、やぶれかぶれな気持ちになっていたこともあり、他人の人生はどうなっているのか、知りたい衝動にかられてしまったのだ。



持ち主の名前は、「佐々木裕也ささきゆうや」であった。

そして、頻繁にメールをやり取りしている相手は、「沙紀さき」という女性であった。

沙紀と思われる女性の写真がたくさん、保存されていた。

とてもかわいらしい女性で、俺は写真を見て一目惚れしてしまった。

こんな彼女がいる裕也がうらやましい……


保存されている写真の中には、自撮りでのツーショット写真もあり、佐々木裕也がどのような風貌をしているのかも分かった。

俺とは正反対の、日に焼けたスポーツマンタイプで、筋肉質で体格もよい感じであった。

どうやら、マリンスポーツの道具を販売するショップで働いているようだ。


それに比べて、俺は色白で貧弱、就職活動もうまくいっていない、典型的なダメ人間であった。

ついさっきも、就職の面接を受けてきたところだった。

手応えは芳しくなかった。おそらく、今回も落とされるだろう。


俺は、自分の人生に絶望していた。

そんな状況で、他人の携帯を拾ってしまった。

中のデータなんて見なければいいのに、自暴自棄になっていた俺は、こうしてリア充の携帯を見てしまい、自分と比べて落ち込むという悪循環にはまってしまった。


俺は、喫茶店を出た。


このまま、携帯を警察に届けに行こうかとも思ったが、かわいい彼女がいて、しっかり働いている裕也という人物に嫉妬した俺は、なんとなく届けに行くのが嫌になった。


俺は拾った携帯を家に持ち帰り、メールを片っ端から読んでいった。

この裕也という人物、そして、彼女と思われる沙紀について、その交際関係がおぼろげに分かってきた。


まず、裕也には親も兄弟もおらず、一人暮らしをしているようだ。

裕也は沙紀に対して、熱烈な好意を寄せており、メールの文面からは恐さすら感じた。

相手を束縛しようとする感じも見受けられ、だんだん、沙紀がかわいそうにも思えてきた。


しつこい男性は嫌われるものだ。

しかし、沙紀は沙紀で、そんな束縛してくる裕也のことをちゃんと相手にしており、これはこれで交際として成り立っているようであった。


俺は面白くなかった。

こんな束縛男なんかより、俺の方がいい交際ができるのではないか、と考えてしまう。

まあ、彼女もおらず、仕事にも就けず、他人の携帯をこうやってのぞき見している俺に、そんな資格はないわけだが……


今頃、持ち主の裕也は何をしているのだろう?

俺だったら、まずは別の電話から自分の携帯に電話をかけ、着信音を鳴らして探したりするのだが、この携帯は一向に鳴る気配がなかった。

ということは、裕也は携帯を落としたことにまだ気付いていないのだろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る