第18話 お昼ご飯と魔力量

 森を抜けて草原に出ると、少し安心して体の力が抜ける。やっぱり視界が良くなくて、どこから魔物が襲ってくるか分からないというのは疲れるのだ。草原は視界が開けているので、森の中よりも気持ちが楽だ。


「最初の依頼は完璧だね」

「うん。リラのおかげだよ、ありがと」

「こちらこそありがとう」


 リラはにっこりと笑みを浮かべて右手を差し出したので、俺はその手をとって自然な笑みを返す。リラとならこれから上手くやっていけそうだな。


「そういえば、さっき魅了を使って魔力ってどう? かなり減った?」

「うーん、全く減ってない気がする」


 もしかしたら俺の魔力って無限なのかな……ずっと魅了のパッシブスキルが発動していて、さらにあんなに多くのゴブリンに対して魅了を発動したのに、全く減ってないんだから。


「じゃあリョータの魔力量は気にしなくて良いね。魔力がなくなることはないって思っておくよ」

「それで良いと思う。リラの魔力量は?」

「私もかなり多いから……さっきの魔法を百回ぐらい使ったら、さすがに残りの魔力量は少なくなるかな」

「それは相当多いな」

「休めば回復するし、私も魔力がなくなることはほとんどないよ」


 改めて、俺とリラのコンビって凄いよな。二人とも魔力が尽きないほどにあって、レベル十の魅了とレベル六の火魔法のスキル持ち。魔物からしたら絶対に近づきたくない危険パーティーだろう。


「じゃあリョータ、少し早いけどお昼にする?」

「そうだな。たくさん動いたしお腹空いたよ」


 魔物を倒した後に食欲なんて湧かないと思ってたけど、リラが一瞬で消し炭にしてしまったので、そんな心配はいらなかった。


「お昼ってどういうとこで食べるのが普通?」

「そうだね……岩とかがあれば座って食べることもあるけど、基本的には魔物を警戒するために立ったまま急いで食べる感じかな。地面に座ると植物で視界が遮られるから、よっぽど疲れてる時以外はしないよ」


 立ったままなのか……確かに草原の植物は意外と背が高いから、座ったら視界が遮られることは明白だ。魔物が突然襲ってきたとしても、座ってたら動き出しが遅れるだろう。


「あとは森の中よりも草原、草原よりも荒野って感じで、できる限り遠くまで見渡せる場所を選ぶかな。まあ近くにいくつもの環境があればの話だけど」

「了解。じゃあ今日はこの草原で立って警戒したまま、食事にするってことだな」

「そういうこと。さっそく食べちゃおうか」


 リラはそう言って鞄からベーグルを三つ取り出してくれた。二つは俺のだ。俺はまだ鞄を手に入れていないので、今日だけはリラに食事を預けておいた。


「いただきます」


 無意識にその言葉が出て美味しそうなベーグルにかぶりつくと、リラに不思議そうな表情を向けられた。


「食事の前に感謝をするのがリョータの国の習慣なの?」

「……あっ、いただきますって言葉?」

「そう。さっき言ってたから」

「いただきますって、リラにはどんなふうに聞こえてる?」


 この国にはない言葉がどうなるのかによって、言葉が通じる不思議な力を検証できるかもしれない。そう思ってそんな質問をすると、リラは首を傾げながら口を開いた。


「どんなふうに聞こえてるって、そのままだよ? 食事に感謝をって言ってたでしょ?」


 おおっ、そんなふうに聞こえてたのか。ということは、この国にはない言葉はそれと似た意味の言葉に翻訳? 通訳? されるってことなのかもしれない。


「いただきます。食事に感謝を。――この二つの言葉って同じだった?」

「もちろん同じだけど……」

「そっか、ありがと。俺にとっては違う言葉を言ってたんだけど、この国に適切な単語がないと、その単語を説明する文章としてリラ達には伝わるみたいだ」


 めちゃくちゃ不思議な現象だよな……日本でもこの能力が欲しい。これがあれば世界中どこにいっても言葉で困ることなんて無くなるのに。

 というか改めて、こんなに便利な力を与えてくれる存在がいるなら、早く地球に帰してくれ。


「そんなことが起きてたんだ。改めて不思議な力だよね。意思疎通に支障がないのはありがたいけど」

「本当にありがたいよ」


 これでもし言葉が通じなかったらって想像したら、俺は発狂してた気がする。なぜか俺に近づいてくる人間はおかしくなって、俺は何もしてないのに睨まれて責められて、その上で相手の言ってることは何一つ分からなかったらもう泣く。人目も憚らず泣きまくって途方に暮れてた想像しかできない。


 言葉は通じてること、リラに会えたこと、厄介だけど冒険者としては役立つスキルだったこと。この辺で少しは、突然異世界に来たというマイナスを打ち消してるのかもしれないな。

 まあマイナスが大きすぎて、これだけでは打ち消し切るのなんて無理だけど。


「それにしても、このベーグル美味しいな」


 俺は暗いことを考えるのは止めようと切り替えて、美味しいベーグルに意識を向けた。少し硬いけど噛めば噛むほど甘味が出てきて、凄く食べ応えがあって美味しい。


「でしょう? 私のお気に入りなんだ」

「これはまた買いたいかも」

「ふふっ、安いし持ち運びやすいし、そのうち飽きたーっていうほど食べることになるよ」

「それは……ちょっと嫌だな」


 やっぱりどんなに美味しいものでも、食べ過ぎると飽きるのだ。前にめちゃくちゃハマったお菓子があって、毎日何個も消費して一生飽きないと思ってたけど、結局は一ヶ月ぐらいで飽きてそれから三年は食べなかった。


「まあたくさん種類もあるし、味を変えれば大丈夫だと思うよ」

「そっか。それなら次はベリーにしてみるよ」

「うん! ベリーは一番のおすすめだよ」


 それからもそんな話をしつつ魔物を警戒しながら休憩して、スラくんにはゴブリンの魔石を一つあげて、ユニーには草原の植物を食事にしてもらった。

 そして全員がお腹を満たしたところで、今日はもう街に戻ることになった。

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