心を強く

 一花と雅が部屋を出ていくと、私は萌奈が来るまでの間スマホで紫音と撮った写真を眺めていた。


(紫音。私に勇気をちょうだい)


 愛しい人とのこれまでの思い出を胸に刻みながら、私は萌奈に立ち向かう勇気を貯めていく。


 それから少しすると、扉をノックしてから萌奈が部屋へと入ってきた。


「こんばんは、白玖乃」


「こんばんは」


 いつもと変わらない様子で部屋へと入ってきた萌奈は、私の向かい側に座ると、ニコニコしながら私のことを見てくる。


「それで?話って何かな?てか、何で白玖乃が寮にいるの?」


「話は紫音のことについて。私がここにいる理由は、萌奈が一番よく分かってるでしょ」


 そう。私がここにいる理由を萌奈が知らないわけがない。

 だって、彼女がわざと私に紫音とキスをするところを見せつけ、私たちを引き離そうとしたのだから。


「あは。そうだね。その反応を見るに、全部知ってるんだ」


 私が彼女の言葉にこくりと頷くと、萌奈は何が面白いのか分からないが、尚も笑いながら話を続ける。

 しかし、その態度が逆に私を冷静にさせてくれた。


「何で私を呼んでまで無理やりキスしたの」


「それはもちろん紫音と白玖乃を別れさせるためだよ。そうしたら、私が紫音の彼女になるんだ」


「私はそんなこと許可してない」


「でも、チャンスをくれたのは白玖乃だよね?なら、そのチャンスを私がどう使おうが、それは私の自由じゃない?」


「自分勝手すぎる」


 私が何を言っても、萌奈は自分が悪くないと思っているのか、反省している様子は全くなかった。


(この様子だと、紫音が近づくなって言ったのもあまり意味がなさそう)


 彼女の変わらぬ態度を見る限り…いや、むしろ開き直っているため、彼女が紫音に言われた通り態度を改める可能性があるようには見えなかった。


「正直に言う。二度と紫音に近づかないで。私たちにこれ以上関わってこないで」


 私がそう言うと、さっきまで笑っていた萌奈の顔が変わる。まるで表情が抜け落ちたかのように真顔になると、今度は憎しみの困った瞳で私のことを睨んできた。


「は?なに彼女面してるわけ?私が紫音の彼女になるんだよ。だから私の紫音を返してくれないかな。もう満足したでしょ?良い夢見れたよね?いい加減私に返せよ」


 あまりの気迫に身震いするが、ここで負けてはダメだと自分を鼓舞すると、私も萌奈を見返しながら言葉を返す。


「私が紫音の彼女だから。紫音が選んだのはあなたじゃなくて私なの。返すとか以前の話だよ。萌奈こそこれ以上、紫音に執着しないで。迷惑だから」


 私が紫音の彼女であることや、紫音が私を彼女として選んだことを聞いた萌奈は、自身の爪を噛みながらあからさまにイラついていた。


「だから萌奈。これ以上、私の紫音に近づかないで」


「お前のじゃない!!」


 萌奈は紫音を私のと言った瞬間、ついに耐えきれなくなったのか感情を爆発させた。


「お前のじゃない。紫音は私のだ。私が紫音の彼女だ。お前は私から紫音を借りてるだけ。だから返して。返してよ!」


 彼女の異常なまでの紫音に対する愛情に、私は少し怯むが、ここで「はい、あげます」なんてことは言えない。


 私にも紫音の彼女としての意地がある。絶対に誰も渡したくないと言う思いもある。

 なら、いくら怖くても、その感情を言葉にして紫音を守らなければならない。


「さっきも言ったけどあなたのじゃない。紫音は私のだよ。返すも何もない。だから萌奈と紫音が付き合うことは一生ない。いい加減諦めて」


 萌奈は私の言葉を聞くと、俯いて肩を振るわせる。もしかしたら泣いているのかもしれないと思ったが、ここで優しくすれば全てが無意味になる。


 それに、彼女には紫音にいろいろされたせいで、もう萌奈に優しくすることもできそうになかった。


「…ふ、ふふ。ふふふふ。あははは!」


 すると突然、泣いているのかと思っていた萌奈が急に顔を上げると、上を見上げながら笑い出した。


 私は何だか嫌な予感がして、すぐにスマホで一花たちを呼ぼうとするが、その前に私は萌奈に押し倒されて上へと跨られる。


「お前さえ。お前さえいなければ…」


 萌奈はそう言いながら私の首に両手を押し付けると、そのままギュッと握り締めてくる。


「やめ…て…」


「お前がいなくなれば。紫音は私を…」


 萌奈は私の声が聞こえていないのか、虚な目をしながらそんなことを呟き続ける。


 首にあてがわれた手はどんどんしまっていき、呼吸が苦しくなって意識が朦朧としてくる。


(死に…たくない。紫音…)


 私はこのまま死んでしまうかもしれないという恐怖と、紫音にもう二度と会えなくなるという悲しみで涙が溢れてくる。


「し、おん…」


 だんだんと意識が薄れ、ついに死を覚悟した瞬間…


「白玖乃!…っ。お前!!」


 部屋の扉を開けて誰かが入ってくると、そのまま私の首を絞めていた萌奈を殴り飛ばした。


「ごほっ、ごほっ」


 私は絞められていた手が離れたことで呼吸ができるようになり、咽せながら酸素を体に取り込んでいく。


「しっかりして!白玖乃…!」


「し、おん?」


「白玖乃!よっかた。間に合った!」


 私を助けてくれたのは、ここにいるはずのない愛しい彼女で、珍しく涙を流している大切な人だった。


 私はゆっくりと呼吸を整えていき周りを見ると、扉付近には一花と雅がおり、壁際には殴り飛ばされて頬を抑えながらこちらを見ている萌奈がいた。


「白玖乃。ここで待ってて。一花、雅。扉閉めて」


 紫音は一花と雅に扉を閉めるように言った後、私をベットを背にして座らせ、怒りを滲ませた表情で萌奈の方へと近づく。


「萌奈。お前!」


「ち、違う。私はこんなことするつもりじゃ」


「何が違うんだよ!私の大切な白玖乃にこんな事して、ただで済むと思うなよ!」


「ま…って、紫音」


 紫音が何をするつもりなのかは分からないが、彼女がこれ以上誰かを傷つける姿を見たくなかった私は、急いで彼女を止めた。


「今回だけは、許してあげて。萌奈の表情を…見るに、本当にわざとじゃ無いんだと思う。ただ、感情的になっちゃっただけ…」


「でも!そのせいで白玖乃が死にかけたんだよ!」


「うん。だからもちろん許す気はない。萌奈」


「な、なに…」


「少しでも罪悪感があるのなら、これ以上、私たちに関わらないで。一生」


 これは彼女に対する罰だ。このことを公にすれば、萌奈は社会的に生きていけなくなる。それはあまりにも可哀想だったので、これを機に二度と私たちに近づかないようにしてもらおうと思った。


 それによくある話だけど、本当に罪悪感がある人は、罪に対してきちんと裁かれるよりも、更に情けをかけられた方が辛いという。


 だから私も、萌奈の表情から彼女が罪悪感を感じていると判断し、彼女には罪の意識をずっと抱えて生きてもらおうと思った。


 そうすれば、二度と彼女は私たちに近づいてくることはないだろうから。


「わ、わかった。二度と近づかない」


「なら、もう出ていって」


「ご、ごめんね。白玖乃。本当に、ごめん」


 萌奈は私に向かって何度も謝ると、一花と雅の間を通って部屋を出ていく。


 二人も私のことを心配している様子だったが、今は紫音と二人にした方が良いと判断したのか、また後で来ると言って部屋を出ていった。


「紫音。抱きしめて…」


「わかった」


 そして私は、会いたかった愛しい人の名前を呼ぶと、彼女に優しく抱きしめてもらう。


 本当はすぐにでも聞きたいことや話したいことはたくさんあったが、それよりも今は、生きてまた紫音に会えたことが嬉しくて、しばらく私は彼女に甘えるのであった。






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