喧嘩

 お昼休みに紫音から用事があるから一緒に帰れないと言われた私は、一花と雅の三人で帰路についていた。


「紫音。急にようがあるって言ってたけどどうしたんだろうな」


「白玖乃は何か聞いてない?」


「多分、萌奈に呼ばれたんだと思う」


 私がそう言うと、一花と雅は歩みを止めて私の方を見てくる。

 二人の様子が気になった私は、振り返って二人のことを見ると、一花と雅はいつになく真剣な表情をしていた。


「なに?どうかしたの?」


「白玖乃。それってどういうことかしら。なぜ紫音と萌奈が二人であっているの?」


「あ。実はね…」


 私は二人に、今日の朝に萌奈から言われた話をした。


 萌奈が紫音のことを好きなこと。でも私と付き合っているから、諦めるため最後に告白だけして終わりたいと言っていたこと。


 私がそんな萌奈に同情してしまい、そのチャンスを与えたこと。


 私の話を聞いた二人だったが、ここで言葉を返して来たのは意外にも一花の方だった。


「白玖乃。それはありえない。やっちゃダメだよ」


「…え?」


「確かに萌奈の気持ちも大切だけど、白玖乃は紫音の彼女だろ?なら、そんな事は許可するべきじゃない。白玖乃は自分が彼女だからそんな事はしないでって止めるべきだった」


「…そうね。白玖乃、それは優しさではないわ。振られると分かっているのにチャンスを与えるのは相手を余計に傷つけるだけよ。いえ、むしろチャンスを与える事自体が相手を馬鹿にしているように見えるわ」


 二人に言われた言葉に、私は何も言い返すことができない。

 確かに、気持ちを伝えて振られることで、気持ちにけりをつけることもできるかもしれないが、彼女である私がそれを許可するのは、相手を馬鹿にしているように見えなくもない。


「私はただ、告白して振られたら気持ちも楽になるかもと思って…」


「えぇ。私たちも白玖乃に悪意があったとか、わざとそうしたとは思っていないわ。ただ、彼女としての独占欲を持って欲しいの。誰にもチャンスを与えず隙も与えない。決して自分たちの間には誰も入れないし入れない。そんな強い感情がなければ、気づいた時には紫音が誰かに取られるかもしれないわ」


「そんな。紫音が私を捨てるわけ…」


「無いと言い切れる?彼女はとても明るくて気遣いもできる。それに優しいし容姿も整っているわ。

 今は女子校だから女の子しかいないけれど、大学や社会に出たら男の人もいるのよ。

 そうしたら、周りが紫音を放っておくわけないじゃない?それは白玖乃が一番よく分かっているんじゃないかしら」


 雅の言う通り、紫音は恋人贔屓無しに見ても魅力的な女の子だ。

 人と仲良くなるのも上手だから、今後はさらに多くの人が彼女の近くに集まってくるだろう。そうなった時、彼女は果たして私のことを見続けてくれるのだろうか。


「それに、萌奈のことだけどね。紫音にはもう話してあるのだけど、なんだか嫌な予感がするのよ」


「どういうこと?」


「昨日、白玖乃たちと別れたあのあと、私と一花が萌奈と帰っていた時、私からもあなたたちのことを説明したのよ。

 その時に彼女も分かったと言っていたのだけど、私たちと別れる時に彼女が笑っているのを見たのよね」


「笑ってた?」


「えぇ。あれは何というか、紫音に並々ならぬ感情を抱いているように感じたわ」


 雅の話を聞いて、だんだん私が自分の行動に不安を感じて来た時、スマホに通知があった。


 私はスマホの画面を確認すると、それは萌奈からのメッセージで、『告白するのが不安だから、近くで見守っていて欲しい』というものだった。


 場所は私も知らない空き教室だったが、雅の話を聞いて胸騒ぎがした私は、二人に先に帰るように言って全力で走った。


「まぁ、あんな風には言ったけど、紫音が白玖乃を捨てるとかありえないことよね」


「だよな。紫音の白玖乃に対する愛は以上だから、離れる可能性があるとすれば白玖乃からだろうね」


 雅と一花は、走り去っていく白玖乃を眺めながら、そんな事を話していた。


 雅たちと分かれてから教室についた私は、萌奈に悪いと思いながらも扉を開けると、そこには萌奈とキスをしている紫音の姿があった。


(そんな。紫音が…私以外とキスを…)


 萌奈はすぐに唇を離すと、じっと私の方を見てくる。紫音も彼女の視線につられてこちらを見ると、小さく声を漏らして絶望したような表情をしていた。


 キスをしていたという事は、もしかしたら紫音が萌奈の告白を受け入れたのかもしれない。そんな可能性が頭をよぎった私は、自然と涙が流れてしまい、この場にいることに耐えきれず走り出した。


「まって!白玖乃…!」


 後ろから私を呼び止める紫音の声が聞こえたが、今は彼女に会いたくなかったため、逃げるように走り続けた。





「ここは…」


 気がつくと私は、屋上に続く踊り場まで来ており、もはやどこにも逃げることができなかった。


 無意識に走っていたとはいえ、まさかこんなところに来るなんてと思わなくも無いが、ずっと走っていたことで疲れた私は、壁に寄りかかりながら座り込む。


 そして膝お抱えると、またさっきの光景を思い出してしまって涙が止まらなかった。


「…紫音」


 本当に私は彼女に捨てられてしまったのだろうか。これから紫音とどうやって接していけば良いのか…いや、それ以前に彼女に捨てられた私は、果たして一人で生きていけるのだろうか。


「こんなことならチャンスなんてあげるんじゃなかった…」


 今更後悔しても遅いが、それでも自分のおごりのせいでこうなったのだと思うと、どうしても立ち直れそうには無かった。


「白玖乃!!」


 私が後悔と自責で感情がぐちゃぐちゃになっていると、私を追いかけて来たらしい紫音がこちらに近づこうとしていた。


「来ないで!」


 しかし、私が思わず彼女のことを拒否してしまうと、紫音は歩みを止めて近づいてこようとはしない。


「白玖乃…さっきのは誤解なんだ」


「誤解?なにが?萌奈に告白されてキスをしたのなら、誤解も何もないでしょ!」


 私の言葉に紫音はぐっと黙り込むと、今にも泣き出してしまいそうなほどに表情を歪めてしまう。


「なんで追いかけて来たの。萌奈と付き合うから私に別れ話をするため?それなら必要ない。さっきのを見せられて理解したから。お願いだからこれ以上私を惨めにさせないで!もう帰ってよ!!」


 本当はこんな事を言いたいわけではないし、もしかしたら本当に何か理由があるのかも知れない。


 それでも、好きな人が他の子とキスをしていたのが許せなくて、私は感情のままに非難の言葉を彼女にぶつけてしまう。


「ごめん、白玖乃。本当にごめんね。私…帰るね。ただこれだけは聞いて欲しい。私が好きなのは白玖乃だけだから…。ご飯作って待ってるね…」


 紫音は最後にそういうと、一人で階段を下りて帰ってしまう。

 私は彼女にキツく当たってしまった事を後悔しながらも、今は紫音を追いかける勇気が出なかった。





 紫音が帰った後、私はどうすることもできずに屋上の踊り場に座ったままだった。


 このままアパートに帰れば、私はまた紫音を傷つけてしまうかもしれない。

 しかし、他に帰るところもないのでどうしようかと迷っていると、ゆっくりと階段を上ってくる足音が聞こえた。


 誰だろうと思い顔を上げると、そこには安堵した表情の雅が立っていた。


「まだここにいたのね」


「雅。どうしてここに…」


「話はあとでするから、とりあえず帰りましょう」


「でも、紫音が…」


「分かってるわ。だから今日は私の部屋に泊まりなさい。アパートの管理人の人には多分、紫音が話をしてくれると思うから、気にする事ないわ。ほら、早く行くわよ」


「…わかった」


 雅に手を貸してもらった私は、ゆっくりと立ち上がると、ふらふらしながら歩き出す。


「ごめんなさいね。今は手を離さない方がよさそうだから、私で悪いけど我慢してね」


 雅は私のことを気遣ってか、力無く歩く私が階段から落ちないように支えてくれる。


 その後も雅に気を遣ってもらいながら歩き続けた私は、初めて紫音と離れて寮に泊まるのであった。





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