最悪のタイミング side紫音

 教室に入って自分の席に荷物を置くと、私は白玖乃が来るのを待つ。


 いつもなら私と白玖乃が一花たちのもとへ向かうのだが、今日は二人ともまだ来ていないため、私が自分の席で白玖乃のことを待っていた。


 しかし、いくら待っても白玖乃が来る様子はなく、気になった私は彼女の席の方へと視線を向ける。


(萌奈と白玖乃?)


 私の視界に入ってきたのは、萌奈と白玖乃が二人で話をしているところだった。


(心配だな…)


 昨日のことがあったため、私は萌奈が白玖乃に何かしないか心配になる。

 ただ、萌奈も転校してきたばかりだが、話してみて悪い子ではないと感じているので、とりあえずは様子を見てみる。


 すると、話が終わったのか萌奈は教室を出ていこうとし、それに続いて白玖乃も扉の方へと向かう。


 場所を変えて話をするのであれば、万が一の可能性もあるため、私もついて行こうと思い席を立とうとした時、こちらを見ていた白玖乃と目があった。


(大丈夫…か。わかった)


 彼女が今は自分に任せるように言っていた気がしたので、私は白玖乃が教室を出ていくのを見送った。


(白玖乃はいつも私のことを信じてくれてるんだし、私も彼女を信じないと!)


 それから少しすると、一花と雅が二人で教室へと入ってきた。


「おはよー、紫音」


「おはよう、紫音。…あら?白玖乃は?」


 雅はいつもいるはずの白玖乃がいない事が気になったのか、教室内をぐるっと見渡す。


「ちょっと萌奈と話があるみたいで、さっき二人で出て行ったよ」


「そう…」


 雅は何か気になる事があるのか、考え込むように顎に手を当てると、しばらく黙ってしまう。


 そして、考えがまとまったのか顔を上げると、真剣な表情で私のことを見てきた。


「あのね、紫音。これは私の勘なのだけれど、萌奈には注意した方がいいかもしれないわ」


「え…なんで?」


 雅の言っている事が理解できなかった私は、思わず聞き返してしまう。


「なんて説明したら良いのか分からないのだけれど、何となく嫌な予感がするのよ。

 もちろん私の思い過ごしかもしれないけれど、とにかく彼女には注意した方がいいと思うわ」


 私としては、萌奈は話しやすくて明るい子だし、私と白玖乃が付き合っていることを話した時もすぐに理解してくれた。


(でも、雅がそう思うってことは、何かあるのかもしれない…)


 人を疑いながら付き合っていくのは嫌なのだが、私は萌奈よりも雅のことを信じているし、何より万が一の時に白玖乃を守れなければそっちの方がもっと嫌だった。


「わかった。雅を信じるよ」


「ありがとう。私も少し気をつけて見てみるわ」


「なんか分からないけど、うちも協力するよ!」


「ありがとう、一花」


 私たちの間で話が終わると、ちょうどタイミングよく白玖乃たちが帰ってきた。


「おかえり、白玖乃」


「ただいま」


「おはよう!みんな!」


「おはよ、萌奈!」


 一花に続いて私と雅も萌奈に挨拶をすると、ちょうどチャイムが鳴ったので各々席へと戻る。


「ねぇ、紫音」


「なに?」


 自分の席に座って桜井先生が来るのを待っていると、後ろに座っている萌奈に声をかけられた。


「今日、少しだけ時間をもらえない?二人で話したいの」


「二人で?でも白玖乃が…」


「わかってるよ。さっき白玖乃にも許可は貰ってるから心配しないで」


「…わかった」


(これはあとで白玖乃に聞いた方がいいかも)


 さっき雅に言われたことや、萌奈が昨日の件があるにも関わらず二人きりになろうとしてくることに疑問を感じた私は、まずは白玖乃と萌奈がどんな話をしたのかを聞くことに決めた。





 朝のホームルームが終わると、私はすぐに白玖乃のもとへと向かう。


「白玖乃。ちょっと聞きたい事があるんだけど」


「どうしたの?」


 萌奈がどこにいるのかチラッと確認すると、どうやら他の人と話しているようだった。


「一花。少しだけ萌奈から私たちが見えないように立ってもらえる?」


「おーけー」


 一花にお願いして私と萌奈の間に立ち塞がるように立ってもらい、私はその間に白玖乃の耳元に口を寄せて聞きたかったことを尋ねる。


「さっき、萌奈から二人きりで話したいって言われたんだ。

 それで、白玖乃には許可を貰ったって言ってたんだけど、それは本当?」


「うん。どうしても紫音に話したい事があるからって言われた」


(なるほど。ならあれは嘘じゃなかったのか。なら、やっぱり雅の考えすぎとか?)


「なら、どんな話かは聞いてる?」


「ごめん。聞いてるけど、それは私からは言えない。萌奈にとって凄く大切な話だから」


「わかった。あとは私に任せて」


「うん。お願い」


 どんな話をされるのかはまだ分からないが、とりあえず萌奈が嘘をついているというわけではない事が分かったため、話を聞いてから判断することにした。


「一花、ありがとう」


「あいよー」


 その後、すぐに一時間目の授業が始まる時間になったため、白玖乃と一花に「またあとで」と伝えて自分の席へと戻る。


「萌奈。さっきの件だけど、いつ?」


「放課後でもいい?」


「いいよ」


「ありがとう!先に帰らないでね!」


「ふふ。わかってるよ」


 放課後に萌奈と二人で会う約束をした私は、何があっても良いように、心の準備をしておくのであった。





 放課後になってしばらく経つと、教室にはほとんど人がいなくなった。


 白玖乃にはお昼の時に一緒に帰れないことを伝えているため、申し訳ないと思いながらも先に帰ってもらった。


「お待たせ、紫音!私たちも行こうか!」


「うん」


 カバンを持って席を立つと、私は萌奈に連れられて教室を出ていく。


 廊下にはまだ他のクラスの生徒が残っていたが、彼女はその人たちを避けながらどんどん人気のないところに歩いていく。


 そして辿り着いたのは、私も来た事がないような校舎の端にある空き教室だった。


(おかしい。なんで転校してきたばかりの萌奈がこんな所を知ってるの…)


「ここ、先生も忘れてるのか鍵か掛けられてないんだよね」


 萌奈はそう言うと、扉を開けて中へと入っていく。私も続いて中に入るが、何故だか不安が拭えなかった。


「それで、話って?」


「そんなに焦らないで?まずはカバンでも置こうよ」


 萌奈はそう言うと、近くに置かれた机の上にカバンを置いたので、私も横にあった机にカバンを置く。


「うんうん。それでね?私の話なんだけど。私ね?紫音のことが好きなの。だから付き合ってほしいなぁって」


(なんだろう。告白されてるのかな?でも、言葉がなんかおかしい…)


 彼女の言葉には、何故か自信と私たちが付き合うことを疑っていないように感じられた。私はそのことに疑問を持ちながらも、まずは自身の気持ちをしっかりと伝える。


「気持ちは嬉しいけどごめんね。昨日も言ったけど、私は白玖乃と付き合ってるの。だから萌奈とは付き合えない」


「…ふふ。ふふふふ。分かってる。もちろん分かってるよ。紫音がどれだけ白玖乃が大好きで大切にしているのか。全部分かってる。でもね?その上で言ってるんだ。私と付き合ってって」


 萌奈はそう言うと、私の方へ近づいてくる。私は距離を取るために一歩ずつ下がっていくが、壁に背中が当たって下がれなくなった。


 それでも萌奈が歩みを止めることはなく、ついに私の目の前までやってくる。


「私ね?ずっと紫音のことが好きだったの。文化祭の時に紫音のことを初めて見たあの日。私は運命の恋をしたんだ。整った容姿に明るい性格。そして誰にでも優しいそんなあなたが好きになったの。あの時は文化祭に遊びにきた一人の部外者だったけど…今は違う。同じ学校の同じクラスに通う同級生。ようやく私の恋が実ると思ったのに…」


 萌奈はそこで言葉を切ると、下を向いてから鋭い目つきで睨みつけてくる。


「なんで他の人と付き合ってるわけ!!私じゃない他の人と付き合うなんて!そんなの許せるわけない!!」


「…じゃあ、萌奈が転校してきた理由って」


「そうだよ。紫音に会いたくて転校してきたんだ。友達になって、付き合って幸せになるはずだったのに」


 萌奈は悔しそうに唇を噛むと、今度は笑いながら私の手に自身の手を絡めてくる。


「でも。それはもう良いんだ。今付き合っている人がいても、最終的に私と付き合ってくれれば良いの。それに、白玖乃にも告白をする許しは貰ってるし、チャンスは有効活用しないとね」


 萌奈はそう言うと、私が逃げないように体を寄せて固定してくる。私はなんとか逃げようと思ったが、彼女の狂気に当てられて上手く逃げ出すことができない。

 そして、萌奈は少しだけ背伸びをすると、私の唇に自身の唇を重ねてくる。


「んっ!!…何して!!」


 萌奈はすぐに唇を離して一歩下がると、私のことではなく入り口の方を見ていた。

 彼女の視線の先が気になった私は、彼女が見ている方へと顔を向ける。


「…ぁ」


 するとそこには、呆然としながらこちらを見ている白玖乃がおり、さっきのキスを見られていたことがすぐに分かった。


「…っ!」


 白玖乃は少ししてポロポロと涙を流すと、何も言わずに走り去ってしまう。


「まって!白玖乃…!」


 すぐに白玖乃を追いかけようとしたが、萌奈に後ろから腕を掴まれ、私は追いかけることができなかった。


「ふふ。見られちゃったね。これで白玖乃と別れやすくなったでしょ?だから私と付き合おうよ」


 早く白玖乃を追いかけたいのに、萌奈が腕を掴んで離してくれない。それに、白玖乃以外が私の唇に触れたことで嫌悪感と気持ち悪さが込み上げてきて、私は感情を抑えきれなくなる。


(気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い)



「紫音?早く私と付き合うって言ってよ」


「気持ち悪い!」


「…え?」


「気持ち悪いんだよ!わーはあんだのことなんかこれっぽっちも好きじゃない!触るな!近づくな!わーに触れて良いのは白玖乃だけだ!何勝手に唇さ触れてんだよ!おだつなよ!さっさとこの手ぇ離せ!」


 萌奈を睨みつけながら、これまで感じたことのない怒りを込めて彼女に言葉を放つ。


 さすがに彼女も動揺したのか狼狽えてはいたが、手だけは一向に離そうとしない。


「なんで私じゃだめなの!」


「わーにとって白玖乃は自分の命より大切なんだ。そんな大切なものを易々と変えられるわけねぇべ!いいから早く手を離せ!」


 私は力一杯腕を振ると、萌奈の手がようやく離れる。


「二度と近づくな」


 私は最後にそれだけを告げると、白玖乃を探すために教室を出て、全力で走るのであった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇

紫音の訛りで新しい言葉が出たので、意味を書いておきます。


おだつなよ→調子に乗るなよ


50話以上書いているのに、紫音視点を書くの初めてでした。

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