仲間
宮本さんと多賀城さんが紫音の家に来てから1時間ほど経った頃。
現在、一花と雅は仲良く並んで眠っていた。一花は午前中にはしゃぎ過ぎて疲れたようで、雅は炬燵の温かさに睡魔が襲って来てそのまま眠りについた。
向かい合って眠る二人を見ていると、一花の恋が実って欲しいと心から願ってしまう。
(何だか子供みたいで可愛い)
二人との付き合いはもうすぐで一年になるが、寝顔を見るのは初めてなのでとても新鮮だ。
私が二人のことを眺めていると、隣に座る紫音がそっと手を繋いでくる。
「一花、上手くいくといいね」
「うん」
私たちが一花の幸せを願っていると、雰囲気を察したのか多賀城さんが話しかけてきた。
「もしかして、この二人も?」
「ううん。二人はこれからかな。まだ一花だけ」
「そっか」
それ以上の会話は無かったが、私たち三人はこの二人を見守ることに決めた。
ただ、宮本さんだけは状況が分かっていないのか、キョロキョロと視線を彷徨わせている。
そんな彼女の反応に呆れながら、多賀城さんは宮本さんの方に顔を寄せると、小声で一花たちのことを話す。
「え?!」
「しっー!起きちゃうでしょ!」
「ご、ごめん」
宮本さんもようやく分かったのか、少し申し訳なさそうにしながら多賀城さんに謝っていた。
「そう言えばしーちゃん。今更だけど橘さんと付き合ったんだね。おめでとう」
「ありがと!ゆーちゃん!」
「橘さんもよかったね」
「ありがとう」
多賀城さんには、文化祭の翌日に私の恋心に気づかせてくれた恩がある。
それに、帰り際には私のことを応援してくれたので、本当に感謝しかない。
「あ。もしかして橘さんって、受験の日に助けてくれたっていう…」
「はぁ。あーちゃん今更気づいたの?ほんと鈍感」
「うっ」
紫音は二人にも受験日のことを話していたのか、私たちが付き合っていることを改めて知って宮本さんもそれが私だと気づいたようだ。
「でもそっかぁ。橘さんが紫音の初恋の人だったんだね」
「そうだよ!可愛いでしょ?」
「んだね。確かに可愛いね。…痛っ!」
「ふーん。あーちゃんは橘さんみたいな子が好みなのかな〜?」
「ち、違う!そういうんじゃないから!」
「ほんとかな〜」
多賀城さんは宮本さんが私のことを可愛いと言ったせいか、目のハイライトを消して彼女に詰め寄っていた。
「あれ、ほっといていいの?」
「大丈夫。いつものことだから」
紫音に詳しい話を聞くと、二人は付き合ってからも割とこういったやりとりをしているようで、宮本さんが何度も謝って多賀城さんが許すことで終わるらしい。
それから数分ほど、宮本さんがたじたじになりながら謝って何とか多賀城さんの目にも光が戻った。
そして、紫音と多賀城さんが何やら二人で話を始めたので、私は宮本さんの方に近づき話しかける。
「大変だったね」
「わ、分かってくれる?!」
「何となくは」
「でも、あたしも悪いのは分かってるんだ。ほら、さっきもゆーちゃんに言われたけど、あたしって鈍感だからさ。
なんか無意識にいろいろやっちゃうみたいでね?その度にゆーちゃんを不安にさせちゃうんだ」
「そうだったんだ」
本当に反省しているのか、宮本さんはしょんぼりしながら語ってくれた。
「でも、本当に多賀城さんのことが好きなんだね」
「それはもちろん!しーちゃんのことも好きだけど、やっぱりゆーちゃんは特別なんだよね」
「わかる。私も紫音は特別」
「あはは!そっかそっか!しーちゃんも橘さんと付き合えて幸せだろうね!」
そう言って笑った宮本さんの顔には、親友として、そして幼馴染として、紫音を大切に思う感情が感じられた。
二人でしばらくお互いの彼女について話していたのだが、ふと横から視線を感じたのでそちらを見てみると、瞳からハイライトの消えて笑っている紫音と多賀城さんがこちらを見ていた。
「二人とも仲がよさそうだねぇ」
「ほんとにね。白玖乃も楽しそうだったね」
「さっきも言ったはずなのに。これはお仕置きが必要かなぁ?」
「白玖乃も、お仕置きされたいのかな?」
「お仕置き…って…」
「「悪い子は、食べちゃうよ」」
「「ヒッ!?」」
二人の言葉が重なった瞬間、ハイライトのなかった目がいきなり捕食者の目に変わった。
(あ、これやばい)
私が感じたことを宮本さんも感じ取ったのか、急いで誤解だと説明を始める。
「い、いや。しーちゃんの彼女さんだし、いろいろ話をきいてみたいなーと」
「私も。宮本さんたちのことが気になっただけだから」
「ふーん」
「へー」
しばらく私たちの間に沈黙が流れるが、「ぷっ」と紫音の方から笑い声が聞こえた。
「あはは!冗談だよ!さすがに家でそんなことしないよ!」
「ふふ。するわけないじゃん。いくらしーちゃんの家でもできるわけないでしょ?」
二人は笑っているが、私と宮本さんは笑うことができなかった。だって…
(あの目は本気だった。いつも見てるからわかる)
それに、紫音は家ではできないと言った。なら、二人きりになるアパートなら?
おそらく言葉通りに襲われていたかもしれない。
多賀城さんも、紫音の家ではできないと言った。それは自分たちの家ならやると言っているようなものだ。
この瞬間、多賀城さんと宮本さんの関係が紫音と私に当てはまるのだと知り、思わず宮本さんの方を見る。
彼女も言葉の意味と多賀城さんの目が本気だったこと、そして私と紫音の関係にも気がついたのか、こちらを見て何とも言えない顔をしている。
私たちの視線が重なった瞬間、言葉を交わさなくてもお互いの気持ちが伝わった気がした。
(あぁ、仲間か)
と。
その後、私たちはお互いのパートナーの隣へと戻り、何とか普通に会話をすることができた。
ただ、あれ以降、紫音が手を繋いできて離してくれなかったのは言うまでもないだろう。
夕方になると、紫音のご両親が家に戻ってきて、多賀城さんと宮本さんは二人に挨拶をしてから自分たちの家へと帰っていった。
雅と一花も二人を見送る少し前に起きており、私たち六人はまた別の日に遊ぶ約束をした。
夜ご飯を食べ終えたあと、私は最初にお風呂へと入らせてもらった。
お風呂から戻ってくると、客間には誰もおらず、私はみんながどこに行ったのかと探すことにした。
少し廊下を歩くと、大きな窓が何枚か並び、外の景色がよく見えるくれ縁と呼ばれる場所に紫音はいた。
彼女は窓を開けて縁の方へと座り、ぼんやりと外を眺めている。
「紫音」
「ん?…あ、白玖乃」
私はそんな彼女に声をかけると、近くまで歩いていき横に座った。
「寒くない?」
「大丈夫。お風呂入ったばかりだからちょうどいいかも」
「そっか。でも、寒かったら言ってね」
紫音はそう言うと、また外をぼんやりと眺めて黙ってしまった。
私は一花と雅のことが気になったので、二人がどこにいるのか紫音に尋ねる。
「雅と一花は?」
「一花が雅を連れて行ったよ」
それだけで、一花がついに告白をしようとしていることに気がついた。
「上手くいくといいね」
「そうだね」
それからしばらくの間、私たちの間に会話は無かったが、気まずいという雰囲気はなく、むしろ不思議と心地よいと感じる程だった。
「私ね。冬が好きなんだ」
「そうなの?」
「うん」
紫音が冬を好きだという話は初めて聞いたので、さらに詳しいことが知らなくなり、私は何故なのかと理由を尋ねてみる。
「いろいろ理由はあるんだけど、この静かな時間が好きなんだ。
あとは、雪が降って全てが白色の世界に変わるのも好きだし、透き通った冬の香りも好き。それに…」
そこで一度言葉を切ると、紫音は私の方を真剣な顔で見つめてくる。
「白玖乃と出会った季節だからね。それからさらに好きになっちゃった」
そう言って笑った紫音は本当に綺麗で、思わず私は見惚れてしまった。
「白玖乃と出会ってからの季節はどれも素敵で楽しかったけど、やっぱり冬は私にとって特別なんだよね」
「紫音…」
私はこんなに幸せで良いのだろうか。こんなにも私のことを愛してくれて、大切にしてくれる彼女がいて、この先彼女を失うようなことがあれば、私はもう生きていけないだろう。
「紫音、大好き。愛してる」
「ふふ。私も愛してるよ、白玖乃」
私たちは月明かりが外を照らす中、ゆっくりと唇を重ねる。
触れるだけの軽いキスではあったが、それだけで私に対する紫音の愛が伝わってきて、少し冷えた体が温まっていくような気がした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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『すれ違う双子は近くて遠い』
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