雪かき
紫音に連れられて彼女の両親に改めて会った私は、ソファーに座ると紫音から私の紹介がされた。
「おっとー、おっかー。改めて紹介するね。この子が橘白玖乃。私のアパートでの同居人で、恋人です」
「…え?!」
紫音は何の前触れもなく、私のことを自分の彼女だと紹介した。
突然のことに驚いてしまった私は、思わず変な声が出てしまい、それ以上何も言うことができなかった。
(だ、大丈夫なのかな。田舎って同性愛とかに厳しいって聞くし、否定されたら…)
最早私は、紫音がいない生活なんて送れる気がしないし、彼女がいなかった時にどうやって生活していたのかも思い出せないほど依存している。
これで否定されようものなら、私は間違いなく引きこもって社会から脱落する自信がある。
「ふむ…」
紫音の父親は一度頷くと、私の方を見てくる。ドキドキと心臓の音がうるさくて、何を言われるのか不安で仕方がない。
「では、紫音のことをよろしく頼みますね」
「…ふぇ?」
笑顔で紫音を頼みますと言われた私は、何とも情けない顔をしていたと思う。
私がこの状況に理解できていないことが伝わったのか、弥生さんも私のことを見て状況を説明してくれた。
「ごめんね、白玖乃さん。紫音がちゃんと説明してなかったみたいね。
まず、あなたのことは前から知っていました。といっても、紫音の話からなんだけどね。
最初は、この子が受験の日に迷っていたのを助けられたって話を聞いたの。その時はまだあなただとは分からなかったけど、それでも紫音はあなたに恋をしたと言ってきたのよ。
最初は私たち二人も戸惑ったわ。紫音は女の子だし、聞いた話によると相手も女の子。
こんな田舎で同性愛なんてめったに聞かないけれど、幸いにも私たちには前例があったからね。だから何とか受け入れることができた。
ただ、やっぱりおじいちゃんとおばちゃんは理解できないと思うから、さすがに言えてないわ」
弥生さんが言う前例とは、おそらく多賀城さんと宮本さんのことだろう。
紫音と二人は幼馴染だって言っていたし、二人が家族に話していればそれが紫音の両親に伝わっていても不思議じゃない。
「それでね?紫音がアパートに入居した日の夜にメールが来たのよ。
内容としては、初恋のあなたに会えたことや、あなたの名前。そして買い物に行ったりしてすごく楽しかったってね。
その後もメールが送られて来たんだけど、どのメールにも必ずあなたの事が書かれているし、文字でしかなかったけど、毎日が楽しくて幸せだってことは伝わって来たわ。
それに、家に帰って来ても白玖乃さんの話ばかりするものだから、私たちも会ってみたいって思っていたの。
さらにこの子の誕生日に、あなたと付き合ったってメールが来たものだから、もう家に連れて来なさい!ってメールを返してやったのよ」
どうやら私を家に誘ったのは、弥生さんから連れてくるように言われたからのようだった。
それよりも、紫音がそんなに私のことを話してくれていたのが嬉しくて、思わず口元が緩んでしまう。
「つまりね?私たちとしては、もとから二人の関係を否定するつもりはなかったし、紫音が幸せならそれで良いかなって思っていたの。
ただ、どうしても白玖乃さんとちゃんと話したかったから、今回はこうして紫音にここまで連れて来てもらったのよ」
弥生さんは状況説明を終えたため、喉を潤すためにテーブルに置かれたお茶を一口飲む。
すると今度は、今まで黙って話を聞いていた紫音のお父さんが私のことを見つめながら改めてお願いをしてくる。
「それでは、改めてお願いするよ。紫音のことを、どうかこれからもよろしく頼むよ」
「はい!任せてください!」
私は確かな覚悟と紫音への思いを込め、そう大きく返事をする。
二人は私の返事に満足したのか、ニコニコと笑っていた。
そして、最初以降まったく喋っていなかった紫音は、珍しく顔を赤らめながらもじもじしている。
「さてと。話も一段落したことだし…。紫音!おんめ、ちゃんと説明するよう言ったべや!」
先ほどまでの穏やかな空気が嘘のように、弥生さんは紫音に対して怒る。
「おんめ、いづになったら忘れずに人さ話伝えられるようになんのや?!昔っから言ってっぺ!大事な話はしっかり伝えるようにって!」
「わーだって頑張って伝えようとしてただ!
だけんど、毎日幸せで忘れてしまったんだからしゃーねぇべ!」
紫音。それは理由になってないと思う。それはただの惚気でしかないよ。
「はぁ。呆れてものもいえねぇ。ただの惚気でねぇか」
弥生さんは怒るのも馬鹿らしくなったのか、大きくため息をついてソファーにぐてっとしてしまう。
「まぁまぁ弥生、その辺でいいんでねぇかな。白玖乃さんも見てることだし、紫音も悪気があったわけでねぇんだ。今回は許してやっぺし」
「…あんだは紫音さ甘すぎる。だからあんな風さなっちまったんだ」
「ははは。これからはきぃつけっから。それと紫音、人様さ迷惑かけるけ、今度からはちゃんと忘れねぇようにな」
「わ、わがった」
弥生さんには言い返していた紫音だったが、お父さんの言葉には素直に頷いていた。
(あれ?もしかして、紫音のお父さんが一番怖いのでは?)
確か、普段優しい人が怒るとものすごく怖いと聞いたことがある。
(き、気をつけよう)
この瞬間、私は紫音の家族のヒエラルキーを理解するのであった。
それからは何事もなく話は進み、私も紫音の両親と仲良くなることができた。
話が終わると、私と紫音は部屋を出て寒い廊下を手を繋いで歩く。
すると、突然前を歩いていた紫音が立ち止まり私の方を振り向くと、勢いよく頭を下げて来た。
「ごめん、白玖乃。私、白玖乃が家に来てくれるのが嬉しくて、大事なこと伝えてなかった。本当にごめんなさい」
私に対して謝る紫音の声は、いつも以上に真剣で、彼女が本当に反省していることが伝わってくる。
「…大丈夫だよ。確かにすごく緊張したし、分かってたらもう少し気持ちも楽だったかもしれないけど、それでも紫音の家に来れたのは嬉しいし、あまり気にしてないから」
そう言いながら私は、まだ頭を下げている紫音を下から掬うように抱きしめ、背中を優しく撫でる。
「紫音」
私が彼女の名前を呼ぶと、紫音は少しだけ体を離して視線を合わせてくる。
そこにすかさず顔を近づけると、少しだけ背伸びをして彼女に唇を重ねた。
「ん!?」
「ふふ。これで許してあげるね」
紫音の反応に満足した私は、今度は私が彼女の手を引いて部屋へと戻って行くのであった。
そして翌朝。私たちは四人で客間に寝ていたはずなのだが、隣に紫音の姿はなく、私は二人を起こさないように静かに部屋を出た。
(紫音、どこに行ったんだろ)
彼女を探しながら廊下を歩いていると、窓の外に広がる暗い空と降り積もった雪が目に入る。
「うわ。すごい雪」
どうやら昨日の夜から雪が降っていたらしく、今はあたり一面に雪が積もっていた。
すると、視界の端に動く人影が見えた気がしたのでそちらを見てみると、薄着で雪かきをしている紫音がいた。
私はすぐに彼女のもとへ向かうため、一度部屋へと戻り上着を着て外に向かう。
「紫音!」
「ん?白玖乃?」
私が声をかけると、紫音もこちらに気づいて名前を呼んでくれる。
起きたら隣に紫音がおらず、少しだけ寂しかった私はそれだけで心が満たされる。
彼女のもとまでは雪かきをしたことですでに雪はなく、他のところに比べると歩きやすかった。
転ばないように慎重に歩いて彼女のもとへと向かい、そして思い切り抱きつく。
「どうしたの白玖乃?まだ朝早いのに」
確かに空はまだ暗く、何時なのかは分からないが、少なくともいつもより早い時間なのは分かる。
「起きたら隣に紫音がいなくて。だから探してた」
「そっか。でも、寒いから戻ったほうがいいよ?風邪引くかもしれないし」
紫音はそう言いながら私のことを心配そうに見つめてくるが、私としてもやってみたい事があるので、それをお願いしてみる。
「私、雪かきしてみたい」
「え?」
「だめ…?」
「だ、ダメじゃないけど、すごく大変だよ?」
「大丈夫。頑張る」
「…わかった。なら、少し大きいかもだけど、私の長靴貸すから、こっち来て」
紫音に案内され、長靴、手袋、雪かき用のスコップを装備した私は、いざ雪の中へと足を踏み入れる。
ギュッ、ギュッ
雪は私の脛の真ん中くらいまで積もっており、すごく歩きにくい。
それでも、初めてちゃんとした雪を踏む感覚とその度に鳴る音が楽しくて、私は一歩ずつ歩いて行く。
「た、楽しい」
誰も踏み入れていない綺麗で柔らかな新雪に自分の踏み跡が残るのはとても楽しく、すごく心躍る。
しばらく雪の感触を楽しんだ後、私はスコップを構えて雪かきをしていく。
最初こそ、そんなに疲れないし楽かも何て思っていたが、時間が経つに連れて腕は力が入らなくなり、腰が痛くてぶっちゃけしんどくなってきた。
「大丈夫?」
紫音は私のことを心配してくれているが、私よりも早くからこの作業をしていたはずの彼女は平然としていた。
「紫音は疲れないの?」
「うーん。まぁ慣れてるからね」
確かに、生まれも育ちもこっちなのだから、幼い頃からやっていれば慣れているだろう。
「休んでてもいいよ?」
「だ、大丈夫。もう少し頑張る」
疲れた体に改めて気合いを入れた私は、弥生さんが朝食ができたと呼びにくるまで雪かきを頑張るのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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