優しい人ばかり

 紫音の家の近くは家の明かりが少なく、街灯もあまり無いため暗く感じる。

 まるでここだけ世界から隔絶された場所のようで、すごく静かだった。


「何もなくてびっくりしたでしょ」


「い、いえ。そんな事は」


 弥生さんは車を運転しながらそんな事を聞いてくるが、私たちにはなんとも答えづらい質問だった。


 でも、個人的には落ち着いた雰囲気のあるこの場所はすごく好きだと感じる。


 それから数分もすると紫音の家が見えて来たと言うので、私たちはみんなで窓の外を見る。


「お、大きい…」


 私は紫音の家の大きさに驚き、思わず呟いてしまう。


 高さは二階建てだが、横に長く、母屋の隣には蔵のようなものもある。


 さらに今は暗くてよく見えないが、裏には大きな山もあるように見えるので、家の大きさだけでなく敷地もかなり広いように思える。


「田舎の方は都会と比べると土地が安いからね。それに、代々受け継いでいるのもあるから、無駄に広かったりするんだよね」


 紫音がそう言って笑っていると、車は家の敷地へと入って行った。


 車から降りると、新幹線を降りた時以上の寒さが私たちを襲う。


「寒いぃぃ」


「これは、想像以上の寒さね」


「大丈夫?白玖乃」


「だ、だいじょばない…かも」


 私たち三人があまりの寒さに震えていると、弥生さんは車から私たちの荷物を下ろして声をかけてくれた。


「さぁ、みんな!荷物下ろしたから、各々荷物を持って家に入ってね!

 紫音はみんなの案内をお願い。私は車をしまってくるわ!」


「わかった!」


「ありがとうございました」


 私たち三人はここまで車を運転してくれたことや荷物を下ろしてくれたことに感謝し、紫音に案内されながら家の中へと入る。


「ただいまー!」


 紫音は玄関を潜ると、大きな声で帰って来た事を伝えた。

 すると、奥の方からお爺さんとお婆さんが出て来て出迎えてくれた。


「おぉ、紫音けぇってきたんけ」


「おけぇり、紫音」


「ただいま!お爺ちゃん!お婆ちゃん!」


 紫音のお爺さんとお婆さんはとても優しそうな人たちで、紫音が帰って来てすごく嬉しそうだった。


 そして、私たちのことに気がつくと、紫音がお爺さんとお婆さんに私たちのことを紹介する。


「お爺ちゃん、お婆ちゃん。今日は友達を連れて来たんだ!」


「初めまして、橘白玖乃です。お世話になります」


「日野雅です。よろしくお願いします」


「染園一花です。お世話になります!」


 私たちが各々自己紹介をすると、二人は孫を見るような目で私たちのことを見て微笑む。


「おぉ、おぉ。紫音の友達け。何もねぇとこだけんど、ゆっくりしてってけろ」


「あんらまぁ、みんな別嬪さんでねぇの。さぁさぁ、外は寒がったべ?中さ上がってけらいん」


「みんな行こう」


「お邪魔します」


 家の中に上がって案内されたのはどうやら茶の間らしく、畳や炬燵のある和室だった。


(イ草のいい匂いがする)


 私の実家は全てフローリングのため、旅行とかでしか畳に触れる機会がなかった。

 しかし、畳の匂いはすごく落ち着くし好きなので、さっきまで緊張していた心も落ち着いていく。


「荷物は隅の方さ置いていいがら。早く炬燵さ入りな」


 言われた通り、持って来た荷物を隅の方に並べた後、私たちはそれぞれ炬燵に足を入れる。


「あ、掘り炬燵なんだ」


「そうだよ。もしかして始めてかな?」


「うん。私は初めて」


「うちも初めてだよ」


「私は一度だけあるわね。掘り炬燵は座る時楽だから好きよ」


 確かに雅の言う通り、掘り炬燵は普通の炬燵と違って椅子に座ってる感覚で座れるので、足とかも疲れない。


「紫音、飲み物はお茶で大丈夫だべか。わけぇもんが飲むようなもん準備してねぇんだが」


「みんな、飲み物はお茶で大丈夫?」


「ええ。大丈夫よ」


 雅が代表して答えてくれたので、私と一花もそれに頷く。


「お婆ちゃん、お茶でお願い」


「あいよ。少し待っててけらいんね」


 お婆さんはそう言うと、急須にお茶っ葉を入れてお茶を入れる準備をする。


「ふい〜。部屋あったけぇなぁ〜」


 すると、腕を摩りながら弥生さんがドアを開けて茶の間に入って来た。


「あ、お母さん。ありがとね」


「いがすいがす。それより紫音。さっきお父さんから帰ってくるって連絡あったど」


「わがった」


 話を聞く限り、どうやら紫音のお父さんも帰ってくるようなので、いよいよ恋人の家族全員に会うことになるようだ。


(大丈夫だよね。お母さんもお爺さんもお婆さんもみんな優しそうな人だったし。お父さんも優しいって言ってたから…)


 私は改めて、ここが恋人の実家であることを思い出し、少しの緊張からギュッと拳を炬燵の中で握るのであった。





 結果だけを簡潔に伝えるのであれば大丈夫でした。

 紫音のお父さんは何だかまったりとした人で、すごく優しかったです。


 私たちは今、弥生さんと紫音が作ってくれた料理を炬燵に入りながら食べている。


「それで、紫音がソフトボールの決勝戦で最後…」


 ご飯を食べながら私たち三人は、学校での紫音の話を家族の皆さんに話していた。

 どうやら紫音はあまり学校の話をしていないようで、みんな楽しそうに聞いてくれた。


 ただ紫音だけは少し恥ずかしそうだったが、そんな紫音も可愛かったので私はたくさん紫音の話をした。


 とくに私はアパートで一緒に暮らしていることもあり、話せることはたくさんあった。


「紫音が楽しそうでよかったよ」


「んだな。最初は神奈川の高校さ行くって言われて心配だったけんど、大丈夫そうでよかったべ」


 私たちの話を聞いた紫音の家族は、みんな凄く安心した表情で頷いていた。


 紫音はそんな家族を見て、少し恥ずかしそうにしていたが、それでも嬉しそうにしていたのはすぐに分かった。


(本当に、みんな紫音が大切なんだね。優しい人たちでよかった)


 その後、ご飯を食べ終えた私たちは、案内された客間で休んでいた。

 最初は私たち三人も後片付けを手伝おうとしたのだが、紫音がお客さんだから休んでてと言ったので、ありがたく休ませてもらってる。


「ふぅ」


「ふふ。お疲れ様、白玖乃」


「お疲れ、白玖乃。緊張して大変だったでしょ」


「ありがとう、二人とも。今日はすごく助かった」


 これは本心だ。一花と雅の二人がいてくれたおかげで、思っていたよりも緊張せずに済んだし、ちゃんと挨拶をすることもできた。


「みんな、お疲れ〜」


 私たちが話をしていると、片付けが終わったのか紫音も客間の方に戻って来た。


 そして、さもそれが当たり前のように私の後ろに回ると、お腹の方に腕を回してギュッと抱きしめる。


「白玖乃もお疲れ。どうだった?私の家族」


「お疲れ様。すごく優しかったよ。それに楽しかった」


「それはよかった。じゃあ、もう少し休んだら白玖乃だけ一緒に来てくれる?一花と雅は交代でお風呂入ってくれていいから」


「わかったわ」


「りょーかい」


 私は自分だけ何故呼ばれたのか気になるが、紫音は笑っているので悪いことでは無いのだろうと予想を立てる。


(それに、紫音は私のことを大切にしてくれているし、何かすることもないよね)


 紫音と出会ってからまだ一年も経っていないが、それでもこれまで彼女と一緒に生活して来たので誰よりも信頼している。





 それからしばらく休んだ私は、紫音に連れられて別の部屋へと向かっている。

 部屋の中はヒーターのおかげで暖かかったが、廊下はすごく寒かった。


「ごめんね、寒いよね」


 紫音は申し訳なさそうにしながら、繋いだ手に少しだけ力を込めて来た。


「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」


 確かに今歩いている廊下は寒かったが、紫音と繋いだ手はとても暖かく、それだけで心が満たされていく。


「ついたよ。…おっとー、おっかー、入るね」


 紫音は扉を開ける前に一声かけると、返事を待たずに部屋へと入っていく。

 それに連れられ、手を繋いだままの私も部屋の中へと入った。


 部屋の中にはソファーが二つあり、テーブルを挟んだ向こう側には、弥生さんと紫音のお父さんが座っていた。


「ありがと、紫音。さぁ、二人も座ってくれ」


 紫音のお父さんに言われるがまま、私と紫音は空いている方のソファーに並んで座った。


「おっとー、おっかー。改めて紹介するね。この子が橘白玖乃。私のアパートでの同居人で、恋人です」


「…え?!」


 まさか、恋人として紹介したらもらえるなんて思っていなかったので、思わず変な声が出てしまった。


 果たして私は、紫音の恋人として二人に認めてもらえるのだろうか。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇

訛りについてこちらで簡単に意味を記載しておきます!


いがす→いいよ



よければ同時連載しているこちらの作品もお願いします。



『すれ違う双子は近くて遠い』


https://kakuyomu.jp/works/16817330651439349994

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