クリスマス・イブ

 二時間目の授業が終わった頃、雅がトイレに行ったタイミングで私と紫音は一花に呼ばれた。


「どうしたの?一花」


「紫音にお願いがあるんだ」


「お願い?」


「うん。白玖乃には話したんだけど、うちと雅も紫音の実家に連れて行って欲しいんだ」


 一花は真剣な顔でそういうと、紫音のことを見つめる。

 紫音が無言のまま私の方を見てきたので、私は何も言わずに頷いた。


「わかった。いいよ。でも、雅が来てくれるかは分からないよね?」


「うん。そこはうちが何とかするよ」


 これで大まかな話は決まったので、あとは一花が雅に話して一緒に行くだけとなった。

 すると、話がちょうど決まった時に雅が戻ってきたので、さっそく一花が雅に話しかけた。


「ねぇ、雅」


「何かしら?」


「冬休みって雅は予定どうなってる?」


「そうね。とくにこれと言ってないけれど、家に帰る予定よ」


「なら、うちらも一緒に紫音の実家な行かない?」


 雅は一花の話を聞くと、私と紫音の方に目をやり、もう一度一花に視線を戻した。


「でも、紫音と白玖乃の邪魔じゃないかしら」


「大丈夫だよ!せっかくだしみんなで遊ぼうよ!」


 紫音はいつもと変わらず明るい笑顔でそう言うと、私の方を見てくる。


「うん。私も一花と雅がいてくれた方が助かる」


 これは本当だ。覚悟は決めているが、それでも一人で紫音の家に行くのは緊張する。

 だから私としても、二人がいてくれた方が落ち着くし助かる。


「二人がいいなら…。分かったわ。私も行かせてもらうわね」


 こうして私たちは、当初の予定に一花と雅の二人を加えて紫音の家に遊びに行くことになった。





 あれから数週間が経ち、12月24日になった。今日から冬休みであり、そして今日はクリスマスイブだ。


 紫音の家に行くのは26日なので、今日はクリスマスデートをする。


 いつもは二人でアパートを出るが、今日はあえて時間をずらして待ち合わせにしてみた。


(紫音との待ち合わせ。一回やってみたかったんだよね)


 これからもわかる通り、待ち合わせを提案したのは私だ。

 せっかくのクリスマスデートなのだから、これまでやったことのない事をやってみたかったのだ。


「よし。準備できた」


 紫音は最初に部屋を出て待ち合わせ場所に向かっているので、私も準備を済ませて部屋を出た。


 待ち合わせ場所はここから数駅離れた場所で、今日はその周辺で一日過ごす予定だ。


 待ち合わせ場所近くに着いた私は、すぐに紫音のことを見つけた。


(紫音の場所だけ人が少ない)


 そう。彼女がいる場所だけ何故か人があまりいなかった。

 いや、本当は理由が分かっている。だって私ですら近づく事を躊躇ってしまう。


(紫音。かっこよすぎる…)


 彼女の今日の服装は、黒いキャップに少し大きめの黒のアウター。胸元に英語のロゴが入った白のインナーに黒のパンツと、全体的にシンプルだが、だからこそ彼女のクールな雰囲気と相まってかっこよかった。


 私が紫音に見惚れていると、彼女がスマホから顔を離してキョロキョロと周りを見回した。


 そして私と目が合った彼女は、先ほどまでのクールな雰囲気とは違い、人懐っこい笑顔で駆け寄ってきた。


「全然来ないから心配したよ!大丈夫だった?」


「ご、ごめんね。紫音がかっこよくて見惚れちゃって…」


「ふふ。ありがと。白玖乃も可愛いよ」


 紫音に褒められた私は、嬉しさと彼女の私を愛しむ瞳に当てられ、顔が一気に熱を持つ。


 胸がドキドキして何もできずにいると、紫音は私の手を引いて歩き出した。


「さ、行こう白玖乃」


「うん!」


 そうして私たちは、最初の目的であるショッピングへと向かうのであった。





 駅から少し歩いたところにあるショッピングモールに着いた私たちは、店内をいろいろ見て回る。


「白玖乃、このボールペン、お揃いで買わない?」


「うん。可愛いしいいよ」


 紫音は黒猫のイラストが書いてあるボールペンが気に入ったのか、お揃いで買うことを提案してきた。


 私としても、彼女とお揃いの物を買えるのは嬉しかったので、迷いなく即答する。


 その後もお互いに服や靴、紫音が見たいというぬいぐるみなども見て回った。


「あ、そろそろいい時間かも」


「わかった」


 このショッピングモールに来た一番の理由は、屋上で期間限定のスケートができるからである。


 私はスケートをやった事は無いが、夏にローラースケートはやったので、同じ要領でできるのでは無いかと思っている。


(あれ?でも、あの時は、紫音が側で支えててくれたような…)


 よくよく思い返してみれば、私はあの時も一人で滑れてなかったことを思い出したが、今回も紫音に甘えることで何とかなると結論づけた。


 そしてやってきたスケート場。まだ開園したばかりなので人の数はそれほど多くは無いが、いるのはカップルか夫婦ばかりで、凄くクリスマスらしい。


(まぁ。私たちもカップルで来てるんですけどね!それも超絶かっこ可愛い人と!)


 しかし声に出してそんな事は言えないので、内心で紫音のことを褒めまくり、一人で愉悦感に浸りながら紫音のことを眺める。


「ん?どうかした?」


「なんでもない」


 突然私が紫音のことを見つめたので、彼女は少し首を傾げながら尋ねてくるが、その一つ一つの仕草が可愛いと感じてしまう私は重症なのかもしれない。


「よし!じゃあ私たちも行こうか!」


 スケート靴に履き替えた私たちは、スケートリンクに向かうため椅子から立ち上がる。


 少し歩きづらくは合ったが、紫音に手を貸してもらいながら、なんとか氷の上に立つことができた。


「は、白玖乃、大丈夫?」


「だ、だだだ、大、大丈夫」


 氷の上に立つことはできたが、それまでだった。ローラースケートよりも地面と接してる面積が狭く、また氷自体も凄く滑るため、私の足は生まれたての子鹿のようにプルプル震えていた。


 そんな私を見かねてか、紫音は私の方を向いて両手を優しく握る。


「白玖乃、大丈夫だよ。白玖乃は背筋を伸ばして足をまっすぐにしてれば、あとは私が引っ張るから!」


 私は紫音に言われた通り、先ほどまで前傾姿勢だったのを背筋を伸ばしてまっすぐにし、足も無理に動かそうとせずただ立つことにした。


 そうすると紫音が私のことを引っ張りながら滑り始める。それに合わせて私の体も勝手に動き出した。


(おぉー。ちゃんと滑れてる)


「ふふ。どう、白玖乃?」


「凄く楽しい」


「よかった」


 手を引かれながらスケートリンクを二周して、私が少し慣れてくると今度は紫音と手を繋がずに滑ってみる。


「うんうん!そんな感じ!上手だよ!」


 何となく感覚を掴めてきた私は、最初に比べてだいぶマシになったと思う。

 ただ、そこで油断してしまった私は、足がもつれてしまい転びそうになった。


「おっと。大丈夫?」


 まぁ、私の最愛の人が必ず助けてくれるから大丈夫なのだが。

 しかし、分かっていてもこうして助けられると胸がキュンとしてしまうのは、いつまで経っても変わらない。


「ありがと」


「どういたしまして」


 その後も紫音に見守られながら何周か滑ったあと、お互い満足したので次の目的地に移動することにした。





 次に私たちがやって来たのは、イルミネーション会場だ。


「凄く綺麗」


「そうだね」


 私たちが来た場所はそれほど規模の大きい場所では無かったが、周りにある木が色とりどりのライトで飾り付けされ、今は眩しいくらいに輝いている。


 さらに、低いところにある植木や少し離れた場所にある建物の壁にも飾り付けがされているので、本当に綺麗だった。


 私たちはそんな場所を手を繋いで見て回る。イルミネーション自体は何度か見に行ったことは合ったが、大好きな恋人と来たのは初めてのことだった。


 だからなのか、前に見たイルミネーションよりもさらに輝いて見えるし、とても楽しいと感じた。


 しかし、世の中には空気を読めない人たちが必ず何処かにはいるわけで、二人組の男が私たちの方へと近づいてくる。


「ねぇ、君たち。女の子二人でイルミネーションなんて寂しくない?よければ俺たちと一緒にどう?」


 そんな男たちのせいで、さっきまで夢見心地だった私の心は現実へと引き戻された。


(女二人で寂しくないって、あんたらも男二人でいるじゃん。それにデート中なのに邪魔しないで欲しい)


 私がデートの邪魔だからどこかに行くよう伝えようとした時、これまで聞いたことのない低い声が私の横から聞こえて来た。


「あんたらさ用はねぇよ。わーたち今デート中なんだ。邪魔しねぇでけろ」


 気になって横を見てみると、紫音は少しだけ顎を引きながら、キャップのつばの隙間から相手を睨みつけてそう言った。


 これが普通の上目遣いなら可愛かったかもしれないが、今の紫音は本気で怒って睨みつけているため、凄く迫力がある。


 そんな紫音をみて私は怖くなる……なんてことはなく、むしろ胸がドキドキして顔が熱くなる。


(皆さん見てください!このかっこいい人が私の恋人です!!!)


 内心で彼女のことを自慢しながら男たちの方を見てみると、紫音の迫力に押されたのか先ほどまでの余裕はなく、「う、うす」「す、すみません」と言って帰って行った。


「ふぅ。大丈夫だった?白玖乃」


「うん。紫音が守ってくれたから」


 本当は今すぐ抱きついてキスをしたいところだが、周りには他の人たちもいるため自重し、腕を組むだけで我慢する。


 その後、話しかけて来た男たちのことなどすっかり忘れた私たちは、二人で写真を撮ったりしながらイルミネーションを楽しむのであった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇

よければ同時連載しているこちらの作品もお願いします。



『すれ違う双子は近くて遠い』


https://kakuyomu.jp/works/16817330651439349994

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