一目惚れ

 翌朝。私はこれまで感じたことのない倦怠感と共に目が覚めた。


「…ぅぅ。体が怠い」


 昨夜の記憶は途中で途切れており、どうやら私は紫音の攻めに耐えきれずに気絶してしまったようだ。


 頑張って体を動かして横を見ると、まだ紫音は眠っており、何とも幸せそうだった。

 そんな彼女を見ていると、私は溢れてくる多幸感を我慢できずに唇にキスをする。


 すると、私がキスをしたことに気づいたのか、紫音が目を覚ました。


「…はくの」


「おはよ、紫音」


 紫音は私の前を呼ぶと、ふにゃりと笑い抱きしめてくる。

 私もそんな彼女を抱きしめ返し、どちらからともなくまたキスをした。


「紫音はいつから私のことが好きだったの?」


 何度かキスをした後、私は昨日から気になっていたことを彼女に尋ねてみる。


 紫音は私から少し体を離すと、今度は額にキスをしてから話し始めた。


「私が白玖乃を好きになったのは、入学前だよ」


「入学前?」


「うん。白玖乃は覚えてないかもしれないけど、私たち受験の日に少しだけ会ってるんだ」


「受験の日…」


 そう言われて私は、前に見た夢のことを思い出した。


「もしかして、道に迷ってた…」


「そう!覚えててくれたんだね!あの時に白玖乃に助けてもらって、単純かもしれないけど一目惚れしたんだ!」


 どうやら前に夢で見たあの時の女の子は、やはり紫音だったらしい。


「でも、身長とか髪の長さとか全然違くない?それにメガネだったよね」


「身長はなんか急に伸びたんだよね。髪は邪魔だったから切っただけだよ。

 メガネだったのは、お母さんが付けて行けって言うから付けてたんだ。

  なんか、私は顔だけは良いから、変なのに捕まらないよう地味にしろって」


 紫音の話を聞いて、私は確かにと納得してしまった。


(確かにあの時の紫音は、メガネをかけていても美少女だって思ったし、かけてなかったら危なかったかもね。

 しかも初めてきたところだから尚更。さすが紫音のお母さんだ)


 私は紫音にバレないよう、密かに心の中で紫音のお母さんに拍手を送る。


「それでね。その時に白玖乃が好きになったわけなんだけど、高校に合格できるか分からなかったし、したとしても白玖乃がいるか分からなかったから、いなければ諦めようと思ってたんだ」


 そう語る紫音が少しだけ寂しそうに見えて、私の心も少しだけ沈む。

 しかし、それと同時に、一度会っただけの私をそこまで本気で好きになってくれたことが嬉しかったので、私は彼女の手を握った。


「高校の方は無事に合格できたけど、白玖乃がいるか不安だった。

 だけどね、そこで奇跡が起きたんだ!アパートで生活するから、指定された場所に来て部屋に入ってみると、ずっと会いたかった白玖乃がいたんだ!」


 そう言った紫音の表情には、先ほどまで感じさせていた寂しさは感じられず、ただただ嬉しさだけが伝わってきた。


「本当に運命だと思った。白玖乃が私を覚えてなかったのは少し寂しかったけど、それ以上に白玖乃と一緒に生活できるのが嬉しくて、思わず初日から手を繋いだりしちゃったんだよね」


 紫音は苦笑しながらそう言ったが、私も別にそれらの行為が嫌だったわけではなかった。

 多少距離の詰め方に驚きはしたが、嫌悪感や不快感はなく、すんなりと受け入れることができた。


「そっか…」


「どうかした?」


「多分、私も紫音に一目惚れしたんだと思う。この部屋で初めてあった日に」


 受験日に会ったことを含めれば、実際には一目惚れではないかもしれないが、あの時の紫音と今の紫音は違う。


 今の紫音に会ったのはこの部屋が初めてとなるので、一目惚れと言っても良いだろう。


「私も、ほとんど知らないはずの紫音と手を繋いだりしても全然嫌じゃなかった。

 だから多分、この部屋で初めて会った時、紫音に恋をしてたんだと思う」


 自分で言っておいてなんだが、この言葉はすんなりと納得することができた。


 私は最近になって紫音を好きになったものだと思っていたが、どうやらこの部屋で出会ったあの日から、私はずっと紫音に恋をしていたらしい。


「嬉しい。大好きだよ、白玖乃」


「私も大好き」


 お互いの気持ちを改めて伝え合った私たちは、愛情を込めながらまたキスをした。





 それから少しして、私と紫音は床に置いてある下着や服を拾いお風呂場に向かうと、軽くシャワーを浴びた。


「あ、そうだ」


「ん?」


 お風呂場から戻ってくると、紫音は何かを思い出したかのような声を出す。

 そして、ベットの脇の方に置いてある紙袋を手に取ると、そのままそれを私に渡してきた。


「本当は昨日渡すつもりだったんだけど、いろいろあって渡せなかったね。改めて、誕生日おめでとう」


「ありがと」


 どうやら誕生日プレゼントも用意してくれていたようで、私はありがたくそれを受け取る。

 さっそく包を開けて中を確認してみると、とても可愛いものが入っていた。


「可愛い…」


 中に入っていたのは、細いピンクのチェーンに小さなハートが一つ付いたブレスレットだった。


「すごく素敵」


「よかった。付けてあげるから貸して?」


 私は紫音にブレスレットを渡すと、自分の左腕を彼女の方に伸ばす。

 紫音は私の左腕にブレスレットを付けると、少しだけ嬉しそうに微笑んだ。


「すごく似合ってる」


「本当にありがとう、紫音」


 私はあまりの嬉しさに、紫音に思い切り抱きついた。


「ふふ。喜んでもらえてほんとによかった。…さて、そろそろ朝食の準備しないとね」


 紫音はそう言うと、抱きしめてくれていた腕を離してキッチンの方へと向かう。

 私は紫音がいなくなった後も、左腕についたブレスレットを光に翳したりして何度も眺める。


 それから数十分後、紫音が作ってくれた朝食を食べた私たちは、学校に行く支度をすませると、朝から腕を組んで部屋を出た。





 教室に着いた私たちだが、今日は堂々と腕を組んで中に入る。

 そして、そのまま一花や雅のいる場所まで向かい声をかけた。


「おはよ、二人とも」


「おはよー、っと。お二人さん、もしかして…」


「うん!昨日、白玖乃に告白されたんだ!」


「あら、ようやく付き合ったのね」


「おめでとう!」


「「ありがと!」」


 一花と雅は、私たちが朝から腕を組んでいることや雰囲気から察したのか、私たちが付き合ったことを祝福してくれた。


「ようやく私たちも紫音を止めなくて良くなったのね」


「だね。紫音を止めるのは本当に大変だったよ。最近なんて特に…」


 一花と雅はそう言うと、苦笑しながら私の方を見てきた。

 私は二人の言葉の意味がよく分からず、きょとんとしてしまう。

 そんな私を見かねてか、二人によるこれまでの状況説明が始まった。


「あのね、白玖乃。もともと紫音はあなたのことが大好きだったの。

 でも、最初の頃は貴女がまだ紫音を意識していなかったから、紫音は時間をかけて意識してもらうつもりだったのよ」


「そ、そうなんだ」


 なんだかその話を聞くと、私と紫音は同じことを考えて行動していたみたいで嬉しくなった。


「でも、最近は白玖乃が紫音をあまりにも刺激するから、紫音がいろいろと我慢できなくなっていったんだよ」


「…え?」


 私はそこまで言われて、ようやく二人の言っていることの意味が分かった。

 そして、以前急に雅が紫音を止めに入り、一花が私を連れ出した意味も。


「つまり、最近の紫音は私に対して…」


「そういうことよ」


 どうやら私は、二人に守られていなければところ構わず襲われていた可能性があったようだ。

 といっても、さすがに昨日の夜みたいなことをするわけではないだろうが、少なくともキスは何度もされていたことだろう。


「で、でも。私がお風呂でいろいろアピールした時とかキスマークを付けた時は何も…」


「お風呂の時は、自分の太ももを抓って我慢したんだ。キスマークの時はなんとか外に出て頭を冷やしたの」


 どうやら私は、本当に紫音に襲われる一歩手前まで行っていたらしい。

 別にそれが嫌なわけではないが、私としてはそういった行為は付き合ってからしたかったので、二人には本当に感謝しかない。


「ありがと。二人とも」


「もういいよ」


「大丈夫よ。それに、いろいろやるように言ったのは私だったし、私も悪かったわ」


 これまでの話が一段落すると、その後も少しだけ四人で話をして、紫音と雅は自分たちの席へと戻っていった。


 一花は私と二人になると、昨日のことについて詳しく尋ねてきた。


「それで、昨日は実際どうだったの?」


「すごく幸せだった。けど同じくらい大変だった…」


「だろうね。紫音はずっと我慢してたし、性欲が強そうだもん」


「あれ?そう言えば…」


「どうかした?」


「一花、紫音の呼び方変えたの?」


 私は最近は紫音のことで頭がいっぱいで、彼女が紫音を呼び捨てで呼んでいることに今更気がついた。


「今更か。と言っても、うちも変えたのは最近だけどね。紫音を止める時に思わず呼び捨てにしちゃって、それ以来ずっと呼び捨てにしてるんだ」


「なるほど」


「うちも一つ聞いていい?」


「なに?」


 一花が真剣な表情で私のことを見てきたので、私も真剣に彼女の話を聞くことにした。


「好きな人と付き合うってどんな感じ?」


「すごく幸せ。これ以上何もいらないってくらいに幸せで、それでも相手への気持ちが止めどなく溢れてくる」


「なるほどね…」


 一花はそう言うと、雅と紫音の方に目を向ける。


(もしかして一花は…)


 ここで彼女の本心を聞いても良いが、私は一花や雅が私たちにしてくれたように、私も彼女を見守ることにした。


(まぁ、相談されたら全力で協力しよう)


 私はこれまで二人に何度も助けられてきた、だから二人が困ったりした時は全力で助けるし協力だってするつもりだ。


「ありがと。それとそのブレスレット似合ってるよ」


「嬉しい。紫音からの誕生日プレゼントなんだ」


「よかったね」


 一花はそう言って微笑むと、前の方を向いてしまった。

 そして、ちょうど始業のチャイムが鳴り、担任の先生が教室へと入ってくるのであった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇

よければ同時連載しているこちらの作品もお願いします。



『すれ違う双子は近くて遠い』


https://kakuyomu.jp/works/16817330651439349994

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