感情と現実

 紫音の頬にキスしたあと、逃げるようにお風呂に入った私は、この後どうやって彼女に会えばいいのかを考える。


「紫音に意識してもらうためにやったことだけど、私の心臓がもたない。このあとどんな顔して会えばいいんだろ…」


 このままお風呂から上がると、少なくとも私は今まで通りに接することはできないだろう。

 しかし、いくら考えても解決策など思いつかないし、長くお風呂に入りすぎたせいか頭もくらくらしてきた。


「だめだ。このままだとのぼせる…。もう成り行きに任せよう」


 何の解決策も浮かばなかった私は、諦めて服を着替えて紫音のもとへ向かった。





「し、紫音。上がったよ」


「あ、白玖乃!お帰り!なら次は私が入ろうかな!」


「う、うん」


(あれ?なんか紫音、いつも通りな気がする)


 お風呂から上がり紫音に声をかけてみるも、彼女はいつもと変わらない調子で返事をし、お風呂に向かってしまった。


 私はそんな彼女をみて呆気にとられてしまい、から返事をすることしかできなかった。


「もしかして私、ほんとに紫音に意識されてないんじゃ…」


 彼女に喜んで欲しくて、一生懸命に料理を頑張ったし飾り付けも頑張った。

 それに、意識してもらうために恥ずかしいのを我慢して頬にキスもしたけど、浮かれていたのは私だけだったのかもしれない。


 そんな事を考えていたら急に自分が惨めに思えてきて、もはや立っていることもできずにベットに倒れ込む。

 しばらく天井を眺めていると、視界が滲んできて頬を涙がつたう。


「紫音は私のことなんて何とも…」


 何とも思ってないんだ。その答えに辿り着いた瞬間、先ほどまでとは比べものにならないほどの涙が溢れてくる。


「うぅ…。紫音」


 私は悲しさとここ最近の疲労、そしてお風呂で軽くのぼせたのが原因で、そのまま気を失うように眠りについた。





 夜中。私はふと突然目が覚めた。額には冷たい何かがあり、寝る前の気怠さを感じない。

 時間が気になった私は、テーブルに置いてあるスマホに手を伸ばして画面をつける。


「3時か…」


 私が何時に寝たのかは覚えていなが、こんな時間に目が覚めるのは初めてのことだった。

 額に手を当ててみると、先ほど感じた冷たさは、熱が出た時などに使用する冷却シートが貼られていたからだと気づく。


「紫音が貼ってくれたのかな」


 そう思いながら紫音の方をみると、彼女は幸せそうな顔で眠っていた。

 そんな彼女をみていると、寝る前の事を思い出してしまい、また泣きそうになってしまう。


「紫音。すごく胸が痛いよ…」


 そう呟くと、縋り付くように紫音のことを抱きしめて、彼女の匂いと柔らかさに包まれながらまた眠りにつくのであった。





 翌朝。私は変な時間に一度起きてしまったせいか、その日はなかなか起きることができなかった。

 幸いにも今日は休みだったので、紫音も無理に起こそうとすることはなく、私はゆっくり休むことができた。


「…ぅぅん」


「あ、おはよ。白玖乃」


「…おはよ」


 紫音はいつもと変わらない笑顔で笑いかけてくれるが、今の私にはそれが辛くて、まともに彼女顔を見ることが出来なかった。


 その後は、紫音が作ってくれた朝食を食べ、部屋の掃除や洗濯などを済ませていく。


「あ、そうだ白玖乃。私、今日は少し出かけてくるね。お昼は作ったやつを冷蔵庫に入れておいたから、お腹空いたら食べて」


「わかった。ありがと」


 紫音はどうやら今日は一人で出かける予定があるらしく、珍しく別々に過ごすことになった。

 ただ、私としては昨日のこともあるため、正直一人になれるのはありがたかった。


 それから彼女が準備を済ませて部屋を出ていくと、私は一度大きく深呼吸をする。


「これからどうしたらいいんだろ。雅がアドバイスしてくれたことはほとんどやったけど、紫音は全然私のことを意識してくれなかった。

 あとは告白するしかないけど、今の状態で告白しても振られるのは目に見えてるよね…」


 一人になっていろいろと考えてみるが、結局は紫音が私を意識してくれている雰囲気がないため何もすることが出来ない。


 そして、考えれば考えるほど何が正解なのか分からなくなった私は、話を聞いて欲しくて雅に連絡をする。


『雅、今日会えない?』


『ごめんなさい、今日は予定があるの。また今度遊びましょ』


 しばらく待って雅から返事はきたが、今日は予定があるらしく会うことができなかった。

 一花も今日は寮の子たちと遊びに行くと言っていたので、声をかけることはできない。


 ただ、これ以上一人で部屋にいたら、どんどん良くないことを考えてしまいそうだったので、気分転換をするために私も部屋を出ることにした。





 出かける準備を済ませた私は、部屋を出るとあてもなく外を歩く。

 そして、気づけば前に紫音と来たことがあるショッピングセンターにきていた。


「何でここに来たんだろ。…まぁ。気分転換にはちょうどいいかな」


 無意識でショッピングセンターに来てしまったが、一人でいても気持ちが落ち込むだけだったので、ここにこれてよかったと思う事にした。


 私はさっそく中に入り、目的もなくいろいろなお店を見て回る。

 すると、視界の端に見たことのある人がいた気がしたので、そちらに目を向けてみる。


(あれって…紫音?)


 彼女も今日は珍しく用事があると言って部屋を出て行ったが、まさかその用事がここだとは思わなかった。


 私は紫音にたまたま会えたことが嬉しくて声をかけたくなるが、今のぐちゃぐちゃした気持ちで会うのも辛かったので、どうしようかと立ち止まって考える。


 すると、紫音の横に人がいる事に気がついた私は、気になったので見てみると、そこには雅がいた。


(雅?確か予定があるって…)


 どうやら雅の予定というのは紫音と会うことのようで、紫音が出かけたのも雅と遊ぶためだったようだ。


 私は二人のことが気になり、気づかれないようにそっとあとをつけてみる。

 二人は服を見たり雑貨を見たりといろいろなお店を見て回る。


 そして、紫音が時々真剣な顔で相談したり楽しそうに笑ったりして、なんとも仲睦まじい雰囲気があった。


(もしかして紫音は、雅が好きなのかな)


 楽しそうに買い物をする二人を見ていると、胸の奥がズキズキと痛む。

 そんな二人をこれ以上見ていることが出来なくなった私は、逃げるようにしてショッピングセンターをでてアパートへと帰った。





 アパートについた私は、部屋着に着替えることもせずに膝を抱えて座り込む。


「紫音が雅のことを好きなら、私が頑張ってアピールしても意識してくれなかったのは当然だよね…」


 逃げるようにして帰ってきたが、静かな部屋の中で一人になると余計にさっきの二人の光景が思い浮かぶ。


「紫音も紫音だよ。雅が好きなら何で私にいろんなことしてきたのさ」


 一緒に寝たりお風呂に入ったり、手を繋いだり抱きしめあったり、これまで紫音としてきた楽しくて幸せだった思い出たちが、今は私にとって辛いものでしかなかった。


「本当にどうしたらいいの…。もう何も分からない…」


 考えても考えてもどうしたらいいのか分からず、ただただ紫音が好きだという感情と、紫音は私のことが好きではないという現実を思い知るのみだった。


 そして、ついに堪えきれなくなった私は、声を押し殺すようにして静かに泣くことしか出来ないのであった。





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