おめでとう

 雑貨屋で誕生日を祝う際に使う飾り付けと料理本を買ってきた私は、大きな問題に直面していた。


「どうしよう。どうやって料理の練習をすればいいんだろ…」


 そう。私と紫音は同じアパートの同じ部屋で生活をしている。

 だから、私が料理をすれば必然的に紫音にバレることになるし、それではサプライズにならない。

 しばらく悩んだ末、茜さんにキッチンを貸してもらえないか聞いてみることにした。


「茜さん、お願いしたいことがあるんですが」


「あら、何かしら?」


「キッチンを貸していただくことってできますか?」


「キッチン?どうして?」


「実は…」


 私は茜さんに紫音がもうすぐ誕生日であること、そのために料理の練習をしたいが、部屋でやると彼女にバレてしまうことを説明した。


「なるほどね。そういうことなら、私の部屋にあるキッチンを使っていいわよ?道具も好きに使っていいけど、後片付けはお願いね?」


「もちろんです。ありがとうございます」


 練習する場所を確保した私だが、時間的に紫音がそろそろ帰ってくる頃なので、実際に行うのは明日からに決めた。





 翌日の放課後。紫音と一緒にアパートに帰ってきた私は、茜さんに用事があるからと言って彼女のもとを離れる。


 そして、茜さんの部屋を訪ねてからキッチンを借り、昨日買っておいた材料を使って練習を始めたのだが。


「…ん?大さじ1ってなに?小さじ1/2?少々ってどれくらいが少々なの?」


 私が作ろうとしているのは、きのこがたくさん入ったデミグラスハンバーグとパエリア、そしていちごのショートケーキを作る予定だ。


 しかし、ここまでしっかりとした料理自体が初めてのため全くうまくいかない。

 大さじや小さじの意味はスマホで調べればすぐにわかったが、包丁でうまく具材が切れないし、できても形が崩れたり焦げたりするしで大変だった。


「やばい、全然うまくいかない。練習するにしても材料には限りがあるし、どうしたら…」


 困り果てた私は、キッチンがあるのだから茜さんも料理をするだろうと思い、彼女に作り方のアドバイスを貰うことにした。


「茜さん」


「なーに?」


「料理の作り方を教えてもらえませんか?」


「あー、うーん。料理かぁ」


 茜さんはそう言うと、少し申し訳なさそうな顔をしながら私のことを見てくる。


「ごめんね?私料理をしたことがないのよ。私って食べ専だから、いつもコンビニとかで買ってるのよね。作るのめんどくさいし」


 そういえば、茜さんは部屋割りを決めるためだけに競馬で賭けるほどダメな人だったことを思い出し、私は素直に納得した。


「どうしよう。あと料理ができそうな人って…」


 私の周りで料理ができそうな人は誰かと考えた時、ふと入学して間もない時のことを思い出した。


「そういえば、雅はお昼を自分で作ってるんだっけ…」


 以前、彼女はお昼を寮の厨房を借りて作っていると言っていたことを思い出した私は、さっそく明日にでも雅に教えてもらえないか尋ねることにした。





 次の日。私は学校に着いてからすぐに雅のことを探し、彼女に声をかけて二人きりになる。


「何かあった?」


「あのね、お願いがあるの」


 私はさっそく、紫音の誕生日をお祝いするために料理を作ること、それがうまくいっていないから教えて欲しいことを伝える。


「わかったわ。なら、今日の放課後からでいいかしら?

 場所は寮の厨房で、厨房の人たちには私が話しておくから、白玖乃は材料をお願いね」


「わかった」


 こうして雅から料理を教わることになった私は、その日の放課後、言われた通りに材料を買って寮に向かった。


 その際、紫音には用事があるからしばらく一緒に帰らないと伝えたが、彼女は捨てられた子犬のように落ち込んでしまった。

 しかし、そんな彼女も可愛かったので、紫音を喜ばせるためにも一生懸命に料理を学ぶことに決めたのであった。





 それから数日後。私は今日も寮の厨房で雅に教わりながら料理の練習をしていた。

 この数日間ずっと通っていたせいか、厨房の人たちともすっかり打ち解け、今では会うたびに何故かアメを貰うようになった。


「できた」


「じゃあ、味見してみるわね」


 雅はそう言うと、私の作ったハンバーグ、パエリア、そしてケーキを食べていく。


「…うん。十分美味しいわ。これなら大丈夫そうね」


 私は雅から言われた大丈夫という一言が嬉しくて、思わず泣いてしまいそうになったが、紫音に食べさせるまでは我慢だと何とか堪えて彼女にお礼を言う。


「ありがとう、雅。すごく助かった」


「いいのよ。それと、誕生日の当日は私と一花で紫音のことを外に連れ出すから、白玖乃は最初にアパートに帰ってお祝いの準備をしなさい?」


「わかった。何から何まで本当ありがとね」


 こうして、紫音の誕生日をお祝いするための準備を整えた私は、当日に向けて最終確認をしながら忙しない日々を送った。





 そうして迎えた誕生日当日。予定通り紫音は雅と一花に連れられて遊びに出かけ、私は先生に呼ばれたからと嘘をついて行けないことを伝えた。


 ここ最近ずっと一緒に帰れていなかったせいか、紫音はすごく寂しそうな顔をしていたが、彼女のためだと心を鬼にして見送った。


 3人が見えなくなったのを確認した私は、急いでアパートまで戻る。

 最初に茜さんの部屋に置かせてもらっていた材料を回収し、自分の部屋に戻ると着替えてすぐに料理に取り掛かる。


 雅に教わった通りの手順で料理を作っていき、ミスがないよう慎重にケーキも作っていく。


 料理が一段落つくと、今度は部屋の飾り付けをしていく。

 この日のために前もってしっかりと部屋の片付けはしてきたし、何をどこに飾るかも考えてきた。


 私は飾り付けをしながら、紫音が喜んでくれることを楽しみに手を動かしていく。

 ただ、それと同じくらいに、料理が紫音の口に合うのか、彼女が本当に喜んでくれるのか不安になってくる。


 数時間後、ようやく全ての準備が終わると、ちょうどスマホに通知があった。


『今紫音が帰ったわ。多分30分ほどで着くと思うから、あとは頑張るのよ。白玖乃なら大丈夫。自信を持ちなさい』


 私が不安なことを見透かしたかのように雅は自信を持てと言ってくれた。


「大丈夫。雅も手伝ってくれたし、飾り付けもずっと考えてきたんだ。きっと喜んでくれるはず」


 自分に大丈夫だと言い聞かせ、私は改めて気合を入れて気持ちを切り替える。


 それからは、紫音が帰ってくるまでに料理を温め直し、服もちゃんとしたものに着替えて彼女が帰ってくるのを待った。


 30分後。雅が言った通りの時間に紫音はアパートへと帰ってきた。

 私はクラッカーを持って彼女のことを玄関で待ち、いつでも鳴らせるようにする。


「ただいまー」


パンッ!!


「誕生日おめでとう。紫音」


「…ふぇ?」


 彼女は状況が飲み込めていないのか、玄関に立ったまま微動だにしない。

 さすがに心配になった私は、ゆっくりと紫音に近づいてみる。すると、彼女は突然ポロポロと涙を流し始めた。


「し、紫音!どうしたの?!もしかしてびっくりさせすぎた?!」


 私は慌てて声をかけるが、紫音からの返事はなく、私はどうしたらいいのかが分からず、とにかく抱きしめてみる。


「紫音。もしかしていやだった?」


 彼女が泣いたのは、誕生日を祝われるのが嫌だったからなのではないかと思った私は、恐る恐るそう尋ねた。


「…ううん。違う。白玖乃に祝ってもらえたことがすごく嬉しくて、なんか自然と泣けてきちゃって…」


 紫音はそう言うと、私の肩に顔を埋めながらギュッと抱きしめ返してくれた。


「そうだったんだ。嫌じゃなかったならよかった」


 その後もしばらく抱きしめあっていた私たちだったが、さすがにいつまでも玄関にいるわけにもいかないので、彼女を部屋の中へと入れる。


「わぁ!すごく綺麗な飾り付けだね!」


「気に入ってくれた?」


「うん!とっても!」


 泣き止んだ紫音は、私が彼女のことを想いながら飾り付けをした部屋を見渡し、いつもの明るい笑顔で笑ってくれた。


「ご飯も準備したんだ。今からテーブルに並べるから、紫音は着替えてて」


「わかった!」


 紫音はそう言うと、服を着替えに向かい、私はその間にテーブルに作った料理を並べていく。

 そして、戻ってきた紫音はテーブルに並べられた料理を見ると、また驚いた顔をして動きが止まる。


「…もしかして、これ全部白玖乃が作ったの?」


「うん。紫音のことちゃんとお祝いしたかったから、雅に教わりながら練習したの」


 私がそこまで説明すると、今度は紫音が私のことを抱きしめてくれた。


「ありがとう。本当に嬉しいよ」


「よかった。冷める前に食べよう?」


「そうだね!」


 紫音が座ったのを確認したあと、私も彼女の隣に座り、最初に紫音がハンバーグを食べる。


「ど、どうかな?」


 私が少し不安になりながら彼女にそう尋ねると、紫音は私の方を見て優しく微笑む。


「すっごく美味しい!これまで食べたハンバーグの中で一番美味しいよ!」


 紫音に美味しいと言われたことで一安心し、私も料理を食べ始める。

 その後は二人で楽しくお喋りをしながら作ったものを全て食べ終えて、私が使った皿などの後片付けを行った。


 そして、最後に用意していた誕生日プレゼントを彼女に渡す。


「はい。誕生日プレゼントだよ」


「わぁ!ありがとう!開けていい?」


「うん」


 私が許可を出すと、紫音は包みの袋を破かないよう丁寧に開けていき、中から私があげたものを取り出す。


「これって…」


「マフラーだよ。これから少しずつ寒くなるだろうし、ちょうどいいかなって」


「ありがとう。大切にするね」


 紫音はそう言うと、本当に宝物を扱うかのようにあげたマフラーを優しく抱きしめる。


(よし。ここだ)


 意を決した私は、ドキドキしながらも少しずつ紫音に顔を近づけていき、彼女の頬に軽くキスをする。


 彼女の頬はとても柔らかく、唇の触れたところがとても気持ちよかった。


 私は顔を離して紫音の方を見てみると、彼女は私がキスをしたところを手で押さえながら、口をあわあわして顔を真っ赤にしていた。


「な、ななな、な?!」


「先にお風呂入るね!」


 紫音の反応を見ていると、やった側の私もさすがに恥ずかしくなってきて、私は慌てて立ち上がりお風呂に向かう。


「うぅ。さすがにあの反応を見るに意識はしてくれてそうだけど、この後どうやって顔を合わせればいいんだろ。恥ずかしくて死にそう…」


 紫音に意識してもらうため頬にキスをすることまでは決めていたが、その後のことは全く考えていなかった。

 そのため、私はこの後どうしたら良いのかを考えるため、いつもより長めにお風呂に入るのであった。






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