文化祭 その二

「すみません。オムライスを3つお願いします」


「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」


 私たちは現在、文化祭が始まったばかりだというのに大忙しで動き回っていた。

 というのも、思った以上に執事服組の人気がすごく、一目見ようと学年関係なく多くの女子が訪れていた。


 一番人気はやはり紫音で、彼女が担当したテーブルでは黄色い悲鳴が必ず上がる。

 中には握手を求める子や、一緒に写真を撮りたがる子もいて、紫音は笑顔で全てに対応していた。


 二番人気は一花で、元気に給仕するその姿は先輩からのウケが良く、とても可愛がられているようだった。


 そして、一部の女子からは紫音と一花のカップリングが人気で、紫音が一花に迫るような写真を要望する子までいた。


 そんなこんなで、謎の人気を博している訳だが、ここで一つ問題が起こりそうだった。


「まずい。このまま行くと材料が足りなくなるかも…」


「え、そんなに?」


「うん。今日の分は何とか持ちそうだけど、明日の分は厳しいかもしれない」


 そんな話をしているのは実行委員の子たちで、どうやら食材がこのまま行くと足りなくなるらしい。


「それは困ったわね」


「あ、日野さん」


「紫音。これからご家族に連絡をとって食材を送ってもらうことはできる?」


「宮城からだと早くても明日の午前だから、微妙なところかも」


「わかったわ。なら、悪いけどご家族に連絡をして、明日の午前でいいから届けてもらうようにお願いして貰える?」


「分かった」


「もし届くまでに食材がなくなった場合だけど…」


「みなさん。それなら任せてください」


 そう言って出てきたのは、ちゃっかり執事服に着替えている桜井先生だった。

 ちなみに、桜井先生の人気は6位で、いつも真面目な雰囲気のある先生が執事服を着るのはギャップ萌えということでそこそこ人気があった。


「食堂の方に状況を説明したところ、食材を少し分けてもらえることになりました。

 明日の午前分だけなら何とか足りそうなので、安心してください」


 さすが毎日食堂に通っているだけあるのか、食堂の人たちにも顔を覚えられているようで、なんとか食材を分けて貰うことが出来たようだ。


「実家に連絡したら、すぐに送ってくれるって!」


「よかったわ。先生もありがとうございます」


「いえ。みなさんも頑張っていますし、なにより私はこのクラスの担任なので、当然のことをしただけですよ」


 先生と紫音のおかげで明日も何とかなりそうなので、このあともみんなで協力して頑張っていくのであった。





 クラスの方が一段落つき、私たち四人は休憩がてら他のクラスの出し物を見て回っていた。


「結構いろいろなのあるね。…あ、白玖乃!クレープがあるよ!食べよう!」


「うん」


 紫音はずっと接客をしていてお腹が空いたのか、先ほどから飲食物が売られているところを見ると必ず買いに寄っていた。


 そうしていろいろ見て回っていた私たちは、一花の提案でとある場所に来ていた


「ね、ねぇ。ほんとに入るの?」


「あれ、もしかして紫音さんはこういうの苦手?」


「苦手っていうか、怖いのは普通に無理」


 私たちが現在いるのは、2年生が行なっているお化け屋敷だ。

 さすが先輩と言うべきなのか、私たちが場所と時間の問題でできなかった物をやってのけるのはすごいと思う。


「意外ね。紫音はこういうのも大丈夫だと思ってたわ」


「大丈夫。私がいるから安心して」


「はくのぉ〜!」


 お化け屋敷はどうやら二人ずつのようで、私と紫音、一花と雅でいつも通りに別れた。


 紫音はよほど怖いのが苦手なのか、中に入るとすぐに腕を組んできた。


「うぅ。白玖乃、絶対離れないでね」


「うん。絶対離れない」


 そうして中を歩き始めた私たちだが、中の作りはすごく凝っていて、どうやって作ったのかは分からないが上から生首が降ってきたり、井戸のようなものから人が出てきたりと凄かった。


 紫音はその間ずっと悲鳴を上げており、終いには泣き出しそうだったので、私は少しだけ急いでお化け屋敷を出ることにした。


「紫音。もう終わったよ。だから大丈夫」


 私はそう声をかけながら、優しくしか彼女を抱きしめて背中を撫で続ける。

 しばらくそのままでいると、ようやく落ち着くことが出来たのか、ゆっくりと顔を上げた。


「ありがとう、白玖乃。おかげで少し落ち着けた…」


「どういたしまして。でも、どうしてそんなに苦手なの?」


「実は、小さい頃におばあちゃんから聞いた怖い話がすごく怖くて、それ以来お化けとかが無理になったんだよね…」


 紫音の話を聞いた私は、なるほどと納得する。ようは小さい頃の影響でトラウマになってしまったようだ。

 でも、こうして弱っている紫音も可愛いと思ったことは私だけの秘密にしておこう。


 その後も少しの間、一花と雅が出てくるのを話しながら待っていると、ようやく二人が出てきた。


「いやー、面白かった」


「そうね。よく作り込まれていて楽しかったわね」


 紫音は出てきた時に疲労困憊だったのに、二人は何ともあっけらかんとして感想を言い合いながら出てきた。


「あら?白玖乃、紫音はどうしたの?」


 すると、雅は私の左腕を組んで離そうとしない紫音を見て尋ねてくる。


「なんかよほど怖かったらしくして、離れたくないらしい」


「なるほど。そういうことね」


「さて!次はどこに行こうか!」


 一花は今の状況を全く気にしていないのか、次はどこに行くかと聞いてくる。


「私、面白そうなところ知ってるわよ」


「なら、次はそこに行こう!」





 次に私たちが来たのは、3年生がやっているカフェだった。


「ここなら、紫音も落ち着けると思うわ」


 そう言われながら、入り口の前に立てられた看板を確認してみる。


「犬と猫の写真カフェ?」


「そう。犬や猫カフェは出来ないから、持ち寄った可愛い犬と猫の写真をファイルにまとめてテーブルに置き、それを見てもらいながら食べ物などを提供するらしいわ」


 3年生はどうやら、オリジナリティのある独特な出し物を行なっているようだ。


 私たちはさっそく中に入りテーブルに着くと、それぞれ飲み物を注文していく。

 そして、テーブルに置かれたファイルに目を通してみるわけだが、そこには可愛い犬と猫の写真がたくさんあった。


 入学する前、紫音はペットショップで猫や犬を見て喜んでいたので、きっとこの写真で元気を出してくれるだろうと思い彼女に見せる。


「ほら見て紫音。犬と猫の写真だよ?」


 紫音は私に言われて写真を見ると、先ほどまで元気のなかった顔が少しずつゆるんでいく。


「確かにめんこい。この子とかお腹見せててらずもねくめんこい」


 どうやらいつもの彼女に戻ってきたようなので、私は一安心して前を見る。

 すると、一花と雅は少し驚きながら私たちのことを見ていた。


「どうかした?」


「い、いや。白玖乃は今なんて言ったの?」


「なんてって、なにが?」


 一花の言っている意味がよく分からなかった私は、彼女に尋ね返す。


「いや、めんこい?とか言ってたよね」


「あぁ。めんこいね。前に紫音が可愛いって意味だって言ってたよ?また紫音が訛ってた?」


「紫音さんがというより、白玖乃が最初に言ってたよ」


「…え?」


「どちらかというと、白玖乃が言ったから紫音も訛ったって感じね」


「本当に?」


 私がそう聞き返すと、二人は無言で頷いた。どうやら私は、知らず知らずのうちに紫音の訛りが少しだけうつってしまったようだ。


 ただ、不思議と悪い気はしないので、特に意識して直したりしようとは思わなかった。


 犬と猫の写真カフェを堪能した私たちは、その後も各部活の出し物や体育館で行われた自主発表などを見て楽しんだ後、自分たちのクラスへと戻って行くのであった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇

よければ同時連載しているこちらの作品もお願いします。



『人気者の彼女を私に依存させる話』


https://kakuyomu.jp/works/16817330649790698661

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