面談

 ゴールデンウィークが開けてからしばらく経ち、5月中旬。今日から放課後に桜井先生との二者面談が始まる。

 順番は席順で、私は4番目にである。そして、前の席の一花が終わり、教室を出てくる。


「おつかれ、どうだった?」


「 特に何かあるわけじゃないよ。寮生活はどうかとか、勉強のことや学校でのことを聞かれるくらい」


「そうなんだ。ならすぐに終わりそうだね」


「うん。あまり気を張らなくても大丈夫そう。それじゃ、うちは先に帰るね。また明日」


「ありがと。また明日ね」


 私がそう言うと、軽く手を振りながら帰って行った。

 そして、私は桜井先生を待たせるわけにもいかないので、すぐにドアをノックする。


コンコンコン


「どうぞ」


「失礼します」


 桜井先生の返事を聞いた後、私はドアを開けて中に入る。そして、先生の向かい側に用意された椅子に座り先生のことを見る。


「橘さんですね。今日はお時間を頂きありがとうございます。ではさっそく、いくつか質問させて下さい。

 まず、学校で分からないことや授業についてはどうですか?何かあれば何でもいいので教えて下さい」


「学校は友達もできたので楽しいです。授業は眠くなるのに耐えるのが大変で何とかならないかなと悩んでます」


「お友達ができて楽しいと言うのは良いですね。授業中に眠くなる件については私にはどうにも出来ないので、自分で頑張って下さい」


 桜井先生は、私のどうでもいい悩みにも一応返答してくれる。きっとこの先生は優しい先生なのだろうと感じた瞬間だ。


「では次に、アパートでの生活はどうですか?同室の子とのトラブルや生活で困っていることはありませんか?」


「生活はとても快適です。ご飯を作ってもらえるし、寝坊しないように起こしてもらえるので、トラブルなどは特にありません。

 生活についても、紫音がいろいろと節約してくれているので困ってません」


「橘さんももう少しご飯を作るお手伝いをした方が良いかもしれませんね。それと、朝も自分で起きるように努力して下さい。

 生活については困っていないようなのでよかったです」


 その後も、体調はどうとか、苦手な教科や得意な教科は何かなど聞かれるが、特に答えるの難しい質問がされることもなく、最後の質問がされる。


「では、最後の質問です。橘さんと鬼灯さんはお付き合いをしているのですか?」


「…いえ、してませんけど。何ですか?その質問」


「いえ、前に鬼灯さんの膝上に橘さんが座っており、後ろから鬼灯さんが抱きしめていたので、てっきりそういう関係なのかと…」


 桜井先生は、最後の最後に全く関係無さそうな質問をしてきた。それに対して付き合っていないことを伝えると、先生の顔は何故かとても残念そうな顔になった。


「なんでそんな質問して来たんですか?」


「恋人を作る際の参考にお話を聞ければと思いまして」


 そう言った先生の顔は赤く染まっており、恥ずかしかったのか視線も下にさげて俯いてしまう。


「あの桜井先生、失礼ですが交際経験は…」


「…恥ずかしながらありません。これまでずっと女子校だったので、異性の方と親しくなる機会が全くありませんでしたから」


 まさかの恋愛経験なしだった。私も恋愛経験は無いが、全く異性と関わらなかったわけでは無い。中学までは共学だったし、それなりに仲の良かった人もいる。


「橘さん。身近で誰かご紹介頂けませんか?」


「何で私に聞くんですか?」


「紫音さんとのことを見る限り、人付き合いが上手そうでしたので」


 面談で相談をするはずが、逆に桜井先生から恋愛相談をされる事になってしまった。

 でも、私のどうでもいい悩みにも答えてくれたので、私も力になってあげたい。

そう思った私は、先生と歳が近い人のことを考え、一人だけ思い当たる人がいた。


「あの、私のアパートで管理人をしている悠木茜さんという人なんてどうでしょう?」


「なんで同性なの?!しかも茜じゃない!絶対にダメよ!」


 桜井先生は、机を全力で叩きながら前のめりになり、いつもの落ち着いた雰囲気が嘘のように大きな声で否定してきた。


「先生、落ち着いてください。茜さんのことを知ってるんですか?」


「あ、ごめんなさい。ふぅ…。実は、茜とは幼稚園からの幼馴染で、大学までずっと一緒だったんです」


「そうなんですね。じゃあ仲もいいんですか?」


「そうですね。悪くわないです。ただ、ちょっと彼女の性格が何と言いますか、ダメ人間のそれでして…」


 そう言われた私は、思い当たる節があったので、何とも言えない顔をしてしまう。


「その反応を見るに、何か心当たりがあるようですね」


「実は部屋割りを決めた時について聞いたんですが、競馬に賭けて負けたらしく、お金がないと言っていました」


「あの子はまたそんなことを…。

 あの子は昔からそうなのです。小学生の時に、修学旅行中に移動が面倒だからと、観光地についてもバスから降りないし、中学の時は勉強がだるいと言って課題を私に押し付けてきて。

 高校ではいつでも寝れるようにとマイ枕を持ってきて休み時間はいつも寝ているような子でした。

 終いには大学4年の時に就職したくないと言い始め、高校の時の伝手を使って現在のアパートの管理人になったんです」


 私は桜井先生から聞かされた茜さんのあまりのダメっぷりに驚いてしまい、開いた口が塞がらなかった。

 それと同時に、そんな茜さんの幼馴染としてずっと一緒に居た桜井先生には同情してしまう。


「先生、大変でしたね」


「本当に大変でした。っと、なんだか愚痴っぽくなってしまい申し訳ありません。それと、茜も根は良い子なので、仲良くしていただけると嬉しいです」


「大丈夫です。茜さんが良い人なのは分かりますし、私だけでなく紫音も茜さんのことを慕っているので安心してください」


「ありがとうございます。では、だいぶ時間が掛かってしまいましたが、以上で橘さんの面談を終わります。今日はありがとうございました」


「はい。こちらこそ、いろいろとありがとうございました。では失礼いたします」


 私は桜井先生にお礼を言った後、教室のドアを開けて廊下に出る。紫音は先にアパートに帰っているので、今日は一人で帰る。


(それにしても、茜さんと桜井先生が幼馴染だったなんて。世間は狭いというかなんというか…)


 アパートまでの帰り道、私は先ほど聞いた桜井先生の話を思い出していた。


(茜さん。なんとなくダメな人の雰囲気があったけど、やっぱりそうだったんだ。この話は紫音にも聞かせてあげよう)


 紫音にいいお土産話ができた私は、早く彼女にこの話を聞かせてあげたくて、少し早足になってアパートに向かった。





「ただいまー」


「おかえり」


 私がドアを開けて部屋の中に入ると、エプロンを付けた紫音が出迎えてくれた。どうやら晩御飯の準備をしてくれていたようだ。

 いつもは一緒に帰ってくるので、紫音にこうして出迎えてもらうのは初めてのことになる。そのことを新鮮に感じた私は、カバンを床に置いた後、なんとなく彼女のことを抱きしめる。

 紫音は突然のことにびっくりしながらも私のことを抱きしめ返し、少しだけ訛りながら聞いてくる。


「ど、どったのさ、白玖乃?」


「なんとなくしたくなっただけ。もしかして嫌だった?」


「嫌なわけねぇべ!むしろ嬉しがったよ。白玖乃が嫌でねければまたしてけろ」


「わかった。いつもは紫音からされてるし、たまに私からもするね」


「楽しみさしてる」


 紫音はそう言うと、私のことを抱きしめている腕に少しだけ力を入れる。しばらく抱きしめあっていた私たちだが、紫音が晩御飯を作っている最中だったことを思い出し、私に一言謝ってから腕を話した。


 その後、私は紫音が作ってくれた晩御飯を食べながら、桜井先生から聞いた茜さんの話を紫音に聞かせた。

 彼女は苦笑しながら話を最後まで聞き、「桜井先生も大変なんだね」と、何故か私を見ながら感想を言ってきた。

 私はそのことを疑問に感じたが、特に深い意味はないだろうと思い、聞き返すことはしなかった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇

よければ同時連載しているこちらの作品もお願いします。



『人気者の彼女を私に依存させる話』


https://kakuyomu.jp/works/16817330649790698661

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