第57話 閑話:魔力といふもの

 我輩はアブソルト=カレルギアという。

 カレルギア帝国という国の第三皇子として生まれた。そして3年前、前世の記憶を取り戻した。そして今まで今世で当然と思っていた魔法というものの存在に改めて驚愕した。


 わけがわからない。なぜ呪文を唱えると火が灯るのだ? この世界の人間の吐息は可燃性の気体なのか、あるいは高度な音声入力機構がナノマシンかなにかで空中散布でもされていて何らかの電子的作用で様々な事象を引き起こしているのだろうか。


 我輩は前世ではプログラマーをしていた。どんなに不合理なバグに見えてもその機序を丁寧に追っていけば必ず原因につきあたるものだ。そして魔力魔法というものも同じで何らかの論理に従って発生発動しているとしか思えない。

 何故なら現実の観測に基づくと一定の法則が存在するとしか思えないからである。

 熟練の魔術師であればあるほど同じ文言を唱えれば同様の結論に行き着く。熟練というものは不確実性やゆらぎの排除である。余剰情報を排除し結果を収斂させる作用だ。

 とすれば何らかの法則、というものが必ずあるはずだ。そうでなければ唱えるごとに効果が異なるはずで、そんなものはおそろしくて使用に耐えない。


 かのロッド・サーリングはこう述べていた。

 『サイエンス・フィクションは信じがたい可能なことを描き、サイエンス・ファンタジーはもっともらしい不可能なことを描く』


 前世では魔法はファンタジーであった。だが観測から導かれる事実として、この世界には魔力(仮定)という前世に存在しなかった物質又は力が存在するのだろう。

 とすれば当該物質又は力はフィクションですらなく、ただのサイエンスに過ぎない。なぜなら現実に魔法としてその効果を発動し、それは我輩以外の余人にとって疑いを挟む余地すらないものであるからだ。まあこの話自体がフィクションであるというメタ的な可能性はさておいて。

 さてそもそもの疑問はこの魔力というものが何なのか、ということだ。これは前世地球には存在しない物質である。であるからして、まずはこれを観測検知するところからはじめなければならない。難題だ。


 魔法使いに聞くと、大気中に存在する魔力を取り込んで自己の中で何らかの変換を行い放出する。それによって魔法の効力を発揮させているようだ。

 何らかの変換というのは魔法使い本人は呪文と認識しているようだが、恐らく異なる。体感感覚を複数人の魔法使いに聞き取ると、魔法を行使する前に、体内に構成された何かの受容体のようなものに魔力を収納しているようなのだ。つまりその受容体の有無が魔法の使用が可能かどうかを分ける、のだろう。そうでなければ人によって魔法が使えたり使えなかったりするはずがないし、そもそもその魔力とやらを体内に取り込む必要もない気はする。


 そしてその体内器官を鍛えることによって魔力伝達がスムーズになるとかよくわからないことを言っているから、やはりおそらくそういうものがあるのであろう。

 つまり魔法というものは、おそらく大気中の魔力をその謎の受容体によって人間に使用可能なようにフィックスさせた上で、呪文というフィルタリング的なものを通して指向性等を与えて効果を発動しているのではないか、と思う。

 流石に人を解剖して確認するわけにもいかないが、そのうち魔法を使うゴブリンなどを捉えて試してみたい。


 そこで吾輩は第一の壁にぶち当たった。

 魔法使いは大気に魔力があると述べる。そうであれば、魔力を研究するためには大気中から他の元素と分離し魔力だけを取り出す必要がある。

 しかしこの科学技術の未発達な世界で厳密な大気の分離という作業が行えるとは到底思えない。転生ではなく地球から直接の転移者というものがいる以上、地球と大気の組成が大幅に異なるとは考え難いのだ。まぁ、転移するときに何らかのスキルというものを得られることがあるそうだから、世界を渡る時点で人体組成が変質している可能性も否めないが。


 そこで固形化された魔力というものに行き当たった。つまるところ魔石である。これは鉱山や特殊状況下の湖沼等で算出される鉱物や泥土或いは生物外殻が魔力を帯びたもの、らしい。

 最初は本当だろうか、と思ったが、魔法使いたちは大気にある魔力が濃縮したものであると断言し、また大規模魔法行使における補助魔力として魔石から魔力を取り出して使用していた。

 厳密には習慣や信仰といった思考矯正による誤謬の可能性も捨て切れぬ。しかし効果として魔力の代替として用いて効果が発動しているというのだからこれを基礎研究剤とすることに異論はない。というより他にない。

 そこで魔石から魔法使いが魔力を取り出すときに魔力を分離採取できないかと考え、魔石をスライム剤、つまりスライムを極限まで薄く伸ばしたもので、強度はさほど強くはないもののビニール袋のように液体や気体を少量であれば保存できるもの、で覆って魔力を採取できないかと思い試みた。だが魔力はスライム剤をすりぬけて魔法使いの手に収まった。その結果に吾輩はひどく混乱した。


 魔力は気体ではない……?

 魔法使いは魔力は大気に満ちているというから、てっきり魔力というものは気体で受容体は循環器間に備わっているのだと思っていた。けれども根本から見直さなければならないかもしれない。

 魔力とは電気や磁力のようなものだろうか。プラズマ体、いわゆる電離気体や地球には存在しなかったそれ以外の物質の状態というのであれば、それ自体の解析は流石に吾輩の手に余る。或いは炭素体や生物由来の物質はすり抜ける物質、または細胞をすり抜けられる極小の個体。その場合はニュートリノ等の極小の素粒子等なのだろうか。

 この世界には石油のようなものは存在するように聞いたから取り寄せて本格的にビニール袋でも作ろうとも思ったがスライム剤との差異がそこまで生ずるのかは疑問だ。費用対効果を考えると別の方法を検討したほうが良い。

 ただし地球世界でも電離気体が陽イオンと電子であると判明する以前においても、電気の性質の研究は十分になされていた。だから現象面の観測によって魔力というものの性質を観測することはできるだろう。うむうむ。


 そうするとやはり研究対象は検知観測の困難な大気ではなく魔石となる。

 魔法使いによれば個々の魔石によって使用感が多少異なるというのだから、まずは魔石を様々に対照させてその違いや性質を調査解析すればよいのではないだろうか。

 そのためにまずは触媒を探す必要がある。

 これについても魔法使いがヒントを持っていた。銀杯石というものだ。乳白色を基礎として銀色に震えるように光沢する石。地球にはないものだと思う。

 用途を聞くとこれを肌につけて魔法を唱えると魔法の精度があがるそうだ。これはどの魔法使いでも多少の差はあれども同様の効力をもたらすそうであるから気のせいとか個体差という問題でもなさそうだ。


 実際、魔法使いに銀杯石に魔法を行使してもらうとその光沢に変化が生じた。魔石に近づけた場合や魔石から魔力を引き出す場合も同様に変化があったがその様相は魔法の種類によって多少違うようだった。そうするとその違いをどのように記録にとどめるか、だな。


 とすれば次は触媒となりうる銀杯石自体の研究だ。

 銀杯石を様々な形に加工したところ、細い紐状に加工した物が一番反応が顕著で使い勝手がよさそうだった。

 そしてその研究過程で、魔力というものが一定方向に伝播する性質を持つものであることが判明する。紐状に細長く加工した銀杯石、これを伝達腺と名付けることにしたが、放射線状に並べてその真中で魔法使いに魔法を行使してもらえば、さざなみのように波紋が外側に伝わっていく。伝達腺を更に長くすると、遠くに行けば行くほどその光は減衰した。伝達腺を反対にしても同じ効果があったから伝達腺自体に指向性があるわけではなさそうである。とすれば魔力とは時間ないし距離によって減衰する熱や音、波のようなものなのであろうか。

 うーん可能性は多いけれど、現在時点で検討し切ることは難しそうだ。


 そしてそのころまでは宮廷魔法使いに実験を手伝ってもらっていたが、専属の魔法使いを部下にもらった。まだ若く、強い魔法は使えないが安定性に定評があるという。吾輩は強い魔法が使いたいわけではなく実験がしたいだけなのであるから、安定性のほうが都合が良い。

 名前をヘルベルト=マシュレールと言った。吾輩より7歳ほど年上のようだ。とはいえ吾輩は未だ13歳なのであるから、ヘルベルトも若輩も若輩なのだろう。

 そういえば吾輩はその他の勉強は免除されている。

 この国カレルギアはある意味実力主義で、何らかの功績さえ上げれば何も言ってはこない。吾輩は伝達腺を主軸に魔力測定器のようなものを開発したから、その功績を認められて予算と部下と専門の実験室を手に入れたのだ。


 日本の教育レベルを前提とするとこの世界で学ぶべきものはない。吾輩は元来記憶力がよいようで、貴族や重要人物の名前経歴などはすらすらと頭に入ってくるから改めて学ぶ必要もない。魔力についてはカラキシ才能がないらしいし剣術も興味がない。だから吾輩は魔石の研究をそのライフワークとすることとした。多少変な目では見られるが問題はない。吾輩は前世でもぼっちである。


 今はもらった部屋にこたつを作って2人で足をつっこみながらヘルベルトに極小の炎魔法を撃たせて伝達腺の傾向を把握しようとしていた。カレルギアの冬は何だかんだ寒い。

 最近すこし行き詰まっている。銀杯石の変化には明度と彩度の他に速度がある。明度と彩度については色見本を作り、速度については複数の水時計を組み合わせて調査しているが、銀杯石の伝達速度は案外高い。

 だから自動的に速度を計測する機械を作りたい。


 銀杯石以外でも色々素材を研究した。僅かでも光が当たると重くなる石というものがあった。それを薄く加工して先端にペンをつけた。

 容器の底に小さな穴を開けて、毎時一定量の水が出るようにして、それを動力に紙を巻き取る仕組みを作った。これで水を流している間は一定の速度で紙が巻き取られる。真っ暗な中で銀杯石の輝きをペンが記録した。

 さまざまな魔石と魔法の組み合わせで試すとモールス信号のように一定の周波が現れた。

 やったぞ! 大きな進歩だ!


「アブソルト様。これは一体なんの役に立つんです?」

「そんなもん知るか。吾輩は魔力が何かを知りたいのだ。基礎研究とはそういうものだ。なんの役に立つかは誰かが考えれば良い」

「ふうん。よくわからないです」


 ヘルベルトは腑には落ちないがまあいいや、という顔をしながらナランチというミカンに似た果物の皮を剥いている。

「魔石を活用できるようにしたい」

「魔法を使えるようになりたいんですか?」

「そんなもんはどうでもいい。魔法を使うと腹が減るのだろう? 肉体労働は嫌だ」

「よくわからないですねぇ」

「例えばこのコタツだ。今は机に布団を挟んでいるだけだが、将来的には勝手に中が温まるようにしたい」

「今も十分あったかいですよ」


 そうだ。今も体温により温まった空気が滞留するから中は外よりは暖かい。

 今考えているのは人を通さずに魔法を行使する方法だ。ヘルベルトに言っても理解しないだろうが、わざわざ人体に取り入れて変換して放出するとかリソースの無駄に思える。いずれにせよ何かの機序で魔法となるなら、呪文を使うように魔石に直接命令をすることによって魔石が勝手にあったかくなってコタツを温めることができないかな。

 ヘルベルトは足が少し臭い。だがそれを直接言わない程度の分別は心得ている。吾輩専用のコタツが欲しい。


「そういえばこの伝達腺で魔女様の魔力回路に接続できないかな」

「何だそれは」

「あれ? ご存じないですか? 魔女様が魔力を管理されるのに魔力回路を作っているんですよ。そこには膨大な魔力が……」

「いや、その前の『魔女様』だ。管理と言ったが……実在するのか?」

「なにを言っているんです。いらっしゃるに決まってるでしょう。いらっしゃらなきゃ、この領域に魔力暴走や枯渇が起こったらどうするんですか」


 ヘルベルトが心底呆れた声を出す。

 そういえば記憶が戻るまでは魔女の存在を信じていた。数千年、下手をすれば数万年や永久の刻を生きる存在。数万年とか永久とか誰が検証してんだよ。そんな眉唾なものはいるはずがないと思っていた。

 だがドラゴンの存在は信じた。何せ城の吾輩の部屋から見える山の上にたまに飛んでるからな。それにしても航空力学的にあの巨体が羽ばたきで風に浮くはずがない。体長50メートルくらいはある。だからあれも魔法で飛んでいるのだろう。

 ドラゴンは魔法の詠唱なんてしないはずだ。どう考えても発声器官が異なる。だからその原理もわかれば将来的にはドローンのようなものに搭乗して自在に空が飛べるのではないだろうか?

 夢がひろがりんぐ。


「アブソルト様?」

「ああそうだ。その魔女様というのはヨボヨボになったりボケたりはしないんだよな」

「魔女様がボケるはずがないでしょう? 流石に不敬ですよ」

「ということは不老不死のロリババァかな。のじゃ系なら萌えるんだが」

「ろりばばぁ?」

「よし決めた。当面の目標はその魔女様に会いに行くことにする、そのために魔力回路というものを見つけるのだ」


 ヘルベルトは今度は心底心配そうな顔をした。

 魔女の実在性。現在のところは魔力研究に力を注いできたがそろそろ何らかの方向性を求める時期に来ているのかもしれない。


「前々から思ってたんですけど、アブソルト様って頭がおかしいですよね?」

「うるさい。そんなことは今更だ。生まれる前から言われ続けている」

「はぁ。とりあえずナランチ食べます?」


 ふむ、ナランチに罪はない。

 吾輩が伝説になるのはこのしばらく後の話。



3章は気が向いたら発生するかもしれません。

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転生したらデュラハンだった。首取れてたけど楽しく暮らしてるん。 Tempp @ぷかぷか @Tempp

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