第55話 僕とデュラはんの帰還

 ここはもう国境の町キーレフ。

 来た道を振り返ると、その景色は僕が初めてこの領域に来た時とはほんの少しだけ違っていた。

 乾いた明るい赤と黄色の世界に、ほんの少しだけ湿ったような深い色が混ざっている。特に遠くに見えるアストルム山は少しだけ黒くなっている、ように見えた。

 これからは魔力が少しずつこの地に戻り、他の領域と同じようにそのうち緑に覆われるのかもしれない。どのくらい先かはわからないけれど。


ー本当にお世話になりました。

「あの、本当に誰にも教えないでくださいね、術式。絶対ですよ?」

ー当然です。リシャールにだって教えません。万一の時は魔女様がすでにご存知ですので、必要があればご判断なされるでしょう。

 リシャールさんの肩に乗る小さな粘土人形の言葉にリシャールさんが頷いている。

 消滅すると聞いていたから術式を教えたはずなのに、すっかり騙されてしまった。機甲ならデュラはんの魔力を留めて動いていたじゃないか。なんだか未だに混乱する。皇后様は今は精霊、いや、妖精なんだろうか?

 魔力のままその姿を保つのが精霊、魔力が肉の体を纏ったものが妖精。肉じゃなくても土とかでもいいんだけど、ゴーレムとか。そうすると皇后様はモンスターになられてしまった?

 機甲モンスター?

 うーん。モンスターって何だろう。デュラはんに対していつも思っていたことだけれど、その疑問の対象が2人に増えた。


 皇后様は公式には亡くなられたことになっている。けれどもいつか将来、機甲技術が発達して元の体に戻られる可能性を考えて、その体は魔法で凍結されて城の奥深くに眠っている。

 今の皇后様の体は粘土でできている。ぐにゃっと潰れていた形はマルセスさんが綺麗に整えて今は元の姿、緑色の髪が長く伸びたツインテールに伝達腺で編まれた銀色の服を着た人形の姿に修復されている。デュラはんは『クレイろいどや』と言っていたけど、これはやっぱり粘土でできたゴーレム、クレイゴーレムなのだろうか。

 マルセスさんが言うにはそもそもこの粘土自体も魔石や他の特殊な鉱石を練り合わせた特別なものらしいのだけど。


「リシャール様、出領の手続きが完了いたしました」

 マルセスさんが出領管理局から出てきた。

「皇后様。それではここで失礼します」

ーええ、息災で。もしこちらに来られるようでしたら歓迎いたします。

「それでは母上、行ってまいります」

ーリシャールも元気で。あなたは公務として行くのですから弁えるのですよ。

「もちろんです!」

 コレドさんとそのほかにも何名かの見知った隊員がカレルギアの竜車から普通の馬車に荷物を積み替えていた。

 リシャールさんは機甲兵装ではなく軽装のスーツをまとっている。公務といっても王族としてではなく第一機甲師団所属員として他の領域の調査に向かうのだ。

 僕らがカレルギアに入領した時はデュラはんと2人だったけれど、出るときはたくさんに増えていた。


 魔女様が自ら魔力の管理を行われるようになり、神子はその役目を終えた。

 けれども機甲師団としてはかえって仕事が増えている。魔力が活発になればそれを糧とするモンスターの増加が見込まれる。竜種も今後大量の魔力を吸収して巨大化する恐れがある。

 それに対処するために急務となるのは、大気中に魔力があふれる世界で今のカレルギアの機甲が動作するのかという点だ。

 アブソルトが機甲を作った時代では、カレルギアには大気中に魔力が満ちていた。けれどもその後に作られた機甲は大気中に魔力が存在しないことを前提として発達している。マルセスが検討した結果、アブソルトが自ら作成した機甲と現在の機甲は少し仕様が異なるようだ。そうすると今後魔力が大気に満ちれば現行の機甲が動作不良に陥る可能性がある。動力の一部を機甲に委ねているカレルギアでは産業が立ち行かなくなる可能性がある。


 そこでアブソルトの秘密を知るリシャールさん、マルセスさん、コレドさんが既に魔力があふれる他の領域において機甲が作動するかの確認及び対処修正方法を研究するため、他国を外遊することになった。

 この領境を出たら一旦お別れだけど、そのうちキウィタス村にも訪れてくれるらしい。マルセスさんは絶対行くと言っている。


「それまであのメモちゃんととっといてや」

「それまでに廃棄した方がアブソルトの供養になると思うんだが」

「俺の村に原資料厨がおるんや……」

「あぁ……」

 マルセスさんはアブソルトの部屋にあった資料と機材を丸々持ち運んでいる。その他に各種機甲も一式。だからリシャールさんたちは大荷物。

 用意が整い、一緒に領境をくぐるときた時と同じようにぴりりという違和感がして背負ったカゴからぐぁという声がした。

「それではな」

「リシャールさんたちもお元気で。村に来られた際には歓迎いたします」

 次々に握手をして、デュラはんは頭をくしゃくしゃに撫でられて、土埃と一緒に一団の馬車が街道に消え去るのを見送り、僕らは乗合馬車の停車バスに向かう。

 ここから村まではまだ随分かかる。けれどもその到着がとても待ち遠しい。2ヶ月くらいしか経っていないのに、とても長い時間だったように感じる。

 たくさんお土産を買った。首のみんなには変わった食べ物や機甲についての書物、村にはない鉱石。村のみんなにはたくさんのお菓子。来た時と全然違って荷物もいっぱい。帰ったらみんなに配らなくっちゃ。

 僕とデュラはんの冒険だけはみんなには秘密だけど。

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