第54話 赤と黄色と緑の世界

 グラグラと振動を続ける部屋の壁をなんとか伝って進むと隣の部屋の惨状はさらにひどく、床にたくさんのよくわからないものが散らばっている。それに埋もれて機甲を纏った皇后様がお眠りになられていた。おそらくもう目覚めることはないのだろう。

 心がズキリと痛む。けれどもぼくは先に進まなきゃ。皇后様に約束したんだから。

「ボニ、私も共に行こう。城から門へは少しある。先程のことは頼んだぞ、マルセス」

「了解しました。何とかしてみせますとも!」

「ここはお城なのですか?」

「そうだ。城内のアブソルトの秘密の部屋だ」

「アブソルトの……」

 凄く気にはなったけれど、その散らかった奇妙な部屋を抜けて城を出れば、街中は阿鼻叫喚だった。はるか遠くのアストルム山からは灰色の噴煙がもうもうと吹き上がっている。

 機甲が使えなくなった、どうしたらいいんだ、そんな叫び声がそこかしこから上がる。でも大丈夫、それはもうすぐ元に戻るはず。喧騒を聞き流しながら門を走り抜ければ丁度、真っ黒で巨大な龍が嵐と轟音を伴って降り立ち、竜巻のようにバリバリと砂と赤土が舞った。

 そしてその背からするりと小柄な人影が降り立った。

「コレド! 大丈夫か⁉」

「僕は平気ですがデュラはんが魔力切れです。ポーションを取ってくるのであとお願いします」

「デュラはん⁉」

 駆け寄って慌てて受け取ったカゴを覗くと真っ青な顔をしたデュラはんが入っていた。

 魔力切れ⁉ 魔石化は⁉


「デュラはん⁉ 大丈夫⁉」

「あるぇ? ボニたんがおるぅ。んん、でもあと何個かあるんよ」

 僕は思わずデュラはんの頭を抱きしめた。土埃の臭いがした。

「もう封印は解けたよ。デュラはんのおかげで噴火もしなかった。だからしっかりして?」

「ううん? 解けたん? ほんま? 本物のボニたん?」

「うん、本物だよ」

「よかったぁ。なんかもう駄目やってん。力全然入らへん」

「デュラはん‼」

「お腹空いてお腹空いてほんまに……」

 お腹空いて?

「お腹空いたの?」

 それだけ?

 うんと小さくデュラはんは頷いた。

 なんだかその言葉にほっとして、すっかり安心したら妙におかしくて、喉の奥から笑いが込み上げてきた。見るとデュラハンも目をしぱしぱさせながらふふと微笑んだ。

 その後くてっと気を失ったデュラはんにものすごく動転したけれど、コレドが走って戻ってきた手に掴まれた魔力ポーションを3本くらい無理やり飲ませたら、ぱちっと目を覚ました。


「えっなんで?」

「どうしたの?」

「さっきまでめっちゃお腹空いとったん治ってもうた。抹茶パフェは?」

「抹茶パフェ?」

「今やったら食べれる思たのにもう」

「よかった元気になって! ほんとに!」

「えぇ~でも抹茶パフェ……」

 そう思っているうちに地面の振動が少しずつ小さくなっていく。たぶん封印が解けて、魔女様が魔力回路を制御され始めたのだと思う。

 ふわりと妙な、何かが満ちていくような不思議な感覚が地面から立ち上っていく。

 これが、魔力?


 なんだかすっかり元気になってがっかりしているデュラはんと一緒にアストルム山を見上げると、そびえ立つ赤と黄色の山肌がいつもより黒く湿っていて、ほんの少しだけどその2色の色合いの隙間にわずかな黄緑色が生えているのが見えた。

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