第49話 アストルム山の景色

 姫様と帝、エウドキナ様とマルセスさん、それからデュラはんが簡易陣に残り、僕を含めた全員は追い出された。それからはてんやわんやで、同じ部隊のみんなに囲まれて散々問い詰められ、僕が話してもよさそうな、大丈夫そうなことを話す。実際はその判断なんてつかないに等しいけど、とにかく魔女様に関連すること以外、聞かれるままにおおよその顛末について話した。

 アストルム山が噴火するといえば、そんな馬鹿なと言われる。けれどもこのじわじわとわずかに揺れ続ける地面や時折ドンという音と共に発生する振動にだんだんと不安が湧き上がる。

 おそらく、多分だけどその不安は時間と共に増大していく。もうすぐ夜が明ける。その証拠に空はうっすらとオレンジ色に染まり始めている。その赤く聳え立つアストルム山の威容はなんだかこの世の終わりのような恐ろしさを感じさせる。

 けれども僕はきっとボニさんが何とかしてくれると信じている。


「おい見ろ、龍だ!」

「なんだって⁉ 何だあの数は!」


 その声に釣られて見上げると、オレンジ色と黒の混じり合った山頂付近から10頭ほどの龍が飛び立つところだった。あれほどたくさんの龍が空を舞うなんてこれまでになかったことだ。それが否が応にも全ての終わりを予感させる。

 けれどもイレヌルタ殿は龍種を避難させると言っていた。多分それだろう。

 けれどもざわめきはさらに大きくなる。集団うちの最も大きな龍の影がじわじわと大きくなってくる。帝都を囲む巨大な壁上のバリスタの矢ですら吹き戻す強風を巻き起こしながらこちらに向かってきたからだ。これまで見たことのないほどの大きさ。体長20メートルはありそうな長い角を持つ黒色の龍。


「げ、迎撃準備だ!」

「街に近寄らせるな!」

「待ってください!」

「どけコレド。輜重は下がっていろ!」

「いえ、ですから龍種は敵ではありません! きっと何か理由があるんです! それにほら、他の龍は近寄ってこない」

「……確かに、だが」

 当然の不安。僕も本当は恐ろしい。

 この国の人間は王族、いや、神子以外龍と交信したことなんてない。むしろごくたまに狂い龍が甚大な被害をもたらす。人と龍はそんな関係だったんだから。

 僕は部隊から飛び出して、でもどうしていいかわからなかったから大きく手を振った。そうすると龍も気づいたのか何度か大きくぐるぐると旋回して全てを吹き飛ばす風と共に近くに降り立ち、小さな龍人の姿になったところを僕は駆け寄る。

「イレヌルタ殿。突然で驚きました。どうされましたか」

「うむ。これから我らは避難する。だが万一噴火すればアストルムにもどれぬゆえ、神子殿に挨拶に参った」

「し、少々お待ちください」


 急いで部隊に戻るとみんな呆然として、その表情は絶望に染まっていた。振り返ると大小様々な龍が少し先に降り立っていた。帝都ですら大きな損傷を出して一頭を追い返すのがせいぜいだ。もはやどうしようもない。

 王城からの連絡でマルセスさんとエウドキナ様、デュラはんが大急ぎで現れたのはそのしばらく後だった。

「ぬるたんぬるたん、乗せて乗せて」

「何だいきなり。それよりエウドキナ殿、その奇妙な姿はどうされた」

ーイレヌルタ殿、秘密裏にお願いしたき儀がございます。

「コレド、お前も来い」


 それから30分後、僕は悲鳴を上げていた。

「助けて、助けて、降りる、降りる無理です!」

『この期に及んで往生際が悪い』

ーそうですよ。そのくらい何だというのです

「たーまやー」

『デュラはん、それはなんか違う』

 マルセスさんとエウドキナ様はここにいないからそんなこと言えるんだ! ここに来てみろ! どんなに怖いかわかるから!

 僕は今、空にいた。しかも高高度。

 何を言っているのか自分でもよくわからない。でも風っていうのは物なんだなと思う。びゅごうびゅごうとすごい音をたてて僕にぶつかってきて、体を低く倒しておかないと、つまりちょっとでも顔を上げると吹き飛ばされるか頭がもげそうになる。髪の毛がバサバサと後ろに吹き流される。

 それでも必死に目の端っこで現在位置と計測機器を照らし合わせて位置を観測する。

「3時方向、現在速度で34秒地点です!」

 ギャフゥと轟音が響いて速度が落とされ、急激に近づく地面から跳ね返った風圧で巻き上げられた土塊がバラバラと礫のように体に打ちつける。

 痛い痛い痛い痛いもう!

 そう思っていると不意に風が緩んだ。気づけば地面から跳ね返る風に対抗するように背中側からも風が吹き、吹き上がる風と礫を相殺していた。

 ホバリングする龍の背から飛び降りて予定地点に駆け寄る。


「イレヌルタ殿、ありがとうございます! ええとデュラはん、ここでいいと思う」

「よっしゃ、『スピリッツ・アイ』ぎぃゃあぁあぁああ痛いいぃい」

「大丈夫⁉」

「んぐぁ。痛いんは一瞬やからまあなんとか。ほんま痛いわもう」

『魔力回路の破損を確認した。次の地点へ向かえ』

 背中に背負ったクッションだらけのカゴの中からデュラはんとトランシーバーの声がする。

 このトランシーバーというのはアブソルトの秘密の部屋にあったものらしい。子機に魔力を流し続けている限り、城にある親機に魔力回路を通じて声を届けるそうだ。


 遠くの声を届けることができる。

 兵装開発部としてはこれがあれば技術革新が起こると思ってワクワクしたのだけれど、子機の方に大量の魔力が必要なのと、同じ魔力回路を複数回線で使えば混戦するそうだからまだ実用化はできない。けれども将来的に魔力が戻れば自然魔力で使用できるみたいだし、マルセスさんは周波数帯をわけるんだと息巻いていたから、将来的には使えるようになるのかもしれない。

 マルセスさんがいっていることはよくわからないけれど。

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