第43話 宮殿の秘密

 私が都外で待機していると、うっすらと明け始めた陽が照らす荒野の凹凸に黄色い砂埃が舞いあがり、一台のジープと並走する大型機甲が見えた。

 近づくにつれ、何だか変だと思った。リシャール様とは別にリシャール様の機甲を誰かが身に纏っているようだったが、どうも様子が変なのだ。

 明け方に近い深夜にもかかわらず、帝はお休みにはなられていなかったと見え、よほど急いでこられたのか少しよれたお召し物に外套を羽織っておられた。

「エヴ。会いたかった」

 密かに設けた簡易陣での帝と皇后様の邂逅はとても奇妙なものだった。

 到着した皇后様はとても意識があるようにも思えず首がくたりと斜めになっておられたが、その身に纏う機甲だけが動いて帝を抱きしめた。

「エヴ、痛い痛い」

 慌てて機甲は体から離れ、謝意を告げる手信号が送られる。

 なんだろう、このシュールな光景は。

「大丈夫だ。それにしてもお主もあまり変わらぬな。いや、少し目尻に小皺が、痛い痛い」

「帝、そのあたりでお止めください。余人が見ております」

「おお、すまなかった。あまりにも懐かしく。それでリシャよ、これはどういう事態なのだ」


 リシャール様が経緯を帝に報告する。その内容は驚くべきものだった。

 魔女様はアストルム山に封印されておられ、ボニさんがその封印を解放した。その結果、この地に魔力が戻るかもしれない。

 そう聞いてこの場にいるすべてのものは顔を輝かせた。それはカレルギアの悲願だ。

 そして封印の解除と共に、数百年分アストルム山が溜め込んだ魔力が溢れ、噴火する恐れがあると聞いた時、再びその場の雰囲気は一転し、慄く声があがる。

 だから山からの通信で噴火に備えるようにという指示が来たのかと合点した。

 けれども既に竜種の波状的な襲撃に対応するため、都下は戒厳令が敷かれている。これ以上警戒せよといわれても、何をしたものか頭を抱える。


 私の日本での経験でも火山の噴火に何かできるとは思えない。ここまで溶岩流や土石流が押し寄せてきたら。ある程度であればこの高い壁が防ぐかも知れないが、それを超えるとどうしようもない。

 規模が多ければ帝都を放棄するしかなくなるだろう。


「リシャよ、その封印解除の術式とはどのようなものなのだ?」

「わかりません」

「わからないだと?」

「ボニ=キウィタスという者が知っておりました。封印の解除自体は神官も確認しておりますので、間違いは無いでしょう」

「神官が……。それはそれとしてそのボニというものは何者なのだ」

 リシャール様はそこで言い淀む。そして軽く頷き決意を滲ませた目で帝を見返した。

「ボニは……アブシウム教の元神官です」

「なんだと⁉ 何故そのような者を神殿に入れた⁉ お前は自分が何をしたのかわかっているのか⁉」

「元、神官です。半月強の間観察しましたがおかしな点は……」

「そんなこと信じられるか!」

 王の困惑と懸念は当然のものだと思う。けれども私には進言申し上げる権威はない。どうしたらいいのだ。

「まちや! 何でそんなこというん? ボニたんはこの国のために魔女さんとお話ししよるんやで⁉」

「な、何だこの首は」

 あちゃー。

「マルセス!」

 リシャール様はなんと返答したものかあわあわして、何とかしろという目で私を見た。何とかしろといわれても、うーん。えーと。無理やり頭を働かせる。

「帝、これはアブシウムに落下した『転移者』の首です。ボニはこの者と友人であり、この者はボニを助けるために体を失いましたが、固有のスキルで命を取り留めました。そこでボニは教会から離れ、この者の体を作りにカレルギアを訪れたのです」

「おお!」

 おおじゃない。

 デュラはんお願い黙ってて。姫様も驚ろいた顔を元に戻して。お願いだから。

 ようは魔物だと知れるから問題なのだ。調べれば魔物であることはすぐバレるだろうけれども、話してるだけだとデュラはんは魔物だと思えないほど人間的だ。


「むう。確かに黒髪黒目だが」

「い、異世界の者であることは私も確認しました! 確かに私ではわからない知識を持っております!」

 いいぞ、コレド。

「それに純粋物理具を所持しておりました。魔法や機甲のかけらもないものです。だからこのデュラ……リスが転移者であることは疑いがありません」

「でゅらり? むぐ」

 コレドがデュラはんの口を塞ぐ。よくやったぞ。

「加えて申しますと、生の魔力の原因はこのデュラリスです。デュラリスはその固有スキルで魔力を魔力の状態で保持することができる。第一機甲師団はデュラリスに協力を仰ぎ、生の魔力を保持する方法を研究していたのです」

「な、なるほど」

 これで一段落するだろうかと思ったのにリシャール様が余計なことをいいだした。

「そこで帝、宮殿の祭壇をお借りしたい」

「リシャよ突然何を言う! それは国秘だ!」


 なんとなく言いくるめられそうだったのに急に新しい話題をぶっ込まないでほしい。

 慌てふためく帝なんて初めて見る。

 それに宮殿に祭壇? なんのことだそれは。初耳だ。

 祭壇があるのはアストルム山ではないのか?

「マルセスと母上、デュラ……リスを除き他のものは退室せよ」

 リシャール様が厳しい声でそう告げるけど、え、私は残るの? 出ていっちゃ駄目?

 事態の流れがさっぱりわからないままコレドたちは外に出た。取り残された感が酷い。何だかひどく面倒ごとに巻き込まれそうな予感がする。


「あの、私も……」

「父上、今ここにいるのは王族と転生者と転移者だけです」

「し、しかし、ならぬ。王族以外を入れることは罷りならぬ」

「ボニは今、私と母様の代わりに魔女様と共にあります。身を魔力と化しながら火山を食い止めようとしております。これをこの国のものが放っておいてもよいものでしょうか!」

「しかし」

「そのボニを助けるために祭壇が必要なのです」

 リシャール様は再び私の方をチラチラと見始める。

 よくわからないがこれはその祭壇とやらを使う方向に誘導しろと言うことなのだろうか。胃がキリキリ痛む。

「あの、帝。そもそも今回の魔力変動の原因は内務卿です。内務卿が2人を捉え、えー、権限もなく尋問したことが原因です。それであれば2人に何らかの計らいをすることは、むしろ適切なのではないでしょうか」

「それに父上! アストルム山の神殿は崩壊しました。いずれにせよ魔女様に接続するにはもう宮殿の祭壇を使うしかありません」

 えっ崩壊したの?

 そう言ってリシャール様は横たわるボニさんを指し示した。確かに神子はお二人ともここにおられる。そうすると今この国には魔女様のお声を聞けるものが誰もいない。

 よくわからないがそれは不味いのでは?


「だが祭壇の間には入れぬ。そもそも祭壇への入り方がわからぬのは知っておるだろう?」

「父上、だからマルセスを入れるのです。マルセス、王宮には簡易の祭壇があるとされているアブシウムの居がある。だが符牒が会わずにこれまで誰も入れなかったのだ」

 ふ、符牒⁉

「リシャール様、私は存じ上げません!」

 そんなのわかるわけがない。第一、私はアブソルトと会ったことはない。当然だ。アブソルトは数百年前の人物なのだ。

「お前しかいないのだ! お前とデュラ……リスにも符牒があっただろう!? だから異世界人にしかわからぬ符牒がきっとある!」

「……あまり期待しないでくださいね」

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