第42話 この領域の行方
「どういうことだ⁉ 何がダメなんだ!」
「あ、あ、やめて、目が回るぅ」
「む、すまない」
祭壇にそっとデュラを置く。
先ほどまで私と母上が横たわっていた祭壇に今は母上とボニが横たわっていた。
「ボニたんは大丈夫いう時は大丈夫なんやけど、”きっと”がつくんはダメな時なんや」
「何?」
「やから多分、安定はするんやろうけど、ボニたん戻ってこれへん。どないしたらええん? どないしよ。ボニたんおらんくなるん嫌や。魔女さんとこはどうやったら行けるん? そもそも何やっとるん?」
「む……」
なにやら必死で心配そうな顔つき。時折私はデュラが魔物ということを忘れそうになる。いや、魂は異世界人なのだろうからマルセスと同じわけで、人であるのだろうか?
いや、そんなことより私の立場としては異国人のボニよりこの国を守ることを優先しなければならない。そしてデュラは中身は何であれ魔物だ。だが今、この領域の魔力を安定させようとしているのはボニだ。そもそもこうなったのは内務卿が2人を捉えたからた。どうしたらいいのだ。
頭の中がぐるぐる回る。
うう。あの時確かボニは何と言っていたのだったか。
確か『初期化』と『再インストール』。一度アブソルトの術式を解除して、必要な範囲で再び元に戻す?
「確か初期化? それから再インストール?」
「しょ、初期化やて⁉ ボニたん消えてまうんちゃうの⁉」
「消える? デュラ、初期化とはなんだ」
「えっと、えっと、全部なくして、最初から、いや、インストールするには初期プログラムのバックアップいるやんな、どうするん」
「どうするといわれても」
そもそもその単語の意味がわからない。
その時、今までにない大きな揺れが襲う。神殿を支えるいくつかの岸壁に大きな亀裂が走る。
まずい、やはりここは保たない。
「とりあえず脱出が先だ、ここ自体が保たぬ。ボニを助けるにしろここにいたのでは助からぬ。とりあえず出るぞ」
「えっと、お母さんは?」
「母上? 母上は置いていく。助からぬ」
「せやかて!」
この選択は私にとっても苦渋に満ちたものだ。私だって置いて行きたくはない。心の底から。けれども私は王族で、現在の神子だ。国のためにも自らの安全を図らねばならない。
おそらく母上の魂は既にほぼ魔力になってしまったのだろう。同時にこちらに戻ったのにもかかわらず、起き上がる気配はみせず、首から魔力が漏れ続けている。母上の魂は魔力とともにこの空間に満ちている、のだろう。もはや人の体には留まれぬのだ。
母上。
私が小さい頃に先代の神子を継いで城を離れられた。神子はアストルム山を離れることができない。けれどもアストルム山は竜の根城だ。だから私は第一機甲師団に入った。軍部に入れば母上のいるアストルム山に向かうことができる。せめてお近くでお守りしたい。
けれども母上は龍種に守られ、神子候補としか会うことができなかった。
先日せっかく次期の神子に選ばれてお会いできるようになったばかりだというのに。
「ねぇねぇ、お母さん魔力になってるんやろ? それが漏れとるんやろ?」
「む? それはそうだが」
「ならパッドくっつけて機甲につないだらええんちゃうの?」
「???」
デュラの言うことは相変わらずわけがわからぬ。けれどもそのなんとかしたいという必至さは痛いほど胸を打つ。
「俺思うてん。魔石と伝達腺は直接繋がってなくて、魔石を溶かして使うとるんやろ? くっつけんでも動くやん? そんでお母さんは魔力がもれとるんやからそこくっつけたらなんとかなるかと思て」
「コレド、デュラは何をいっているんだ?」
「僕にわかるわけないでしょう? 帰ったらマルセスさんに聞いてみましょう」
それからしばらくして。
私の隣でガシャンガシャンと機甲が動いている。何が起こっているのかさっぱりわからない。
母上は目を閉じてぐったりとしたまま、私の装備してきた機甲を身にまとって走っている。
コレドは輜重兵だ。戦場では備品の管理や壊れた機甲の修繕をその主な仕事としている。私の機甲の魔石を入れる部分の伝達腺を引っ張り出してより集めて統合し、デュラの頭につけているのと同じようなパッドを母上の魔力が漏れる首筋に接続すると、起動式も使わず機甲が動き出した。
母上の機甲の動きは当然ながらボニを背負った私より早い。
意味がわからない。何が起こっているのだ?
母上はなぜだか私の着ていた機甲に収まり、並走しながら私に手を降っている。ご自身の体は動かせないようだから喋れはしないけれども、手信号で言いたいことはわかる。母上も神子になられる前は軍に所属されていたから。
ともあれ神殿から外に出ると龍たちはおらず、大型機甲が横たわっていた。
何故ここにこんなものが。
「なぁコレド、あれ、まだ動くかな」
「うーん、伝達腺が切れてなければ恐らく」
「おい」
「途中で竜が襲ってきたら困るやん」
「5分かかりませんから確認だけ」
竜の巨大さと危険性を鑑みれば大型機甲はあったほうがいいのだろう。
確かにそうだ。機甲は母上が纏っているから私は戦力にならない。母上も兵士をしていたとはいえブランクは大きいだろう。それに母上に守っていただくというのはなんだかこう、少し抵抗がある。
けれども近づいた大型機甲は頭部が破損し動くのかどうか疑問が生じる状態だった。
「なるほど、頭部がもげて伝達腺がちぎれたんですね」
「繋ぎ直せる?」
そもそもこの大型機構はまともに動かせぬのではなかったか。何故これがここに? コレドは手早く背負っていたカゴからデュラを出して大型機甲の伝達腺につなぐ。
その間にも足元の微振動が次第に大きくなっていく。
「何をしている、急がねば」
「でけた、いこ」
その声とともにさらに大きな地響きとともに大型機甲が身を起こし、コレドは背負いカゴにデュラの頭部を入れた。
うん? 大型機甲は誰が動かしているんだ? わけがわからない。
「早く早く」
若干呆然としながらも背中を押されてジープの後部座席にボニを押し込み、席に座ると隣に機甲の母上が乗り込んだ。運転席にコレドが座ってジープを発進させ、誰も乗っていない大型機甲が大鞭を持って並走する。
???
「姫様、城、いえ、団に連絡を」
「そうだった」
ジープに備え付けられた通信機に手を伸ばしてはたと考える。
この事態を何と説明すればよいのだ? 頭がちっとも働かぬ。
「第一機甲師団通信士ジェンセンです」
「リシャールだ」
「ご無事で⁉」
「急ぎ……マルセスに繋げ」
通信機の向こうで慌ただしい声とバタバタとした足音が響く。
本当は副団長に繋いだほうがよいのだろうが、事態は急を要する。デュラのことと、このわけのわからない事象を一番早く理解、というか思考を放棄するのはコレドと兵装開発部のマルセスだろう。
ようやく再び慌ただしい足音が戻ってくる。
「マルセスです!」
「今帰投中だ。帰投までおよそ2時間。帰投までに……バレぬように都外に拠点を築き父上、いや王を呼べ」
「それは……2時間では難しいかと思われます」
「大丈夫だ、母上を連れてきたと言えば飛んでくる」
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