第39話 ラルフュールの封印

 ボニたんがリシャたんが寝とる祭壇の端っこに手を置いて、ひざまずいてなんか唱えた。そうしたらボニたんの周りがデュワンと震えた。ようわからんけどボニたんはその魔女いうんに接続しとるんかな?

 声かけても聞こえてへんようで、なんかぶつぶつ唱えとる。術式いうんかな。小声やからようわからん。コレドはリシャたんの脈をとったり呼吸を確かめたりしとる。

「ねぇリシャたん大丈夫なん?」

「そうですね……呼吸や脈拍は安定していますが体温が随分高い」

「魔女様と同期しているからだ」

「同期ってなんなん?」

 イレヌルタは少し考えた上で首を振り、答えられぬ、とつぶやいて祭壇から少し離れた奥に向かう。

 見るとそこには小さなテーブルと数脚の椅子、それから2つの寝台と戸棚や台所、本棚といった神殿にはにつかわしくない質素な家具が狭いスペースにほそぼそと設えてあった。

 ここでリシャたんのお母さんとイレヌルタはずっと住んどったんかな。なんかちょっと寂しい感じ。寝台の上は乱れて布団が床に落ちていて、そのままになっている。よほど慌てとったんかもしれん。

 それからその近くにリシャたんが着とった機甲一式が脱ぎ捨てられている。祭壇に目を移すと横たわるリシャたんは、よく兵舎で見かけたシャツに皮パンツとロングブーツという軽装。多分脱いですぐに転がったのかもしれん。

 そのうち奥からガサゴソと音がして、しばらくしたらポットとカップを3つ盆にのせたイレヌルタが戻ってきた。ミントみたいなええ香りがする。ハーブティかな。


「ぬるたんぬるたん」

「ぬるたん?」

「魔女の同期とかそういうんは言うたらいかんやつなん?」

「そうだ。情報が漏れれば悪用する者が出る」

「ふうん、難儀やねえ」

 なんかボニたんがやたら言うたらいかん言うてたけど、そんな大変なもんなんかな。便利なんやったら使たらええのん。

 カップが祭壇の端っこに置かれ、ポットからこぽこぽと琥珀色のお茶が注がれ香りが広がる。

 コレドがリシャたんの様子とカップを交互に見ながら、結局カップを手にとった。俺の前にも置かれたけど持てんし飲めんのよな。そういや結局機甲ではご飯は食べれんそうにない。抹茶パフェは遠い。

「それで姫様はどのような状態なのでしょう。理由は結構です。対処方法はあるのでしょうか」

「そうだな、リシャール殿はまだしばらくは大丈夫であろう。しかしエウドキナ殿はもう戻られぬだろう。首元を見よ。精霊化が始まっている」

「精霊化?」


 エウドキナ殿いうんはリシャたんの隣に寝とる人かな。見た感じリシャたんによう似とるから、この人がリシャたんのお母さんなんやろ。薄い若草色のワンピースを着ている。それでその首元を見るとなんだか陽炎みたいにほわほわと揺れていた。

「これ何がおきよるん?」

「体が魔力体になろうとしておる」

「そんな!」

 コレドが悲痛そうな声をあげた。やばいん?

「魔力てなんなん? 魔法のエネルギーちゃうのん?」

「魔力は魔力だ。以前話した学者は精霊化とは人を構成するものが魔力に変わる現象だと言っていたな」

 構成するもの? 魂とかなんかな。そもそも俺は魔力が何なんかわからんのやけど。

 そういや俺は妖精さんで俺の中身もお肉やなくて魔力らしいん。でも特に魔力を体に留めようと思っとるわけやないしな。魔力も意味もようわからんのやけど。リシャたんのお母さんは妖精になるん? でも体はお肉からできとるわけやろ?

「幽霊みたいなん?」

「デュラはん、ゴースト類と魔力体は少し違ってね。精霊になる時に人は魔力体になるって言われてるんだ。けどそんなことってほとんどないからよくはわかってない。それに精霊というのは自らと周りの魔力を分ける術を持っている。けれども人間は持っていないから、精霊になってもすぐ霧散するんだ。特にこの魔力の少ない領域では」

「人間には魔力を魔力のまま体内に留めるすべがない。それゆえ魔力の体となればこの大気に少しずつ拡散し失われていく。この神殿は外より魔力が強いゆえ大分ましであるが」

「え、じゃあこのお姉さん、そのうちおらんくなってまうん? 困るやん」

「そのうちな。魔女様は強大な魔力を操る。その魔女様と同期するということは人の身に余る。ゆえに体が耐えきれず魔力に汚染されるのだ。そういえば魔力というものを研究しているのはほとんどが異世界人だな。その者らが言うには、異世界にない新たなエネルギー媒体らしい。だから結局その作用は誰にも解らぬ」

 さっぱり話がわからんのやけど、このままやったらあかんのん? やからボニたんがなんか今呪文唱えとるんよな。それでなんとかなるんよな? なんとなく落ち着かんままカップのお茶の香りだけ嗅いでいると、何だか飛行機に乗った時に耳抜きをしたような、ぱちんと変な感じがした。

 そう思った途端、突然ぬるたんが祭壇にひざまずいて角をくっつけ、しばらくするとさざめくように地面がグラっと揺れた。

 地震?

 それからふんわりと室内が熱くなった。


「まさか、まさか本当に封印が⁉」

「ぬるたん、どうしたん?」

「わからぬ。だが急にこの場の魔力量が増えたのだ。魔力変動か? いや、魔力自体は動いていない。ではここに魔力が?」

「コレド、ここ魔力増えたん?」

「僕には魔力はわかりません」

「俺もや」

 突然ドォという地面が割れるような大きな音とともに地面が波打つように大きく揺れて、ボニたんがバタリと床に倒れる。俺氏の首も祭壇の上をぴこぴこ跳ねて口を開けたら舌を噛みそう。耳がじんじんする。揺れる視界で左右をみても、揺れが大きすぎてコレドも体を支えるのに精一杯。立ち上がることもできない。

 しかも揺れは時間とともに断続的に大きくなり、今度はおさまる様子はない。それどころかこの丈夫そうな岩壁がミシリと音をたて、パラパラとした小さな土塊が天井から降り注ぐ。

 ええとやばいんやないやろか。流石にここで埋まったら死んでまいそう。

 そう思ったらリシャたんが飛び起きた。

「まずい! アストルムが噴火するかもしれない!」

「姫さま!?」

「何なん?」

「ぐ、ぅ」


 リシャたんは頭を押さえてうずくまる。それより噴火ってやばいやん!

「リシャール殿、噴火とはどういうことだ。先程魔力が溢れたのを感じたが」

「手短に述べる。魔女様は封印されていた。魔女様と私と母上で協議をした結果、封印を解くことにした。ところがアストルム山はもともとが魔力溜まりだ。魔女様が隔てられていた780年の間、この地下の封印の中に魔力がたまり続けていたのだ。その力が溢れてこの山が活性化し、噴火する可能性がある」

「なんやて!? ええと、そんでボニたんは?」

「今は魔女様と母上とともに魔力を押さえている。だから今のうちに避難する。コレド、この奥に通信の部屋がある。城に危険を知らせよ」

「わかりました!」


 コレドはよろけながらも慌ててなんとか奥に向かう。リシャたんとぬるたんは何か細々話し込み、ぬるたんは洞窟の外に向かった。小耳に挟んだ範囲ではぬるたんはこのあたりの龍種に避難するように伝えに走ったようだ。

 リシャたんは鎮痛な表情で祭壇を眺める。なんやら嫌な予感。

「なぁ、大丈夫なん?」

「ボニはこの魔力を安定させるといっていた。最悪の事態が噴火らしい。だからこれからボニを担いで外に出る。安定はするとしてもここの神殿自体がもたない可能性がある」

「お母さんは?」

「母上は魔力体になりかけている。体だけ動かしてももたない。だから置いていく。母上は納得されている」

「そんなんいうたかて」

「それより早く逃げないとみんな助からぬ。ボニはまだ魔力体にはなっていない。だからきっと大丈夫といっていたがそもそも体がなければ……」

「あかん! それ、大丈夫じやいやつや!」

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