第40話 竜と龍

[探知:ラルフュール]


 魔女ラルフュール様のおられる場所はすぐにわかった。この、すぐ下。

 この神殿の底から膨大な魔力の奔流を感じた。アストルム山はこの島の最も大きな魔力の供給源。それから活発な地底のマグマ、それがまるで心臓の音のようにどうどうと音をたててぐるぐる循環し振動する場所。

 わざわざ探さなくても感じる魔女様の存在感。けれども確かに、何かが僕と魔女様を隔てている。これが僕が物語で聞いていたアブソルトの守り?

 まさか神話の端っこに僕が関わるなんて。場違い感が酷いけど、なんだか高揚する。

 そしてこの場所全体がラルフュール様の一部であるということを実感する。全身にのしかかるような強い圧力。けれどもここにはリシャール姫はいない。皇后様も。

 だからきっと2人は守りの先にいる。


 カレルギアの王族には機甲を動かすのに使う改変された術式以前の、アブシウム教国と同様の魔力回路へのアクセス術式が残っているのだろう。それもそのはず、これはもともとカレルギアの王族であるアブソルトが構築したものなのだから。

 守りの先はきっと更に魔力に満ちている。帝都カレルギアで接続したときのことを思い出す。圧倒的な魔力で僕の存在全てが塗り替えられるような感覚があった。皇后様はあんな場所に既に、十時間を超えて接続されていらっしゃるのだろう。体が保つはずがない。

 一度体が魔力体になってしまえば元に戻ることはできないと聞いている。皇后様はもう助からないかもしれない。せめてリシャさんだけは。僕のせいで誰かが犠牲になるなんて嫌だ。

 お腹に力を入れる。この祭壇が恐らく魔女様との接続点。


[接続]


 その瞬間、僕と祭壇を起点とした魔力回路を通じて、直接魔女様につながる。

 その感覚は僕が最初に帝都カレルギアで接続した時とは大分違った。カレルギアではその魔力回路に吸い込まれそうな指向性を感じたのに、ここではまるで全方位から押しつぶすような圧力を感じる。その力はとても強い。けれども魂を吸い出されるような帝都での感覚よりは圧縮される感覚のほうが、まだ主観的な制御はしやすい。息が、しずらい。

 そして魔女様の他に2つの魂の存在を確認した。

 その奥から強い視線を感じる。


ーあなたが魔力を動かした方ですね。

「誰だ⁉」

 突然空気全体が揺れ、押し寄せるような思念と人の声が聞こえた。

 静かだけれども強大。これが魔女という存在。人を超えた意思。

「私はボニ=アマントボヌムスと申します。この度は魔力移動がこのような影響を招くとは考えが至らず……」

「ああ、ボニか。どうやってここに来たのか解らぬが早く戻れ。魔力になってしまうぞ」

 ゴムを弾いたようにブレて聞こえる声はリシャさんのものだろう。

 たぶんこの振動、いや魔力の還流によってうまれる揺らぎが、魂の状態でこの領域に留まる者の魂をわずかずつ砕いて魔力に変えているのかもしれない。


「けれども私には責任が」

「それは違う。そなたは確かに魔力を移動させたのだろうが、あの程度であればすぐに対処は可能なのだ。今の問題はそなたが開いた回路に新たに破損が発生したことだ。原因はお主ではない」

「破損、ですか?」

ーそうです。そこから魔力が漏れているのです。

ーあなたは回路に接続して術式を行使しただけなのですから、あなたの責任はありません。


 魔力回路が破損? 他に原因があるなんて全く思いもしなかった。

 僕は魔力回路というものは空気の流れのようなものだと思っていた。だから破損という概念がよくわからないけど、それはどんな結果をもたらすの? そこから魔力が流れ出し続けるということ? 蛇口が壊れて水が出っぱなしになるように魔力が放出されたら、どうなんだろう。

「このままだと魔力が枯渇してしまうのでしょうか」

「垂れ流される魔力はたいした量ではないゆえ枯渇の恐れはひとまずない。けれども時間が立つに連れ破損はどんどん大きくなる。砂山に水を通すがごとくだ。そしてその魔力をたどって竜やはぐれ龍種が帝都カレルギアを襲うだろう。そうすればカレルギアが滅ぶ。つまりこの領域の人が滅ぶ。だから速やかに破損は修繕されなければならない」

 竜が……? それにカレルギアが滅ぶ?

「先程龍種が竜種を狩るという形で人間種と龍種が協力していると伺いました。龍種が守ってくれるのではないのですか」

「……あぁイレヌルタ殿と話したのか。だが今はイレヌルタ殿が生まれた300年前と少し状況が異なるのだ。龍種は数を大きく減らしている。龍は魔力でできている。魔力の少ないこの土地では大きく成長することができぬ」

「それではどのように?」

「人間種が機甲で自らを守っているのだ。その上で龍種の多くがこの島を去った。イレヌルタ殿が神官となられて以降だからよくはご存じないのだろう。一方の竜種はその旺盛な繁殖力で増え満ちている。すでに龍種が竜種を押さえられる状態ではない」

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