第18話 僕とデュラはんの不穏な旅路

「ねぇ、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫。それより顔がまたパイナップルみたいになってそうや」

「パイナップル?」

 キーレフの町を出発して3日。僕らは乗合馬車で荒野を進む。今のところ、デュラはんに異常はないみたい。

 馬車の中には3組のお客。家族っぽい親子連れと旅慣れていそうな青年と老人。デュラはんとの会話を聞かれないよう世間話を続ける彼らと少し離れ、馬車の一番後ろの座席から景色を眺めていた。


 遠くからびゅうびゅうと乾いた風が吹き渡り、少し埃っぽい。景色はだいたい赤茶色の土と青い空、時折硬そうな大きな木。最初は物珍しかったけれど、代わり映えがあんまりしない。初めての旅にわくわくしたのにずっと同じ景色だからちょっと飽きてきちゃった。

 この馬車は今日の夜、次の町に着く。そこで一泊して、明日にはカレルギア帝国の帝都カレルギアに到着する予定。帝都にはコラプティオよりたくさんの人がいて、いろいろ珍しいものがあると聞いたから少し楽しみだ。キーレフでたくさんの工房があると聞いたから、それをまわる予定だ。


 馬車が道を外れたのか急にガタリという音がした。デュラはんが小さくパイナップルと騒ぐ。

 今デュラはんは木を編んだカゴの中に入っていて、その隙間から外を覗いている。外から直接見えないように籠の中でさらに編みがゆるい内カゴに入っているんだけれど、馬車が揺れる毎に内カゴの網目に顔が押し付けられるらしい。昨日の夜も宿でカゴから出した時は網目の形が顔にくっきりついていて、なんだか面白かった。

 馬車はしばらく進み、急に車内に差し込んでいた日が陰る。窓の外を見ると岩と大きな木の陰に停車したようだ。

「あの、どうかされたんでしょうか」

「わからないが、この先の道で異常があったそうだ。砂ぼこりが立っているらしい」

「砂ぼこり?」

「ああ。先行する馬車がモンスターか山賊に襲われたんじゃないかって御者が言っていた。それで安全を確保するため少しここで様子を見るらしい」


 不安そうに頬を掻く青年に礼を言い、馬車の窓から前方を眺める。目を細めれば、確かに道の前方が黄色く烟っていた。出発前にこの街道沿いは警備兵が循環しているから安全だと聞いていたのだけど少しだけ不安になてきた。

 今は馬車を止めて岩陰に隠れてはいるけれども、そもそもが遮るものが乏しい荒野。この岩陰だって完全に隠れられてはいない。山賊がこちらに狙いを定めてくるのであれば隠れようがない。

 急に少し不安になった。

 御者のお兄さんは筋骨隆々で、それなりに腕っぷしが強そうだった。けれどもあの砂ぼこりが闘いで発生したものなら、お兄さん一人じゃ多分どうしようもない。だって砂埃は10メートルはは超えそうな高さなんだから。

 僕も護身用にデュラハンたちが作ったボウガンとかスペツナズ・ナイフ刀身が射出するナイフとかを持ってはいるけれど、そもそも僕は戦闘経験が乏しい。それに強いモンスターとなんて戦いようがない。


「ちょっと様子見てみるわ」

「スピリッツ・アイ?」

「そうそう『スピリッツ・アイ』ぐあぁ‼」

「あ、すいません、お腹の音です」

「おい、ちょっと?」

 不審そうに眉をひそめるお兄さんに謝り、慌てて馬車を飛び降りる。

 何今の声⁉

 木陰まで走って急いでカゴを開けたらデュラはんが青い顔色をしてうなっていた。

「どうしたの⁉ 大丈夫&⁉」

「痛ったぁ……」

「どこか、どこか怪我した??」

「ん、ん、大丈夫や。なんか今すっごい偏頭痛したん」

「……偏頭痛?」

 そういえばデュラはんはしょっちゅう疲れたとは言うけれど、どこかが痛いとは言ったのを聞いたことがない。偏頭痛って頭が痛くなることだよね。デュラはんは今頭しかないけど大丈夫かな、全身痛いってこと?

 痛そうに右目を瞑ってるけど大丈夫かな。とりあえず撫でてみよう。痛いの痛いのとんでけ。

「んあ、大丈夫、いちお収まったで。ん、ええと、スピリッツ・アイは起動しとる。こっからえーと、200メートルくらい先に集団で闘っとる。闘っとるんはモンスターとなんかな。なんか大っきいわ」

「大っきい? どのくらい? 隠れたほうがいい?」

「んん、多分大丈夫。それと闘っとるんは人間やと思う。5人おる。御者さんがいいよった警備兵いうんちゃうんかな」


 警備兵。

 ほっと胸をなでおろす。それなら大丈夫かな。

 改めて砂ぼこりを見ると先程より更に大きくなっていた。激戦なのかな。見えないと余計不安になる。そうだと思ってデュラはんの入ったカゴを担ぎなおし、僕らの上に影を作っていた木に手をかける。確認するべきかな、そうだよね。

 ……向こうからも見えてしまうかもしれないけど仕方がない。相手が太刀打ちできないほど、強ければ強いほど、逃げるかどうかは早く決定しなきゃならない。これまではデュラはんが僕を守ってくれていたけど、今は僕がデュラはんを守らないといけないんだから。

 よしと決意してゴツゴツした木をよじ登り、懐からマジック・ルーぺを取り出す。この小さな輪っかを通して見ると遠くの景色を拡大縮小できるマジックアイテム。それを通して見えた風景はまさに想像を絶する感じ。

「俺にもみして。うわぁなにこれ、特撮映画やん」

「特撮映画?」

「この世界はやっぱナーロッパとはちゃうんかな。ようわからんな」

 そこでは体高10メートルもあろうかという2匹の灰色の地竜と5人の人間が対峙していた。そのすぐ近くには別の一匹の地竜が横たわっている。竜なんて始めてみたけど、あんなに大きいものを人間が倒せるの?

 じっと見ていると、一人の小柄な人間を中心に4人が陣形を組んでうまく地竜を誘導しているようだ。

「金ピカやねえ。魔法なんかな」

「どうだろう? あんな魔法見たことないけど」

 それとも噂にきく魔法剣とかなのかな。

 見ている間にも、小柄な人間が大剣を振り上げてあっという間に一匹の地竜の首を落とす。竜の首に接する瞬間、大剣は金色に光り輝いた。

 その動きはまるで舞うみたいに滑らかで、あの硬そうな地竜の皮膚を熱したナイフでバターを切るようにストンと落としたんだ。


 けれど、思わずデュラはんと一緒に身を乗り出して歓声を上げそうになった瞬間、地竜がこちらを向いた気がした。そして同時に5人の人間も。

 一瞬だった。

 その瞬間を突いて、残った最後の地竜は5人の包囲をくぐり抜けて一直線にこちらに走ってくる。砂ぼこりがどんどん大きくなる。

 嘘嘘、ちょっと待って!?

 どうしていきなり!?

 どうしよう!

「ボニたん逃げや。いや、あかん、あの速さは逃げ切らんな」

「えっえっどうすればいいのさ」

「あの5人が追いつくまでの時間を稼ぎや。花火かな」

「わかった!」


 念のためと鞄から出していたボウガンを急いで展開し、そこにタケヒサ弾をセットする。タケヒサ君がつくった弾で、村の近くの山でとれた硝石と硫黄と木炭を混ぜて作った火薬というものに金属片や色々なものを追加して変な色に光る弾。あの大きな竜にダメージは与えられないとしても、近くで急に光ると怯むかもしれない。

 村を出る前に何度も練習した動作でボウガンを肩にかけて狙いをつける。

 視界に頼らずスピリッツ・アイで空間と距離を把握しているデュラはんから標的の位置に基づく修正が入る。

「右斜下45度、ストップ。発射や!」

「わわっ」

 シュパという発射音と同時にその反動でひっくり返りかける。その直後に強烈な破裂音とインパクトの衝撃波。まぶた越しでも目の前がピンクと青の混ざった珍妙な光で満たされる。

 至近距離で爆発した花火の風圧で、僕は更に後ろに転がりそうになり、なんとか木にしがみついて耐えていると、ぐおぉという大きな唸り声がした。発射前に目を閉じたけど、まぶた越しでも強い光は強烈で、視界に光が染み付いてしばらく何も見えそうにない。

 ていうかこれだけ明るかったら追いかけてる人たちも見えないんじゃないの?


「デュラはん、どう?」

「大丈夫、や。警備兵が仕留めたわ。まじ強いってちょっ待って。ボニたん動くな絶対」

 その瞬間、タタタっと僕が登っている大きな木を反対側から駆け上がる音がして、一瞬後に首筋にひやりと冷たいものが当たる。ひゅうと喉が鳴る。

「心して答えよ。お前は何者だ」

 聞こえたのは女の人の声だった。

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