第10話 僕とデュラはんは心の友。

 ぽちゃりと湖に釣り糸を垂らした。

 僕は日課となった魚の餌やりを終えて、作られたばかりの桟橋で朝の光を反射する湖を眺めた。ここはデュラはんがナランハのジュースを作ってくれたところで、その光はデュラはんと最初に会った時と同じように湖面でキラキラと煌めいていた。


 教都コラプティオから逃げ出して半年が経過した。

 あの後、道を迂回してキウィタス村に戻ってきた。

 でも僕が生きていることはばれちゃ駄目だから、僕はデュラはん用に作られた湖のお堂に住んでいる。毎日生け簀の様子を見て、デュラはんがやりたがってたように魚を育てて、それを他の食べ物と交換して暮らしている。

 しばらくの間は僕が逃亡したということで村に視察隊が派遣され、調査を行っていた。けれども湖まではやって来なかった。村人みんなは味方で、僕のことなんて話はしない。

 新しく来た司祭は居丈高で嫌なやつで、ずいぶん村で空回りしているらしい。


 ようやく先月、視察隊が教都に帰り、今は村は静かになっているそうだ。

 そういう情報も村人が逐次教えてくれる。デュラはんが魔物を討伐できなくなったから近くに魔物が増えはじめた。でも村はデュラハンが築いた土塁があるから全然平気。びくともしない。

 貴族の領地になる話は流れた。戦いも辞さないと村長が徹底抗戦したからもある。もったいないけどデュラはんが狩ったヘルグリズリーの皮を細かく分けて賄賂にしたから、他の貴族の反発も味方した。

 それでももし強引に村を攻めてくるなら、あの土塁を超えないといけない。土塁の外側に駐留するにも今は魔物が増えているから、結局採算は取れない。

 そんなわけで僕も村も毎日がとてものどかだ。

 全部デュラはんのおかげ。

 走る音が聞こえたので振り返ると、村の子供が一直線にこちらに向かっていた。


「ボニさん、湖に神父がくる。隠れて」

 危険はすぐに村の人が教えてくれる。

 僕は立ち上がって隣でいびきをかいていたデュラはんの頭をつかんで洞窟に避難する。

「んぁっ? 痛い痛いいたたた髪ひっぱるのやめて! ハゲる!」

「軽くなったら痛くないでしょ?」

「せやったな」

 頭をつかむ手が急に軽くなって、デュラはんの首がぷらんぷらん揺れる。

「でも軽ぅなったら揺れて目が回るんよ~」

「ちょっとだから我慢して」

「しゃ~ないなもう、心の友ボニたんのお願いやしな」

「そうそうお願い。心の友デュラはん」


 僕がコラプティオを逃げ出したあの日、壁際で村長とデュラはんを待っていると、突然デュラはんの首が降ってきて木にぶつかった。

「いてててまじ痛い、たんこぶできそう、できたかも」

「デュラはん!?」

 かけよって、あわてて首を捕まえる。

「ボニたん痛いよう~頭の後ろ側のとこ、たんこぶできてへん?」

「そんなことより体はどうしたの!?」

「おいてきた、そうやった! はよ逃げよ」

「体は!?」

「あれはもうええねん、多分今頃バラバラや」

 せかすデュラはんにおわれて僕と村長は馬を走らせた。

 夜が明けるまで村と全く違う方向に向かい小さな村にたどり着く。

「あ、せやボニたん、背嚢に服入っとるから着て」

「……これ女物じゃないか」

「うん、とりあえず追っ手は来るやろうから村長さんの奥さんに偽装しよ、なんとかなるやろ」

「いや、流石に無理じゃない?」

「顔に傷があるとか言ってマスクでもしたったら平気や」

 ……。どこまでが本気かはよくわからなかった

「ああ~ボニたん逃すために体なくなったのにまた捕まってしまうんかぁ~?」

「わかったよもう!!」

「流石心の友ボニたん」


 結論としてはシャイな奥方を演じてなんとかなった……。

 僕と村長は基本的に日中に迂回しながら村を目指し、夜は小さな村を選んで泊まってなんとか村に帰還した。

 馬だから迂回しても馬車より早い。

 僕らが村についた翌日に視察隊が村についた。

 あとは村長が言いくるめて対応し、何とかなっている。。

 それから僕はデュラはんの頭と一緒に毎日釣りをして暮らしている。

 デュラはんの体がなくなったことをもの凄く申し訳ないと思っていたけど、デュラはんは全然気にしていなかった。

「体ないと不便でしょ?」

「なんで? ボニたん運んでくれるやん。村の人もお散歩連れてってくれるし、自分で体動かさんでよくて楽チンやわぁ」

「でもデュラはんすごい強かったじゃない」

「わかっとらんな。所詮個の武力はあんま役にたたんのやで? 戦闘経験なくても狩人さんが3人クロスボウ持った方が強いやろ?」


 デュラはんは頭だけになっても色々凄かった。村はどんどん発展している。

 知識チートってなんなんだ?

 そしてちょっとずつ他の開拓村と交流して、それとなく知識を広げている。陳腐化というそうで、誰でも知っている知識ならこの村が狙われることもない。

 そしていざとなったら協力しあえるように。


 僕らは毎日お昼に高台に登る。

 高台からは太陽にキラキラと照らされた村が見えた。

 深い土塁に囲まれた小さな村。僕とデュラはんの心の村。

 村の中心の広場で子ども達が走り回っている。この風景が僕もデュラはんも大好きだ。

 今日は村長さんの奥さんが子どもたちと一緒にお弁当を持ってきてくれて一緒に食べた。

 デュラはんはいつも通りべらべらしゃべり続けている。最近の子どもたちのお気に入りは、デュラはん昔話。果物から人が出たり動物がしゃべったり変な話ばかりだ。

 とても、平和。

 この平和がいつまでも続くといいな、と、にこにこ笑う心の友デュラはんを見て思う。


~Fin.

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