第52話 

「そんな…」


 眞光は力無く項垂れる。異世界科の職員である渉ならば、答えをくれると思っていたからだ。


「良いかい?眞光君、この世界に召喚されたのは君たちであり、その中から魔王として召喚されたのは君だ。そして俺はただの案内人に過ぎないんだ」


「でもどうすれば良いのか解りません」


「そうだろうね。未来の事なんて神にも分らないんだから」


 ふうっと息を付き、やれやれとばかりに首を振る渉。


「君の決断の結果は誰にも分らない、帰る決断をする事によって魔族の多くが死ぬかもしれない、残る決断によっては人族を多く殺すかもしれない、どちらを決断したとしてもあくまで仮定にしか過ぎないんだ。結果は誰にも解らない」


 語り始めた渉に、俯いていた眞光は顔を上げて耳を傾ける。渉はそんな眞光に問いかける。


「人に相談する事と、人の意見をそのまま受け入れる事はまるで違う。それは解るね?」


「はい、何となく解ります」


「人に相談する事で、自分になかった意見を取り入れる事ができる。自分の知識にに足りない事を得られる。似た経験をした人に話を聞けば、答えが出て来る事もあるだろう。どうすれば良いのか解らないのであれば解る人に相談する、最もな話じゃないか」


「はい」


「だけど、それをそのまま実行するのは違うとも言える。似たような状況で在っても、その対象や対象者は異なるんだ。同じことをして同じ結果を得られる事が稀で、結果が異なる事が殆どだ」


「……」


 そこで眞光は学校での自分を思い出す。クラスで独りぼっち、話し掛けられることは少なく、時折暴力を振るわれる。学校行事などで面倒な役を押し付けられる、断ると何をされるか解らないからだ。


 自分は何かしただろうか。そんな考えが頭に浮かぶ。


 イジメに対してした事と言えば、家族を突き放したことくらいで、特に対策をしたわけもないし、相談したことも無い。


 眞光の中で家族の顔が思い浮かぶ、同時に何もしていない自分にも気が付く。


「仕事なら話は異なるだろう、指示されたことすら出来ないと思われるだろうね。だけど指示されたことしか出来ないと、指示待ち社員と言われる。理不尽だと思うかい?」


「…働いた事がないので解りません」


「うん、今はそれでいいかな。頭の片隅にでも置いといてくれ。俺が言いたいのは考える事を止めないで欲しいってことかな」


「よく聞きますね」


「そうだね、こういった状況。召喚先では良く聞かれる事、どうすれば良いですか。まさに君が言った言葉と同じ事だね」


「それは、そうだと思います」


 渉が迎えに行く世界の先々で、多くの人に同じことを聞かれる。当然である、世界の運命なんて背負いたくないからだ。

 それでも話を切り出す人物は心根が優しい、命を疎かにできないのだ。


「誰かの意見を参考にするのはいい、だけど決定するのは自分だよ。誰かに言われたから従った、誰かに相談したとしても実行するのは自分。どんな結末であったとしても決定するのは自分しかいないんだ。決められないと悩む事は何も悪い事じゃない、そこに人々の命が懸かっているのであれば尚の事だね」


「僕には無理です」


 再び俯いてしまう眞光。


「それなら日本に帰れば良い。何もかも無かったことには出来ないけど、数年もすればこの世界での出来事も思い出になるだろう」


「そんな事をすれば魔族達が死んでしまう。滅んでしまうかもしれない」


「魔族を想うなら残ればいい、この世界で君が魔王として活躍すれば良い」


「どっちも無理です、決められません…」


「何度でも言おう、それを決めるのは君だ。決定権は君にしかない」


 渉は眞光を否定しない、眞光の意志を尊重する。


 すると扉が開く音が聞こえて来る。扉の隙間からこちらの様子を伺ってくるのは幼い子供であった。


「あ、あの。突然すいません。ここに召喚された魔王さまが居ると聞いて、どうしても合って見たくて」


 目鼻立ちの整ったその子供、片口で切りそろえられた艶のある黒髪、男の子か女の子か判断に迷うところだ。


「私、先代魔王の子供でアルファといいます、よろしくお願いします」


「初めましてアルファ様、私、異世界科の加賀美渉と申します」


「は、初めましてアルファ様。僕が召喚された寺師宇眞光と申します」


 おずおずと挨拶をして来たアルファに対し、にこやかに礼を取る渉と突然の登場で驚きが隠せない眞光。


 理由は簡単、眞光はこの世界に召喚され初めてアルファと会ったのだ。


「ごめんなさい、本当は会っちゃダメって言われてたんです。でも、どうしても一目見て見たくて」


「ほう、会ってはいけない。そう言われたのですか?」


 優し気に微笑みながら、興味に負けたアルファを責める事をせず、会話を続ける渉、そこでアルファから思いもよらない言葉が出て来た。


「はい、ワダラから言われていたんです。何でも私を見ると決断が何とか言ってました。良くわからないです」


「眞光君、ワダラ殿には何か言ったかい?」


「はい、え~っと。召喚事件が在った際、日本からどのような対応が有るのか説明しました」


 なるほど、と一言呟き再びアルファに向き直る。


「それでもアルファ様は彼を見て見たかったのですね?」


「はい、どうしても言っておきたいことがあるんです」


「僕に、ですか?」


 すると姿勢を正し、幼いながらも眞光へと礼を取るアルファ。その姿に目を見張りつつアルファの言葉を待つ。


「どうか私達の事は気にしないで下さい。帰れるのなら帰った方がいいです。家族は大事です。亡くなってしまうともう会えないのです」


「!!」


「ワダラ達の話を聞いてしまいました。人族に対抗するためにした事を後悔しているみたいです。でも、負ける訳にも行かないとも言ってました、私にはよく分かりません。ですが父を失って、会えなくなったからこそ言いたいんです、家族は大事です」


 拙いながらも必死に伝えようとしてくるアルファ、こんな幼い子が自分を気に掛けてくれている。眞光は押し黙ってしまう。


「まだ数年あります、私ががんばるのです。ですので気にしないでください。何とかして見せます」


 ニコリを微笑み眞光に告げるアルファを見つめ、眞光の両目は大量の涙で溢れていた。


 自分は何と弱い人間なんだろう、そんな気持ちで一杯になる。それでもアルファの言葉は彼にとっての救いであった。


「あり、ありがとうございます。アルファ様、ありがとうございます」


 アルファに近寄り、そのまま抱きしめる眞光。まるで母親に縋る子供の様であった。

 そんな眞光を見ながら、彼の決心が決まった事を悟った渉。


 そんな渉に眞光は自分の考えを伝える。


「加賀美さん、僕は日本に帰ります」


「そうか」


「ですがお願いがあるのです」


「話を聞こう」


「はい、その前にお聞きします。僕はこの世界にどれくらいいてもいいのでしょうか?」


「君がこの世界に与える影響次第かな、何もしなければ二十日程度、何かするなら三日だね」


「わかりました。アルファ様よろしいでしょうか?」


「は、はい!何でしょう」


 眞光に抱きしめられて、ドギマギしていたアルファは顔の赤みを残しているがしっかりと受け答えが出来ている。


「僕は元の世界に帰ります。ですが残りの三日で僕の知識をアルファ様におぼえていただきます。僕も出来る事をします、なんでもやります、よろしいですか?」


「三日…、それでもかまいません!私もなんでもします!」


 自身の決断と提案をアルファへと告げる眞光、アルファはその期待に応えるべく大きく頷く。


 そんな2人の様子を伺っていた渉。あのニタニタとしたいやらしい顔をしながら何かを思いついたようす。


「ほっほぉ~う、んだね?」


 渉のその言葉に、びくりとしながら振り返る2人。とても言葉に出せない表情を浮かべている渉を見た。


「では眞光君、君も覚悟をしたまえ」


「何です、とても嫌な予感がするんですが」


「はい、なんだか身体をいやらしい目で見られています、怖いです」


 二人は同意見の様だ。そんな二人に渉は口元を三日月にして話し掛ける。


「なぁ~に、そんな難しいことでも無いよ。俺の能力に記憶の転写って力が有るんだ。本来なら記憶を文字にして本にする能力なんだけどぉ~。それだとこの世界への影響が大きすぎる」


「そ、そうなんですね」


「ああ。だ・か・ら、君の記憶の必要な部分をアルファ様に書き込もうかと」


「そんな事が可能なんですか?」


「ああ出来るとも、可能だとも。何、簡単だよ。俺が作る結界に二人で入ってもらうだけだ。た・だ・し…」


 溜を作る渉をゴクリと見つめる眞光とアルファ。


「裸ではいるんだよぉ~、本当は一部合体が望ましいけどアルファ様の身体だときつそうだ。なのでチューでいいよ、一晩裸で抱き合いながら一晩中チューしてね!」


「「……」」


 とてもいい笑顔でそう言ってくる渉に無言になってしまう2人。


「あれあれ~?なんでもするっていったよねぇ?」


 確かに言っていたが、そうじゃない。そうじゃないぞ渉。

 

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