第51話 諸葛孔明ってしってる?

「武力ならば我らは人族を問題視してはおらん。だがな、盟約の合戦においては武力なぞほとんど役に立たぬのだ」


「あ~確かに」


 先の条件を思い出し、納得する渉。


「我らが求めるのは優秀な知力と戦略である。その求めに応じて現れたのがマコウ殿だ」


「であるか」


「なぜそこで信長なんですか?」


 半眼で渉を見る眞光。腕を組みうんうんと頷く渉はワダラの言いたいことを理解しているのだが、合戦の仕組みを未だ聞いていない眞光には謎だらけであった。


「なぜこの場での会話が我だけか、それもご理解いだけよう」


「貴殿がこの中でもっとも頭の回転がいいからですかね」


 総合的にまとめると、渉の中ではその結論に行き着く。


「さすが!マコウ殿と同じ世界の住人ですな!その通りなのである!」


 先程から他の十人衆の様子を伺っていた渉だが、彼らから何か考えている様子は伺えなかった。地方土産でよく見かける土産物のように頷くばかり、突けば頭を上下させるアレである。


「必要なのは王ではなく軍師か、どうする孔明君?」


「あの、もう少し説明してくれませんか?」


 眞光にこの世界の在り方を説明する渉。すると彼は眉間に皺を寄せ深刻に悩み始めた。


「どうした?」


「これ、簡単に思えますがかなり奥が深いですよ」


「「え?」」


 眞光の言葉に思わず声を上げてしまう面々。腕を組み、うんうんと悩み始めた眞光を見つめている。


「単純な話、戦闘せず陣地を拡大していく。理想的な話です。戦闘による死亡がエリアを縮小するのですから、出来るだけ戦闘を避ける。それも解ります」


「それだけではないのか?我らと人族には、戦力に置いて大きな隔たりがある。かの地で我らの姿をみれば人族は逃げていく者がほとんだぞ」


「人数的にはどうでしょうか?」


「人族のほうが多いな、毎回動員できる人数は人族が圧倒的であるぞ。人海戦術は奴らの十八番であるな」


「なるほど」


 ワダラの言葉を聞き、眞光はさらに質問していく。


「では、今まで人族の戦術にはどのように対抗をして、あぁ魔王様が戦術を担当していたのですね」


「その通りであるな。我らは基本、魔王様の指示通りに動く。直接戦闘で在れば問題ないのだが、些か厄介な事も有るのでな…」


「罠、ですね」


 ワダラの目を見つめ、そう眞光は答えた。そんな眞光にワダラは目を見張る。


「簡単な話です、今回の話を聞いて思いました。戦闘せず、人海戦術で素早く陣を拡大し、被害を押さえ相手を殺す。もっとも有効な手段は罠を張り相手を殺す事です」

 

 そう、この仕組みでもっとも有効な手立てである。拡大規模は小さくとも相手を殺すことで陣は拡大できるのだ。

 その上、死者を出した側の陣は大きく減少する。


 眞光の説明に渉は「なるほど、呼ばれるわけだ」と考えていた。


 今の魔族にとって、最も必要な存在として召喚された眞光。僅かなヒントで答えに辿り着ける頭の回転は素晴らしいモノを持っていた。


──もっとも問題は別にあるんだけどな。


 罠を張っても、直接戦闘しても結果人が死ぬ事となるのだ。


 どれ程頭の回転が良くとも、眞光に人は殺せない。それが渉の考えであった。


 眞光が戦略を考えて実行したとしよう、結果人族の多くが死に至る事となる。そんな状況を彼は望まない。


 頭の廻る彼の事だ、当然その結末にも辿り着いている。


 自分の指示に従って誰かが死ぬ、誰かを殺す。とても耐えられそうには無かった。


 だが同時に悩んでも居るのだ。


 召喚先で出会った魔族達、とても気の良い者達ばかりであった。そんな彼らの中から次の合戦で誰か死ぬかもしれない。


 断って日本に帰る事は簡単だ。


 事実、眞光は詳しい話を聞く前までそう思っていたのだ。


 考えれば考えるほど、悪い方向へと思考が向いてしまう。


 連敗中の人族は、今回神の啓示により勇者まで召喚した。何のために?戦力で魔族に対抗できるようにするためだ。神の許可を得て、魔族を殺す為に勇者を呼んだのだ。

 

 談笑している渉と十人衆を横目に眞光は考えに至る。


 神は何を想いこんな残酷な仕組みを作ったのだろうか……。


「すいません、今日の話し合いはここまでにしませんか?」


 談笑しながらも、眞光の変化に気が付いていた渉。


「そうだね、そうしようか。続きは明日にしよう」






●〇●〇●〇●〇●






 夜、眞光はベッドに腰かけ頭を抱えていた。


──無理だ、僕には絶対出来ない。


 この合戦の仕組みを聞き、クラスメイトがどうなったのかも聞いた。そして行き着いた考え。


「これはダメだ、こんな考えは無駄だ」


 ブツブツと独り言を言い始める、彼は元からネガティブであり、クラスでもいじめの対象であった。

 そんな彼が魔王として召喚された。今までの不幸を覆すような召喚、当初は神の導きだとも考えた。


「考えが甘かった、甘すぎた!僕に魔族達の命は背負えない、ましてや人を殺すための指示なんて出来ない」


 今回の合戦、どう甘く見積もっても数百人は死ぬだろう。そんな人たちの命を背負うことなど高校生の眞光には無理であった。


「被害を出さない?無理でしょ……罠を張って人を殺す、それもダメだ。殺しちゃだめだ、でも殺さないと負ける。どちらも被害をださないで合戦を終わらせる?それこそ無茶な話だ」


 完全に思考がループしていた。


 魔王として生きる、そんな未来も悪くない。話を聞く前までそう考えていた。だが、いざ話を聞いてみれば…。


「合戦なんて、ゲーム何て言っているけど結局は戦争じゃないか、殺し合いをするんじゃないか」


 神の意志、意向といっても結局は殺し合いなのだ。それに今回の出来事は魔族にとって不利な事が多い。


「どうすればいい?今回人族は勇者召喚という神の啓示を受けている。この合戦は神が人族に味方した、そう捉える事もできる。そうなるとどうなる?魔族は滅ぼすべき対象になるのか?人族はどう行動する?今回勝てば人族は魔族排他に動くか、肥沃の大地を独占して魔族への食料供給をしないんじゃないか」


 悪い事ばかりが頭に浮かんでくる。


「その次の合戦も勝つために手段を選ばなくなる、国力の低下を図ってくる、次も勇者を召喚しようとする、今回神がそう言ったから。正義は人族にある、とか言い始めるだろう。人なんては自分の都合で解釈をかえてしまう、きっとこの次はもっと酷い事になる」


 悪い方向へと思考が移っているが、あながちそれは間違っていないのも事実であった。

 過去、神という名のもとに、そんな戦争の事例は沢山ある。神の信託を声高々に宣言されれば人々は共感する。


 それが自分たちの信じる存在であれば尚の事だ。過去多くの宗教戦争が起こっている、歴史の真実がそう語っている。


「でも、だけど、どうすればいい?彼らは僕に優しかった。こんな僕にも優しかった。だけど、この世界に来て、一人になって家族の温かさも思い出した。ずっと僕を気に掛けてくれた父さんや母さん、弟も僕にって大事な人達だ」


 眞光の様子がおかしい事を両親は気にしていた、兄の様子が依然と違うことを弟は感じ取っていた。

 何かと話し掛けてくれていたにも拘らず、眞光はそれを拒絶したのだ。


 どうせ自分の気持ちなんか解りはしない、学校での孤独を解るはずが無い、話したところで解決なんて出来ない。


 眞光はそう考えていた、一人でそう考えてしまった。


 一人きりになったこの世界、初めて家族の想いを感じていた眞光。


 だが、合戦の仕組みを聞いた今、彼の心は再び閉じようとしている。誰かに助けを求める事を再び放棄し、そして今もまた一人で考え込んでいる。


「重いよ…、重すぎるよ……人の命なんて背負えないよ、助けてよ」


 涙を流す眞光、それは自分の不甲斐なさに対してなのか…。


「よう、魔王様」


 掛けられた声に反応し、項垂れた頭を上げると声の主へと視線を向ける。


「随分と悩んでるな」


「加賀美さん…」


 悩んでいた眞光の前に現れた渉、眞光にとっては天の助けに思えた。


 どうすればいいのか判断が付かない、助けて欲しい。そんな願いから眞光は渉に意見を、助けを求める。


「助けて下さい、加賀美さん」


 そんな眞光の様子を見た渉は、特に考える事も無くこう答えた。


「眞光君、それは自分で決めるんだよ」


 渉の言葉は眞光を突き放した。

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