第50話 魔王降臨(強いとは言っていない)

 時を少し戻そう。


 渉が和歌山へと向かい、魔力痕跡から飛んだ世界。


 真っ先に辿り着いたのは、実は魔王である彼の所であった。


「あれ、君1人かい?」


「え!?え~っと、どちら様でしょうか?」


「申し遅れました、私、異世界科の加賀美と申します」


「これはご丁寧に、僕は寺師宇眞光じしう まこうと申します」


「……じしょうまおう?」


「そのあだ名は小学生まででした」


 小学生の思考と同列扱をうける渉。顔には出さなかったがかなりのショックを受けていた。


「それで、他のクラスメイトは?」


「え?クラスメイトも召喚されてるんですか?」


「そうだね、今回の召喚事件。簡単に言うとクラス召喚なんだよね」


「正直に言うと、僕も急にここに呼ばれて困惑しているところです」


「ふむ、無断で侵入してきた手前、何と言って良いのか分らないんだが此処って?」


「はい、魔族の城、魔王城ですね」


「あ~やっぱり……」


 召喚地点から、姿と気配と魔力を消し、それらしい人物を探していた渉。


 城への侵入当初、周りに確認できたのは魔族のみであった。


 人族の召喚だと思い込んでいた渉は、薄っすらと残る痕跡から彼の元へと辿り着いたのだが。


 眞光を発見した場所は、なんともゴージャズな部屋であった。


 装飾、カーテン、寝具、調度品、すべてが正しく王の寝室である。


「それで、何故君はこんな所に?見た感じ随分もてなされている様子なんだが」


「はい…、何でも僕は魔王様の代わりだそうで…」


「じしょうまおう?」


「そのネタはちょっと要らないですね」


「ん”ん”、すると君は魔王として召喚された。で、合っているかな?」


「はい、魔王ですね」


「「……」」


 何と言うべきか、何も言えなくなってしまう2人。渉は召喚現場であった事を彼に説明する事にした。


「それじゃあ他のクラスメイトもこの世界にいるんですか?」


「そうだね、痕跡を辿ってきたから間違いないかな」


「それならどうして僕だけなんですか!?」


「う~ん、少し待ってね」


 そう言うと渉は索敵範囲を拡大していく。


 魔力痕はこの世界に繋がっていた、別の世界には向かっていないのだ。それが確実な事実である。ならば他のクラスメイトたちは?


「あ、居た。残りの25名は別の所に召喚されてるね」


「え?それってどういう事ですか?僕って一体…」


「う~ん、しばらく時間をくれないか?この世界の調査と、クラスメイト達の状況、確認をして君に伝えるから」


「えぇ~、すぐに帰れるんじゃないんですか?」


「帰るのは簡単だよ、日数的にもそれ程経っていない時間で戻れるね。でも、一応確認は必要だし、それに」


「それに?」


「それにもし、本当に君の力が必要だとしたら君はどうする。どうしたい?」


 今の現実から目を背けていた眞光に、渉は真剣な眼差しで問いかける。


「人族、魔族と言っても一つの命であることに変わりない。と、俺は思っている。そこに違いを生んでいるのは、それこそ人の価値観でしかない」


「……」


 だまって渉の言葉を聞く眞光。


「帰るのは簡単、すぐにでも帰れる。だけど事情くらいは聴いても良いんじゃないのか?」


「聞いてしまえば、帰る時後味が悪くなります」


「その考えも間違いではないね、でも君自身はそう思っていない。違うかい?」


 渉は眞光が少なからず魔族に好意を寄せていると感じていた。それはこの部屋で最初に出会った時の彼の態度からである。


 突然現れた渉に対し、眞光は確かに驚いてはいたが、悲鳴を上げることは無かった。それはすでにしていたからに他ならない。


 彼の中では魔族とは突然現れる物、そう認識していたからだ。


 そしてこの部屋での彼の態度。


 実に落ち着いており、嘆くでも喚くでもなく、ただ受け入れていた。

 この世界に召喚された眞光、彼は魔族より手厚く扱われている。状況判断だけではあるが、渉には十分それが伝わっていた。


 何せ部屋に見張りすら置いていないのだ、彼の存在を尊重していると感じるには十分である。


「何、それほど時間はとらせないよ。そうだね、3日後の午後、まぁこの世界に午後が有るか分らないけど、昼過ぎにでも謁見を求める事としようか」


「謁見って…」


「いやぁ~魔王様に合うんだから謁見でしょw」


「いや、草はいらないです」


 そう約束し、渉は彼の元から他のクラスメイトの元へを向かう。


──あの様子なら、しばらくは大丈夫でしょう。丁重に扱われているし、彼も落ち着いていた。もっとも…。


 3日後に、彼がどのような姿になっているかは簡単に想像できる。


 似合わない王冠に、マントくらいは装備していることだろう。


 そんな想像をし、腹筋を鍛えながら渉はクラスメイト達がいるであろう方角へと飛んで行く。






●〇●〇●〇●〇●






「いや~想像より遥かに面白い姿になっているねw」


「だから草は、まあいいです」


 王冠に真っ黒なマントまでは想像できたが、黒のタイツに黒の提灯パンツ、黒の貴族服、謁見の間で渉の腹筋は良く耐えたと褒めてあげたい。


「あ、彼らはこの国の役職たちで十人衆と呼ばれている人達です」


「代表で私が」


 一人の武人が立ち上がり、丁寧に渉へとお辞儀をする。


「十人衆が一人、ワダラと申します。以後お見知りおきを」


「ご丁寧に有難うございます。加賀美ともうします。魔王様と同じ日本より参りました」


 渉の言葉に、一瞬ピクリと反応するワダラ。


「ご安心を、無理に連れ帰るつもりは有りません。ですが、此方も日本国という国の使者、当然事情は説明いただけるのでしょう?」


「ふぅー、もちろんです。使者殿」


 ワダラは渉という存在に恐怖していた。武人である彼は、渉の力を肌で感じていたのだ。


 何をどうやっても勝てない。


 彼は対面する前、渉の存在を感じた瞬間からずっとそう考えていたのだ。


「実際、こちらの問題に巻き込んでしまった事は事実。そして使者殿ほどの者がいる世界であれば、我らなぞ儚き存在であろう」


 ワダラの言葉に対し、渉は特に反応はしなかった。無言を貫くことでワダラの勘違いを増長させるのだが、特に気にした様子は無い。


「説明をお願いしても?」


「ては……」


 ワダラの説明はこうであった。


 神の盟約により行われる戦争。陣取り合戦を7年後に控えた頃、それは突然起こった。


 それを感じ取った者は限られた数名のみ。


 そう、あのであった。


 波動をもっとも早く感じ取り、素早く対応したのはこの世界の魔王。


 魔王はその波動が起こすであろう影響を肌で感じ取ったのだ。


 このままでは神の盟約どころではない。魔族全体に、いや魔族どころか人族へも悪しき影響が及ぶ。


 魔王は己が全てを懸け、その波動をたった一人で受け止めたのだ。


 そのすべてを受け止めた魔王、自我が崩壊する前に己が命を絶ったという。


 以前、渉が調査した世界にこの世界は含まれていなかった。理由は簡単、魔王がその命をもって解決したからであった。


 だが、ここで問題が発生する。


 そう、波動は解決できたが盟約による合戦に魔王が不在となってしまう事だ。


 世襲制の魔王に子は1人だけ。その子も未だ6歳。


 7年後とは言え13歳であり、16歳を成人とするこの世界では成人ですらない。


 当然魔族は頭を悩ませる。


 直系であるが成人を迎えていない者を、戦場につれていくべきなのか。魔王の子であるならば、戦場へ出るべきだという意見が主流であったが、敬愛する魔王の子を、己が全てを懸け我らを救ってくれた魔王様の子を、そのような場所へ向かわせる事を十人衆は却下する。


 ならば十人衆から魔王代理を立てるべきだという意見も出た。


 だがを合わせた処で、魔王には遠く及ばない。


 話は平行線のまま3年が過ぎた頃、人族が勇者を召喚するとの噂が立った。


 数人の勇者召喚、ならばその中に魔王様に匹敵する者が居るやもしれぬ。そして実行されたのが勇者召喚への横槍である。


「以上が事の経緯でありまする」


「ふむ、波動が起こした影響がこの世界でもあったか…」


「何かご存じであるか!!?」


 渉の呟きを拾い、思わず立ち上がり問いかけるワダラ。王の命を奪ったのだ、当然ワダラとしてはその報いを受けさせたい。


「すまない、俺も調査したのだが結果は芳しくない」


「そう、であるか…。すまない」


「いや、構わないよ」


 他の十人衆の表情も伺えた、その表情は何処か沈痛であった。


「事情は理解したけど、一つ聞いていいかな?」


「なんなりと」


「うん、ありがとう。では質問。何故彼なんだい?」


「意味がわかりませぬ」


 渉の質問に首を傾げるワダラ。その言葉の真意が伝わらなかった。


「もう少しかみ砕いで聞こう。彼ははっきりいて弱い!」


「ちょぉお!?」


 思わず横から声を上げる眞光。事実であるがそこまで直球で言われるとは思っていなかったのだ。


「それが何か?やはり意味がわかりませぬ」


「えぇ…マジか、どう伝えればいいんだ?え~っと弱すぎて戦場で役に立たないって言うべきなのか、弱すぎて簡単に死ぬって言うべきなのか」


「加賀美さん?聞こえてますが!?聞こえているんですが!!?」


「はっはっは!なるほどそういう意味であったか!納得である」


「おお~ご理解いただけたのですね」


「いやはや全くもって申し訳ない。では我々の理由も今の遣り取りで理解できたのではないでしょうか?」


「いや、まったく理解できないんだが」


 ワダラの言葉に今度は渉が頭を悩ませる番であった。腕を組み考えてみるが思い当る事が浮かばない。


「ではお答えしましょう!我ら魔族は頭が悪いのである!!知のすべてを魔王様にお任せしていたのだ!ても魔王様には遠く及ばないのだ!戦場で戦えど、その行動は突貫あるのみ!知略戦においては一溜りも無いほど無力である!」


 我々は馬鹿である。


 そう宣言され言葉が出ない渉と眞光であった。






 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る